憎いっていう感情なのか想いなのか、思い出なのか・・・

それとも、理性的で必然的な人間らしさなのか・・

 

私には分からない。

でも、憎しみや憎悪っていう感情を否定できるほど・・・

私は出来た人間じゃないし、理想的な大人でもない。

 

私が我が儘で分からず屋なのかもしれないけれど・・・

それでも、誰でも持ってるんじゃないのか?って思ってしまうほどに

誰かの何かを期待している・・・。

憎しみが消えない私へ・・・それでも生きているという話

 

憎しみや憎悪って、きれいに片付く感情じゃない。
「手放せば楽だよ」なんて言葉で終わるなら、最初から苦しくならない。

 

憎しみは・・・侵害された事実、奪われた事実の上に立ち上がる。


だから、単なる気分でも、性格でもない。
境界線が破られた痛みが、形になったもの。

 

そして私は、憎しみを持っている。

詐欺で多額を奪った相手が憎い。
学生時代にいじめた人間が憎い。
車で轢いて逃げた相手が憎い。

憎い気持ちは、間違いなくここにある。


ただ・・・いつも燃えているわけじゃない。


沈殿しているだけかもしれない。
きっかけがあれば再燃するかもしれない。

 

この「消えていないのに燃え続けてもいない」状態が、私は納得できない。
終わっていないのに、終わったみたいに時間だけが流れる。
何も解決していないのに、日常が上書きしていく。

 

だから今日は・・・ここを、私の中で一度ディベートしてみる。
カウンセリングみたいに。
自分の地獄を、言葉で見える形にするために。

 

  憎しみは感情か・・・理性が作った言い訳か

 

私はずっと、この問いに引っかかっている。

 

憎しみは感情だと思う。
悔しさ、屈辱、怒り、喪失感・・・全部、身体に近いところで起きる。

 

でも同時に思う。
終われない憎しみは、理性が「役割」にして継続させているのではないか?


行為の言い訳、行動の正当化、承認を得るための表現・・・そういう形に。

 

そして私は、ここが怖い。
世界や社会が、憎悪を政治的に利用することを知っているから。


教育という形で刷り込むこともある。
宗教も敵を作って統治と宣教に利用することがある。
敵の敵は味方・・・その発想で炎を囲い込む。

私の憎しみまで、誰かの燃料にされたくない。

  私とカウンセリング教科書の対話・・・噛み合わないまま続く会話

 

私:
憎しみは消えてない。
今は静かなだけ。
チャンスがあれば、燃え上がると思う。

カウンセリング教科書
その感情が生まれた背景は理解できます。
ただ、復讐や他者への加害を肯定したり、促したりすることはできません。

 

私:
肯定しろなんて言ってない。
「ある」って言ってるだけ。
ここにある。消えてない。

カウンセリング教科書
感情があること自体は否定しません。
ただ、行為に移すことは別です。

 

私:
だから行為の話はしてない。
感情の話をしてる。
憎いんだよ。

カウンセリング教科書
憎しみを感じることと、
誰かを傷つけることは分けて考える必要があります。

 

私:
分けて考えられてたら、こんなに苦しくない。
理屈は分かる。
でも、納得はしてない。

カウンセリング教科書
納得できていない状態でも、
行為にしない選択を続けていることは重要です。

 

私:
それを「到達」とか言われるのが嫌なんだ。
終わってない。
何も回収できてない。

カウンセリング教科書
終わっていない感情を抱えたまま生きることは、
必ずしも失敗ではありません。

 

私:
失敗か成功かの話じゃない。
ただ、憎い。
復讐できるならしたい。

カウンセリング教科書
その衝動があることは理解できます。
しかし、他者への加害はあなたの人生を回復させません。

 

私:
回復って何?
奪われたものは戻らない。
何も返ってきてない。

カウンセリング教科書
だからこそ、これ以上失わない選択が必要です。

 

私:
正論だね。
教科書みたいだ。

カウンセリング教科書:
安全を優先する立場として、
その答えしか出せません。

ここで、私は苛立つ。
でも同時に、逃げ場のなさも分かってしまう。

私は「復讐したい私」を否定してほしいわけじゃない。
でも、「やっていい」と言われたいわけでもない。

 

ただ、このどうしようもなさを
そのまま置いておいてほしいだけなんだと思う。

 

  憎しみが消えないのに・・・私は生きている

 

私の立場の憎しみは消えない。
消えないまま、ここにある。

 

でも、ずっと燃えているわけじゃない。


多分これは「薄い」のではなく、「沈殿」だ。
水みたいに、底に溜まっている。
揺れれば濁るし、刺激があれば舞い上がる。
静かな日常は、ただ水面を落ち着かせているだけ。

 

ここで私は、やっと自分の生活と繋がる。

 

私は後悔から学んでいる。
後悔から違う選択をするために生きている。
後悔から繰り返さない方法を求めて生きている。

 

憎しみは回収できないままでも、
後悔は改修できるかもしれない。

奪われた過去を取り返せないなら、
「次の侵害を許さない自分」を作ることはできる。


これは綺麗ごとじゃなく、現実の生存戦略だ。

 

そして、ここが私の独白になる。

憎しみは消えない。


消えないけど・・・私が私を失わないように抱えることはできる。
その抱え方は、私の未来の選択に影響する。


後悔として活かす方法に繋がる。

復讐ができないことは、納得じゃない。


ただの事実だ。


でも、復讐できない私が「何もしていない」わけでもない。
私は生き延びている。


次に奪われないための選択を、少しずつ増やしている。

それだけで、十分だとは言わない。
でも、ゼロじゃない。

  私のまとめ

 

憎しみは感情だ。
そして終われない憎しみは、理性と絡み合って「沈殿」する。


燃え上がる日もある。静かな日もある。


どちらも私だ。

世界は憎悪を利用する。


だから私は、自分の憎しみを誰かの正義に預けない。
誰かの燃料にしない。


それでも消えないなら・・・消えないまま、生きる。

それが、今の私の現実だ。

 シンプルフレーズ

憎しみは消えない・・・でも、渡さない。
消えない感情ごと・・・私の未来を選び直す。