人は、庇護と支配の中でしか生きられないのに、
その庇護の代価として「自分」を差し出すしかないのか?
そして、それでも後悔だけは最後まで手放さずにいられるのか?

欲しいのは、居場所。手放したいのは私を縛る鎖。

私は我が儘で傲慢で自己中で利己的で天邪鬼で・・・

それでいて、弱くてもろくて、強がっていて、カッコを付けていて・・・

 

あるのは後悔だけの、空っぽの存在かも知れない。

でも、後悔を活かして生きていけるな・・・・

 

私にも生きる意味と価値があるんだろ?

って、思いたいだけの願いを込めたブログ・・・

 

  居場所とは、安心と自由の両立なのか

 

私が欲しいのは、
安全と安心が担保されていて、でも表現と行為は縛られない場所。
 

そんな都合のいい居場所だ。

でも、きっとそれは成立しない。

安全な庇護は、自由を奪う。
危険な自由は、安心を奪う。

全部が揃う場所なんて、どこにもない。


だからこの世界は、不条理で、
弱者にとっては最初からハードモードなんだと思う。

 

生きたいだけ。
居場所が欲しいだけ。
この欲望は、綺麗ごとじゃなくて、
感情で、行為で、必然だ。

 

でも、この世界では――
お金がなければ、スタートラインにすら立てない。

 

居場所も、
大切な存在との同伴も、
どれも、金がなければ届かない。

正義は結局、金なんだろうか。
悪とは、金がないことなんだろうか。

 

それとも、
庇護と自由を少しずつ分け与えられる代わりに、
対価として“自分そのもの”を差し出すこと
なんだろうか?

  支配されたくないのに、支配なしでは生きられない

 

支配されたくない。
でも、支配がなければ、生きられない。

この矛盾を、私はもう否定できない。

 

現代の支配の正体は、
制度でも暴力でもなく、資本だ。

 

資本の流れを国家が握っているから、国家は絶大で、
私たちはその庇護の中でしか、夢を見ることができない。

 

支配から抜け出したいと思った瞬間、
人はこう言われる。

「じゃあ、ひとりで生きろ」

でも――
孤独で生きられるほど、人は強くない。

 

だから私は、
首輪があることも、リードがあることも・・・
分かっているのに、

それでも散歩に行く。

 

支配と自由は、反対語じゃない。
支配の中でしか、自由を“実感”できない人間の弱さが、そこにある。

  私が最後まで手放さないもの

 

私は、何一つ捨てたくない。

自分も、
大切な存在も、
夢も、
居場所も。

でも現実では、
取捨選択は、生存条件だ。

 

何を捨てるか。
何を守るか。

考え続けた末に、
私はこう気づいた。

私は、後悔だけは、手放さない。

 

経験も、
知識も、
過ごした時間も、
全部、忘れない。

たとえ、
すべてを奪われたとしても、
最後まで残せる自由は――
「忘れない」という選択だけなんだ。

 

後悔は、鎖でもあり、
同時に、未来の糧にもなる。

忘れられないから、束縛になる。
忘れないから、未来に変わる。

 

この表裏一体が、
私に残された自由だ。

  後悔は、正当化できないから“後悔”になる

 

後悔って、
納得できないから後悔なんだ。

正当化できないから、後悔なんだ。

 

だから人は、
同じ選択をしないために、違う行為を選ぶ。

 

遊んで宿題が終わらなかったなら、
次は遊ぶ前に、宿題を終わらせる。

それが、
後悔を“思い出”で終わらせず、
“糧”に変える唯一の方法なんだと思う。

 

でも――
何度も同じ後悔を繰り返しているなら、
それはもう後悔じゃなく、
ただの思い出だ。

 

失っていないから、繰り返せる。
代償を支払っていないから、浸っていられる。

失って初めて、人は本当の後悔を知る。

 

津波で家族を失った人は、
もう海の近くには住まない。

そういうことだ。

  私は、過去のために生きているのか?

 

もし、
後悔で人が変わるとしたら――
人は、過去のために生きていることになるのだろうか。

 

でも私は、こう考えたい。

私は、過去に縛られて生きているんじゃない。
過去を“糧”にして、生きている。

 

もう、失ってしまったものは戻らない。
でも、失ったからこそ、
今の行為が決まる。

離婚も、
子どものことも、
恋愛も、
親も、
実家も。

全部、もう失っている。

だから私は働く。

必死に、
身を粉にして、
働く。

 

いつか、
お金という現実的な形で、償うために。

 

資本主義万歳だ。
金でしか返せない後悔も、
この世界には、確かに存在する。

 

それでも私は、
この生き方を選んでいる。

 

  後悔は杭か。糧か。

 

後悔は、
私を縛る杭でもあり、
私を前に進める糧でもある。

 

どちらに変わるかは、たぶん――
次の行為でしか、決まらない。

 

私は、
正義を持たない。
善人でもない。
たぶん、敵で、たぶん、悪だ。

 

それでも、
忘れない。
手放さない。
後悔し続ける。

それが、
私がこの世界で生き続けるための、
いちばん静かな自由だから