ぼんやりする時間がきっと一番大切なんだろうな。 

ボーっとしている時間も脳は回転しているんだろう。 

 

想像力や柔軟な思考、肉体を使った後の何も考えられないような時、

空を見上げてのんびりする時間。きっと一番私を作り出す時間なんだろうな。

町の夜と、焚火と、星と・・・ONとOFFのあいだで

 

疲れているのかな・・・?


それとも、ただ静かな時間を求めているだけなんだろうか。

町中の夜空は、いつも明るい。
星は少なくて、夜なのに、どこか昼の延長みたいだ。

 

静寂とは、程遠い。
車の音、話し声、エンジン、信号、スマホの通知・・・
町の夜は、眠っているふりをしながら、ずっと騒がしい。

 

情報と刺激が溢れかえって、
余裕も余白も、あっという間に押し流されていく。

 

そんな世界の中で、「生きにくいな」と感じている自分が、確かにいる。

 

でも一方で、生きるためには、町のほうが圧倒的に“生きやすい”。

 

お店も、交通も、仕事も、病院も、全部、人が暮らすために整えられていて、
町の中でこそ、私はちゃんと生きられるとも思う。

便利で、合理的で、
生き延びるためには、ここが一番優しい場所なのかもしれない。

 

それなのに、どうしてだろう。

ふと、静寂を求めてしまう夜がある。
平穏に、逃げたくなる瞬間がある。

 

きっと私は、ONとOFFの切り替えスイッチが欲しいんだと思う。

 

生きやすい場所で、生きること。
生きにくい場所で、非日常に身を置くこと。

 

どちらかじゃなくて、
どちらも欲しいと願ってしまう、
なんとも欲張りな私がいる。

 

楽しい時間。
素敵に物思いにふける時間。
悲しい時間。
自分に浸る時間。
塞ぎ込む時間。
辛くても動き続ける時間。
休めない時間。
悩む時間。
迷い、彷徨う時間。

 

その全部の合間に、ぽつんと置かれた
「静かな一瞬」がある。

それでこそ、人生はカラフルになるんだと思う。

 

色と色が混ざって、
ときどき濁って、
ときどき滲んで、
それでもちゃんと、多彩になる。

カラフルに生きたい私がいる一方で、
モノクロの世界で、
ただ時間を使いたくなる私もいる。

 

そのどちらも、
きっと・・・間違っていない。

 

星を見上げて、「この星、なんて名前なんだろうな・・・」
なんて思う、あの時間。

 

答えなんて出なくてもいい。
知識がなくてもいい。
ただ、そう思っている時間そのものが、もう充分に、豊かだったりする。

寒いから、ほんの少しの時間しか見ていられないけれど、
それでもその数秒だけで、心の奥に、ふっと灯りがつく。

本当は、焚火なんかしながら、
ホットワインを片手に、ゆっくり空を眺めたい。

 

火の音だけが、静かに揺れて、
身体はあたたかくて、星は名前も知られないまま、
ただ、そこにある夜。

 

その時の私は、
何者でもなくていい。
役割も、評価も、肩書きも要らない。

 

ただ・・・ぼんやりしている私で、
それだけで、もう十分なんだと思える。

 

生きやすい町の中で、ちゃんと生きて。
ときどき、生きにくい静寂の中へ、そっと逃げる。

その行き来ができたら、きっと私は、
もう少しだけ、自分に優しくなれる気がしている。