私は1人の時間をとても大切に思っている

思考する時間

嗜好の時間

誰に気を使う訳でもなく、いつでも自由を感じられる。

 

私は、自分のやりたい時に、やりたいことを、やりたいように、私のやり方でやりたい。

って言うのは、私の若かりし頃の言葉だ。

未だに変わらんのだね。

未だに成長せんのだね。

 

いつまでたっても、1人の時間を楽しんでいると・・・思っているのは上辺だけ・・・・

守りたいから、今日も少し孤独になる・・・それでも家族という居場所で

どれだけ一人を楽しんでいても、どこかに寂しいって言う感情は在るもので

誰かとの繋がりを求めてしまうモノで

職場でも友人は増える

飲みに行くことだってある

 

でも、やっぱり自分の居場所か?って言われると

やっぱりここじゃないって思ってしまう。

 

一人の居場所を求めているのか?

それとも、過去にあった居場所を求めているのか?

居場所なんてそもそもなかったのか・・・・

  居場所が欲しい。守りたい。だから孤独になる

 

居場所が欲しい。
安心できる場所。
ここに居てもいいって思える場所。

それって、そんなに贅沢な願いじゃないはずなのに、
どうしてこんなに難しいんだろう。

 

私は、自分を守りたい。
大切なものも守りたい。
失いたくない。
壊されたくない。

だから、必死になる。
無知でも、臆病でも、過剰でもいい。


とにかく「守る」ことを選ぶ。

 

でもそのたびに、なぜか孤独が増えていく。

守るって、誰かを遠ざけることでもあるんだと、
・・・あとから気づく

 

  孤独は「弱さ」じゃなく、「防衛」だった

 

傷つかないように距離を取る。
踏み込まれないように線を引く。
悟られないように、本音を隠す。

 

これ、全部「強がり」だと思われがちだけど、
私は違うと思っている。

これは、生き延びるための防衛反応だ。

 

壊れないように。
もうこれ以上、失わないように。
同じ痛みを繰り返さないように。

 

孤独は、
逃げじゃなくて、
「これ以上壊れないための静かな選択」なんだと思う。

 

そうやって、
ちゃんと自分を守っているはずなのに、気づけば、誰も入ってこない場所に立っている。

  家族という、いちばん近くて、いちばん孤独な居場所

 

そしてこの「守り」と「孤独」は、
何よりもまず、家族の中で始まる

家族って、本当に不思議な関係だ。

・一番近いのに
・一番分かり合えないこともある
・一番守りたいのに
・一番傷つくこともある

親だから、分かり合えるとは限らない。
子どもだから、守れるとは限らない。
一緒に暮らしているから、心まで共有できるとは限らない。

 

「守りたい親」と「守られたくない子」

 

親は言う。

「あなたのために」
「心配だから」
「失敗しないように」
「傷つかないように」

でも、子どもは思う。

「信用されてないのかな」
「信じてもらえないのかな」
「私は弱い存在なのかな」

守る側は、
良かれと思って壁を作る。

守られる側は、
その壁のせいで孤独になる。

どちらも「間違ってない」のに、
どちらも少しずつ、傷ついていく。

 

「迷惑をかけるな」の呪いと、家族の沈黙

 

小さい頃、言われなかっただろうか。

泣くな。
大声を出すな。
人に迷惑をかけるな。
弱音を吐くな。

その言葉は、
家庭を守るための言葉だったのかもしれない。

でもその代わりに、
感情を出す場所は、どんどん失われていった。

家族の中でさえ、
泣くことが迷惑になり、
怒ることが問題になり、
悲しむことが重くなり、
黙ることが「大人」になった。

その結果、
家族の中にいるのに、
心だけがひとりぼっちになる。

 

守ることで、家族も自分も孤独になる

 

親は、子を守ろうとする。
子は、親を傷つけまいとして本音を隠す。

そして気づけば、

・誰も悪くないのに
・誰も弱くないのに
・誰も裏切っていないのに

家族みんなが、少しずつ孤独になっている。

守るって、
とても尊い行為だけど、
同時に、とても孤独を増やす行為なんだ。

  それでも人は、居場所を捨てられない

 

それでも、人は、私は居場所を欲しがる。

誰もいない場所で、
どれだけ心が静かでも、
どれだけ安全でも、
そこに「温度」がなければ、生きている気がしない。

 

孤独だけで生きていけるほど、人は強くない。

 

孤独だけでは、生きられない。
誰かと繋がりたい。
誰かに「居てもいい」と言ってほしい。

守ることで増えた孤独も、誰かと並んで座ることで、
少しずつ薄まっていくことがある。

 

だから私たちは、

また少しだけ開いて、
また少しだけ守って、
その繰り返しをしている。

 

  孤独を抱えたまま、自分という居場所へ

 

孤独を捨てられない人もいる。
孤独がないと、生きられない人もいる。

それでも、
孤独を抱えたままでもいいから、
自分の居場所に立っていたいと願ってしまうのが、人なんだと思う。

完全に分かり合えなくてもいい。
完全に許し合えなくてもいい。
それでも同じ場所に居る。

それだけで、
もう十分すぎるほど、「居場所」なんだと思う。

  守るから孤独になる。それでも居場所を求める

 

居場所が欲しい。
自分を守りたい。
大切なものも守りたい。

でも、守ると孤独が増える。

 

でも、
それでいいんだと思う。

 

守りながら、
ときどき孤独になりながら、
それでも居場所を探してしまうのが、
たぶん、人間なんだ。

 

 ■シンプルフレーズ

 

「守るって、孤独になること。でも、それでも居場所を捨てないこと。」