吾輩のいない日常が始まる。

猫のいない日常が始まる。

私が居ない日常が始まる。

 

誰もいないのに、日常が始まる。

毎日の普通の当たり前が、当然のように・・・

 

そこには、誰もが居る。あなたも居る。

 

不思議なんだ。私はいつも思う。当たり前ってなんだろうって。

不思議なんだ。失っても流れていく時間が。

不思議なんだ。変わっていく日常が、気にならないくらいに過ぎていく。

 

ラノベ風に改変「吾輩は猫である」19話

 

  第19話:猫のいない日常が始まる

🐾猫のいない座布団

ある朝、先生はふと座布団の上を見て、違和感を覚えた。
そこにいたはずの吾輩は、もういない。

 

だが——人間は不思議なものだ。
その違和感に目を留めながらも、深くは考えない。
「猫がいない」という事実は、すぐに“日常の一部”として片付けられてしまう

🧑‍🏫先生の憂鬱(と回復)

先生はしばらく机に突っ伏していた。
「……あの猫は、いつの間にか私の講義の唯一の聴衆だったのだな」

しかし、その感傷も長くは続かない。


次の瞬間には、迷亭がやってきて、くだらない冗談を炸裂させる。
先生は結局それに振り回され、ため息混じりに笑ってしまう。

 

吾輩の不在は、すぐに人間関係の騒がしさに紛れていくのだ。

👩‍🦰奥様の静かな現実

奥様はどうか?
彼女にとっては、猫がいなくなったことよりも、
「今日の米びつ」と「明日の世間体」の方が優先である。

 

ふと廊下を掃除しながら、
「あの猫、もう帰ってこないのね」
と独り言を言うことはある。

 

だが、それ以上の感傷は見せない。
彼女にとって、猫は家庭の一部であり、代替可能な風景だった。

🗣️迷亭の詭弁

迷亭は、猫の死を聞いてこう言った。

「いやぁ、猫は永遠ですよ。姿は消えても、語れば蘇る。つまり、“死”というのは記憶の停滞に過ぎませんな!」

先生は苦い顔をしていたが、その言葉にどこか救われてもいた。


人間は、詭弁であっても“残響”を欲しがる。
それが、日常を続けるための力になるのだろう。

🐱猫のいない世界

吾輩はもうここにはいない。
だが、ちゃぶ台の下、座布団の上、縁側の日だまり——


そこには確かに吾輩がいた痕跡が残っている。

 

人間はやがて忘れる。
だが痕跡は、忘れられても“在ったこと”を否定しない。

こうして、猫のいない日常は再び始まった。
人間たちは笑い、語り、失敗し、また見栄を張る。
その滑稽さも矛盾も、もう吾輩が観察することはない。

 

けれど——
猫のいない日常もまた、同じように滑稽で、同じように愛おしい。

 

  次回予告:「それでも世界は滑稽で、美しい」——物語は終わっても、人間は語り続ける。
猫が遺した“問い”を胸に、世界をどう見るか。

 

 

 

当たり前が終った日常

非日常?日常?それとも、それが・・・?