「今日を諦める罪と、私を信じる勇気」

すべての遅延は、ある種の自己不信に由来する。」
― セネカ(ローマの哲学者)

明日の私に任せる。
…それって、ただの“逃げ”じゃないか?
やらなきゃいけないことから目を逸らして、
今日という日に向き合うのをやめてしまっているんじゃないか?

私はずっとこの問いに縛られている。

「逃げたらダメ」
「先送りは怠惰」
「今の自分がダメなら、未来の自分もダメになる」

そんな言葉が、胸の奥で繰り返される。

 

でも――私は思うんだ。
本当に“今日”にすべてを背負わなきゃいけないの?
本当に“今”決めることが、私にとって最善なの?

苦しい。
情けない。
でも、それでも…私は、「今の自分を守りたい」と願ってしまう。

それはダメなのかな?

 

  「“ごめん”が言えない夜」

 

友人と喧嘩した。
些細なことだったと思いたいけど、感情は収まりきらない。
「謝った方がいい」なんて分かってる。
でも、私は…謝りたくない。いや、謝れないのかもしれない。

素直になるには、プライドが邪魔をする。
心を開くには、傷が疼く。
歩み寄るには、心の奥の怒りが静まらない。

だから今日だけ、沈黙を選んだ。
それが、いけないことだと分かっていても。

  「“やるべきこと”が溢れていく」

 

旅行の予定を立てなきゃ、
宿題が終わってない、
ルーティンが山ほど残っている。
「やらなきゃ」は、心の中で叫んでるのに、
身体はまったく動かない。

それでも私は思ってしまう。
**「明日の自分に任せよう」**と。

…無責任かもしれない。
…怠惰だと思われても仕方ない。

でも今の私は、もう限界なんだ。

 

  「投資か、逃避か」

 

未来の自分に投資するって、
綺麗な言葉に見えるけれど、
実際は“逃げ”との境界線が曖昧だ。

「今日をやり過ごせば、明日はどうにかなる」
そうやって期待して、裏切られて、また後悔して。
それを何度も繰り返してきたのに、
それでも、私はまだ自分に希望を託してしまう。

「私は私を信じていないけど、信じたい」
そんな矛盾に、ずっと苦しんでいる。

 

  「“今”答えを出さないという選択」

 

「答えを出すこと」が強さだと、誰が決めたの?
沈黙は臆病?
決断しないのは逃げ?

私は違うと思いたい。

 

だって、
沈黙もまた、思考の中にある選択のひとつ。
「今は分からない」っていうことを、
「分からないまま抱えておくこと」もまた、
立派な決断だ。

 

謝るか、逆ギレするか。
行くか、行かないか。
助けるか、断るか。

 

そんな二択に追い詰められる前に、
私は“まだ決めない”という自由を選びたい。

  「私はそんなに強くない。だから今は待って」

 

私は、私を責め続けてきた。
できない自分を、逃げる自分を、
「こんな自分じゃダメだ」と何度も罵ってきた。

 

でも、今日だけは言わせてほしい。

「私だって、助けてほしい」
「私はそんなに、強くなんかない」

だから、今は決めない。
逃げないために、今、決断を保留する。
私は私を守りたいから。

 🍀今日のシンプルフレーズ

 

「私は、“今”を手放すことで、“私”を見失わないようにしている。」