シンプルフレーズ
誰かのために使う時間は、美しい。
でも、それが“犠牲”と感じたとき、私たちは救いを求めているのかもしれない。
後悔を積み重ねても、人と繋がることを望む。
時間は、平等で有限だ。
1日24時間。
その中で、仕事に8時間、睡眠に8時間。
残りは、生活に必要な雑務と、ほんのわずかな「自由時間」。
この「自由な時間」を、私は本当に自分のために使えているだろうか?
そう問いかける日がある。
何かを成し遂げたくて、
誰かを喜ばせたくて、
自分のためと思って行動しても、
気づけば誰かのためになっていることが多い。
それは、とても素敵なことのように思える。
実際、そうだと思う。
でも、その一方で――
見返りと後悔は、いつも表裏一体だ。
「ありがとう」って言葉が欲しかった。
「すごいね」って認めてほしかった。
そう思っていたのに、何も返ってこなかったとき。
私は心のどこかで、
「やらなきゃよかったかも」と思ってしまう。
そんな自分を責めて、恥じて、
「私はそんなつもりじゃなかった」と言い訳を探す。
でも本当は、
誰かに喜んでほしかった。
私の優しさが、ちゃんと届いてほしかった。
それだけなのに。
優しさは、心の余裕を消費する。
自分に余裕がある時しか、人に優しくなんてできない。
でも優しくした時に、それが報われないと、
優しさは「損失」に変わる。
それが続くと、
「こんな自分で良かったのかな」と思い始める。
「なんであんなことしたんだろう」と、後悔し始める。
優しさとは、
自分を信じた結果の行動。
でも、信じた自分を否定したくなる瞬間がある。
自由なんて、幻想なのかもしれない。
自分で選んだつもりの行動も、
後になって後悔すると、
「あれは本当に自分の意思だったのか?」と思う。
その時は「自由に選んだ」と思っていたのに、
結果が報われなければ、
その自由さえも疑いたくなる。
だから、
“自由”という言葉は、終わってから自分を納得させるための言い訳なのかもしれない。
何かを求めて行動した時、人は消費を意識する。
目的を持つから、
「時間を使った分、何かを得たい」と願う。
でもその願いが叶わなかった時、
私たちは“時間の無駄”と感じてしまう。
その思考が癖になると、
「最初から行動しない方がいい」
「どうせ無駄になる」
と、動く前にあきらめるようになる。
けれど、行動しないこともまた、後悔になる。
じゃあ、自分の時間って何なんだろう。
好きなことに没頭する時間?
誰の目も気にせず過ごす時間?
何もせずにボーっとできる時間?
もちろん、それも大切。
でも、こうも思う。
「何かのために時間を使うかどうか」を考える時間こそ、
自分のために使う時間なんじゃないか。
考えることを放棄した時間は、
誰かに流され、ただ消費されるだけの時間になる。
選ぶために、立ち止まる。
その余白が、自分の時間なのかもしれない。
それでも人は、人を求めてしまう。
傷ついても、見返りがなくても、
人はまた誰かに優しくしたくなる。
誰かに「ありがとう」と言ってもらえなかった日も、
明日は誰かのためにまた動こうとする。
それは弱さじゃない。
それが“人間らしさ”なんだ。
シンプルフレーズ
人は後悔を積み重ねても、人と繋がることを望む。
だから、生きるって苦しくて、でも温かい。
後悔しない生き方なんて、たぶん存在しない。
でも、後悔したことを否定せずに
「それでも自分で選んだ」と思えるなら、
その時間は、無駄じゃなかったと思えるかもしれない。
あなたは、
今日という時間を、誰のために、何のために使いますか?



