連載形式での投稿をしていきます。
『自己を見失いながらも、哲学の思索を通して少しずつ自己理解を深めていく』
姿を描いていきます。
最後までお付き合いいただけたら幸いです。
主人公:加代子
正しくあろうと、正解を選びたいけど選べない葛藤の中で、
自分を否定したくなる気持ちを持っている。
『“わたし”に耳をすませる』
第36章:伝えようとすることが、すでに“やさしさ”だった
日曜日の昼下がり。
加代子は、また公園にいた。
少し曇りがちの空の下、木々の間から聞こえる子どもたちの声が、どこか遠く感じられた。
遥さんの姿を見つけたのは、偶然ではない。
彼女がこの時間によく来ることを、加代子はうっすら覚えていた。
前回、声をかけられなかったことが、心に引っかかっていた。
今日こそは、と心に決めていたものの、いざその姿を目にすると、やはり足がすくむ。
——“わたしなんかが、何を言えるんだろう”
そんな声が、心の中でささやく。
けれど、数歩前に進んだとき、遥さんの子どもが泣き出した。
おもちゃを落として、それを拾おうとした拍子に手をすりむいたのだった。
加代子はとっさに駆け寄って、ポケットティッシュを差し出した。
「大丈夫? ちょっと見せてくれる?」
遥さんが「すみません……ありがとうございます」と頭を下げたとき、
加代子はふと彼女の目の奥に、張り詰めたものを見た気がした。
「前に……私もよくここで、子どもとふたりで来てました」
加代子は、落ち着いた声で言った。
「でもなんだか、笑えてるつもりでも、全然楽しくなかった時期があって」
遥さんは、少し目を見開いた。
「そうなんですか……加代子さん、そうは見えませんでした」
「見えないようにしてたんだと思います。
“母親なんだから”って、ちゃんとしなきゃって思って……。でも、心のなかは、毎日いっぱいいっぱいで」
風が吹いた。沈黙がふたりの間に流れる。
けれど、その沈黙は、重くなかった。
「……わかります」
遥さんが、小さな声でつぶやいた。
「私、最近ずっと、自分の居場所がわからなくなってて。
仕事も、家庭も、何もかもうまくいかない気がして……
頑張ってるはずなのに、誰にも伝わってない気がして」
加代子は、ゆっくりと彼女の隣に座った。
「うん。わかる。わたしも、“伝わらない”って思ってた」
「でも、伝わらないって、ほんとにそうなのかなって、最近少しずつ思い始めたの。
伝えるって、“言葉にする”ってだけじゃないのかも、って」
「……じゃあ、何なんですか?」
遥さんの問いに、加代子はしばらく言葉を探した。
そして、口にした。
「“伝えよう”って思うことが、もう“伝わってる”ってこと、あると思う」
遥さんはしばらく黙っていた。
その表情が、少しだけゆるんでいくのを、加代子は感じた。
「わたし……、誰かにそう言ってほしかったのかもしれません」
「“伝わってるよ”って。努力とか、しんどさとか。ちゃんと、見てるよって」
加代子の胸の奥がじんと熱くなった。
それは、かつて自分が欲しかった言葉だった。
誰にも言えず、心の奥にしまっていた祈りのような思い。
そして今、それを誰かに“渡す”ことができた。
その夜。
加代子は久しぶりに、日記を開いていた。
そこに、静かにこう書いた。
「わたしは、正しさを語る人にはなれない。
でも、誰かの“届かないかもしれない気持ち”を、見逃さない人でいたい。その人の“黙っている声”に、耳を澄ませていられるように。
たとえことばにできなくても、
“ここにいるよ”って、そっと伝えられる人でいたい」
子どもに伝えようとしていた“やさしい言葉”は、
大人にも、きっと必要なのだと、今、やっと気づいた。
🔹次章予告:第37章:優しさのかたち、まなざしの行方
子と理子の再会、そして「優しさ」や「伝える」ということに関する深い対話
お互いの疑問をぶつけ合い、受け止め、やがて「まなざし」に込められる想いへと話が流れていく――
独り言・・・
「わたしは、正しさを語る人にはなれない。」
正しさを求める人にも、正しさを押し付ける人にも、私はなりたくない。
正しさに価値を私は見付けたくない。
誰かの気持ちを見逃さない人になりたいと願っているし、気付けるようになりたいと思っている。
それでも、気付くことが出来るほど器用じゃない。
私はいつの時も自己中なんだ・・・
私を気付いて欲しいと願うばかりで、誰かを気付いてあげようとすることが足りていない。
ありのままでいい
それが私らしさなんだと開き直ることは簡単だけど、気付いてもらえない悲しさと寂しさを知っているんだから、
誰かの思いに気が付くことが出来てもいいと思う。
ただ・・・気が付いたとしても、簡単に声をかけて手を伸ばしてあげる勇気はない。
私はまだまだ加代子のように・・・物語の主人公のように簡単に割り切って自分を変えていくことが出来ない。
だからこそ、物語は続いていく・・・
私の思いと願いを絡めながら、私の物語も続いていく・・・
結果なんか分からない。
ゴールはまだ見えない。
今の私は、「問い」の扉を開いたばかり

