連載形式での投稿をしていきます。

『自己を見失いながらも、哲学の思索を通して少しずつ自己理解を深めていく』

姿を描いていきます。

最後までお付き合いいただけたら幸いです。

 

主人公:加代子

正しくあろうと、正解を選びたいけど選べない葛藤の中で、

自分を否定したくなる気持ちを持っている。

 

 

『“わたし”に耳をすませる』

第33章:選べなかった日のわたしに、いま会う

夕暮れが早くなった街の風に、加代子はコートの襟を立てた。
肩にかかる重さは、気のせいではない。


けれど、その重さはもう、苦しみではなかった。
むしろ、「生きてきた証」として、自分が抱いているものだった。

静かな帰り道、ふと、昔の自分の顔が脳裏に浮かぶ。


あのとき――

あのとき、どうして声を上げられなかったんだろう。
どうして、「わたしは、こうしたい」と言えなかったんだろう。

 


 

あれは、子どもがまだ小学校に入る前のことだった。


自分のやりたい仕事のチャンスが来た。
子どもの頃から夢だった、福祉関係の活動に関われる仕事だった。

夫も最初は「いいじゃない」と言ってくれた。


けれど、両親の介護、子育て、家計……すべての現実が一気に目の前に押し寄せたとき、
加代子は、「その話、やっぱり断った」と、自分から引いた。

 

誰かに責められたわけじゃない。
でも、誰にも「そのままでいいよ」と言ってもらえなかった。

 

いや、自分が、自分にそう言えなかったのだ。

「家族を優先したんだし、仕方ない」
そう言い聞かせてきたけれど、
どこかで、「わたしは逃げた」と思っていた。

 

選ばなかった。
選べなかった。
そして、誰にも言わなかった。

胸の奥に押し込んだままのその記憶は、ずっと沈黙していた。

 


 

「選べなかったことは、失敗だと思ってる?」

以前、理子にそう聞かれたことがある。

「うん、思ってるかも……。今はもう過去だけど、思い出すと胸が痛くなるの」
「それって、“やりたかった気持ち”を、ちゃんと知ってるってことじゃない?」
「……うん、そうだね」
「じゃあさ、今からでも、その気持ちを無かったことにしなくていいと思う」
「でも、もう戻れないし、同じチャンスも来ない」
「それでも、あのとき選びたかった“わたし”を、今の自分が覚えてるんでしょ? それって、未来にも意味ある気がする」

あのときの“選べなかった自分”を責め続けるのではなく、
あのときの“願い”に、いま気づいて、手を差し伸べる。

加代子は、その言葉に、救われた気がした。

 


 

「わたしは、間違ってもいい。
選びきれなくてもいい。
正しさよりも、『今の自分が大切にしたいこと』を選んでもいい。」

この言葉を、自分の中に繰り返すたびに、少しずつ呼吸が楽になる。

 

「でも、わたし、ずっと“わたしを選ばなかった”気がしてるの」

声に出すと、涙がこぼれた。
誰に責められたわけでもないのに、心が長い間、黙り込んでいた。

それでも今は、少しだけ違う。

あのときの“わたし”に、今、こう言ってみたい。

「わたし、あなたをちゃんと見てるよ。
選べなかったとしても、それでも生きてきたことを、わたしは知ってるよ」

 


 

日曜日の午後。
久しぶりに自分のためだけに時間を使おうと決めて、
加代子は近くの図書館へ出かけた。

 

静かな閲覧席に腰を下ろし、ふとページをめくる手が止まる。

《「生きる」とは、自分で自分の“わからなさ”を引き受けながら、なお問い続けることだ》

哲学の本の一節だった。


でも、今の加代子には、誰かの言葉というより、自分の内側から聞こえてくる声のように感じた。

「問いがある限り、きっと大丈夫」
「わからないままでも、立ち止まっても、問いかけている限り、わたしは“わたし”としてここにいる」

 


 

加代子は、そっとペンを取り出して、メモ帳にこう記した。

「わたしは、今ここにいる。
選ばなかった日々ごと、わたしを生きている。」

それは、過去の自分を責めない、初めての言葉だった。

 

🔹次章予告:第34章:「わたしを選ぶ、ということ」

過去を否定せず、問いとともに歩む未来へ。
「わたし」を選ぶ勇気が、世界との関係を変えていく——。

 

 

  独り言・・・・

 

今までがあるから、今がある。

今までの悲しみも辛さも苦しみも、全部経験となって残っている。

 

正直、忘れたい記憶が多すぎる。

無かったことにしたいと思ってしまうことが多すぎる。

 

選びたかった生き方

選べなかった生き方

 

私達は、全部持って進んで行くことしか出来ない。

どれだけ否定しようと、なにも手放すことは出来ない。

 

一つ一つの想いを積み上げて、今の私はここに居る。

 

今の私があるのは、今があるから?

今があるのは、今までがあるから・・・良くも悪くもね。

 

だからこそ、今までとは違う選択を

選べなかった選択肢

言えなかった言葉

目を向けられなかった想い

知りたいと思えなかった言葉の向こう

伝えられない・伝わらない私

 

分からない・解決出来ない・正解を見つけられない。それでも良いって思いながら

 

立ち止まりながら、問いで間を作って気持ちを整えて・・・

今までを活かす方法を探していく。