今月のブログは、連載形式での投稿をしていきます。

『自己を見失いながらも、哲学の思索を通して少しずつ自己理解を深めていく』

姿を描いていきます。

最後までお付き合いいただけたら幸いです。

 

主人公:加代子

正しくあろうと、正解を選びたいけど選べない葛藤の中で、

自分を否定したくなる気持ちを持っている。

 

 

『“わたし”に耳をすませる』

第23章:家族という沈黙に触れる

日曜日の午後、加代子は久しぶりに、子どもを連れて実家に顔を出した。

夫は町内会の用事で出かけており、家にいても静かだったが、加代子にはどうしても一度、母の顔を見ておきたいという気持ちがあった。

 

母は、相変わらず小柄な身体で、テーブルの上の新聞をたたんでいた。

「まぁ、珍しいわね。どうしたの?」

加代子は「特に用事があったわけじゃないの」と笑ってみせたが、実のところ、心の中にはずっと重たいものが引っかかっていた。

 

***

 

母との関係には、常に言葉が過剰だった。

「なんでそういうことするの?」
「そんなふうにしかできないの?」
「いい加減にしなさい」

子どもの頃の加代子には、その言葉の一つ一つが、世界そのものの評価のように聞こえた。
失敗をしても、うまく説明できなくても、そのすべてを「責め」として感じていた。

 

大人になっても、その反応は変わらなかった。

母の声を聞くと、胸の奥がぎゅっと締まる。
返事の仕方一つで、何かを問われているような気がしてしまう。


問いかけられているのは、出来事ではなく、自分自身そのものだ、と。

そんな思い込みが、今も加代子を縛っていた。

 

***

 

「最近、考えるの。何が正しかったのかな、って」

ふと、加代子がつぶやくと、母は驚いたように手を止めた。

「急にどうしたのよ?」

「……ねえ、私、昔から変わってない?」

「うーん。あんたは……真面目すぎるところがあったかもね。でも、それが悪いわけじゃないじゃない」

母の言葉には、いつものような鋭さがなかった。

 

けれど、加代子はそれすらも、どう捉えていいかわからなかった。

優しいようでいて、距離がある。
責めていないようでいて、やっぱりどこか試されている気がする。

「うん、ありがと……でも、今はね、言葉が怖いの。誰かの言葉に傷つくとかじゃなくて、言葉の中にある“私がどうあるべきか”が怖いの」

母は何も言わなかった。

 

言葉のない空白が、部屋に落ちた。

 

でも、加代子はその沈黙を、責めとは感じなかった。

それはたしかに、母と共有した「沈黙」だった。

 

***

 

帰りの電車の中、子どもが隣で眠っていた。

 

窓の外の景色をぼんやりと眺めながら、加代子は理子とのカフェでの会話を思い出していた。

「問いを持つってさ、たぶん、自分を責めることじゃないんだよね」
「……うん。それって、自分に向かって“待つ”って言えることかもしれないね」

「待つ」。
それは、加代子にとって一番難しい態度だった。

 

すぐに答えようとしてしまう。
すぐに意味を求めてしまう。
沈黙を埋めるために、言葉を連ねてしまう。

 

でも今日、実家で母と過ごした数時間の中で、加代子はたしかに「何も言わない時間」を、初めて恐れずにいられた気がした。

 

***

 

その夜、加代子はノートにこう書いた。

「言葉は、橋になることもあれば、壁になることもある。
沈黙は、逃げにもなるけれど、信頼の種にもなる。
今日は、橋でも壁でもなく、ただ“向こう岸がある”と感じられた沈黙だった。」

いつか、母と、もう少し静かに言葉を交わせたらいい。


問いを持ち寄るのではなく、問いを一緒に眺められたらいい。

そんな願いが、胸にじんわりと広がっていった。

次回に続きます・・・第24章:考えることを、分かち合う

問いとは、ある一点で答えにたどり着くものではなく、むしろ生きながら背負っていく形のない灯りのようなものなのかもしれない。
だから、自分がどこへ向かうかは、問いと一緒に歩く中で、すこしずつ見えてくるものなのだ。

 

  独り言・・・

 

両親との距離感が近い人には実感が無いかもしれない。

親って言う存在との距離感

 

親が子供に期待したり、何かを望んだり、心配したり、気遣ったり・・・

当たり前のことなんだろうけれど、それがどんな形で伝わっていくのかは分からない。

伝え方を間違えてしまうのは、人間関係でも同じことなんだろうけれど、親子の時にはそれはより深くお互いに刻まれる。

 

そんな風に私は感じている。

 

特別、親に期待されてきたとか、気に掛けられていたか?って言われたら実感は無いけれど、

それでも沢山の数えきれない迷惑をかけて負担をかけて来た。

 

親孝行なんて出来ていない。

どうしたらいいのか?も、私ごときでは答えを出すことは出来ない。

何が正解か分からないし、何を伝えたいのかも分からない。

その上で、きっと向こうも同じなんじゃないか?と思えるようになることが、問いの始まりになるのかもしれない。

 

物語の中で加代子は母親の言葉が残っていたけれど、言葉だけの問題じゃないんだろう。

 

言葉が残っていたのは、言葉があったから

でも、他の言葉が残らなかった理由もあるだろう

褒められて認められた記憶が残なかった理由

否定されたと感じる言葉と、誰も助けてくれなかった現実

比較される誰かが居たんだとしたら、その相手に対する感情も関係しているかもしれない

 

自分に置き換えた時に、何を探すことが出来て、何を感じることが出来るのか?

 

問いを持つには十分