今月のブログは、連載形式での投稿をしていきます。

『自己を見失いながらも、哲学の思索を通して少しずつ自己理解を深めていく』

姿を描いていきます。

最後までお付き合いいただけたら幸いです。

 

主人公:加代子

正しくあろうと、正解を選びたいけど選べない葛藤の中で、

自分を否定したくなる気持ちを持っている。

 

『“わたし”に耳をすませる』

第21章:過去の自分と、もう一度話す

春の雨が降っていた。
風もない、静かな雨だった。


濡れたアスファルトが、鈍く光を反射している。加代子は、傘の中でひとり、駅前の小さなバス停に立っていた。

ふいに、心の底に沈んでいた“記憶”が、雨粒のようにぽたりと落ちた。

 

──あのとき、私はなんて言われたんだっけ?

 

「なんで、いつもそうなの?ちゃんと考えてる?」
「ほんと、使えない。こっちの身にもなってよ」
「また?同じこと言わせないで」

何年も前の職場での言葉たちだった。


何度も何度も繰り返し、浴びるように聞かされた。
その一言一言が、まるで皮膚に焼き付けられるように、いまだに残っていた。

 

そのたびに、心のどこかで「私が悪いんだ」と呟いてきた。
言い返さなかった。言い返せなかった。

 

何が「おかしい」と思っていたのか、わからなかった。
「問い」を持てるほど、自分に余白がなかった。


だからずっと、傷ついたまま、問いすらも閉ざしていた。

でも今、問いの地図を持つようになってから、
ようやく──ようやく、あの頃の自分と、話す準備ができてきたような気がした。

 

***

 

その夜。机の前にノートを広げて、加代子はひとつの問いを書いた。

 

「どうして私は、あのとき沈黙してしまったのか?」

そして、その問いの下に、そっと書き足した。

「沈黙していた私は、本当は何を感じていたのか?」

 

ペンを止める。すぐに答えは出ない。
けれど、それでも加代子は、じっとその問いを見つめた。

 

やがて、静かに思い出す。

 

あの沈黙は、「逃げ」ではなく、「守り」だった。
怒鳴り声の中で、心が壊れないように、
あの時の自分は、せめて声だけでも閉ざしていたのかもしれない。

言葉を発することが、自分をさらけ出してしまうようで怖かった。
だから、あの沈黙は、叫びと同じくらい、強い抵抗だったのかもしれない。

それに気づいたとき、加代子の胸の奥がじわりと熱くなった。

 

***

 

翌日。理子と喫茶店で会った加代子は、思い切って話した。

 

「私、昔の自分を、責め続けてたんだと思う。
 何も言えなかったこと、立ち向かえなかったこと、
 でも、それって…『間違ってた』って話じゃないんだよね。
 むしろ、“あのとき沈黙するしかなかった自分”に、今ようやく、言葉をかけてあげられた気がするの」

 

理子は、静かにうなずいた。

「沈黙って、“言えなかった”ことでもあるけど、“言わなかった”って選択でもあるんだよね。
 それを責めるより、聴き直すことができるって、すごく大事なことだと思う」

「…うん。
 あの頃の私は、問いすら持てなかった。
 でも今は、問いがある。
 “なぜ黙っていたの?”って、そっと訊くことができる。
 そして、“本当はどうしたかったの?”って、少しずつ聴いてあげられる。
 それだけで、自分との距離が、変わる気がするの」

 

***

 

帰り道、加代子は雨上がりの空を見上げた。

雲の切れ間から差し込む光が、湿った街に淡く広がっていた。


過去が、いきなり輝き出すわけではない。
でも、かつて閉ざしていた記憶の扉が、少しずつ“対話”の対象になっていく。

 

問いがあることで、
沈黙は「終わった話」ではなく、「今も続く対話」に変わっていくのだ。

ノートに、もうひとつ新しい問いが加わる。

 

「あのときの私に、今の私が声をかけるなら、どんなことばを贈るだろう?」

その問いに、まだ答えはない。


でも、それでいい。
問いを持つことそのものが、変化の証なのだから。

次回に続きます・・・第22章:問いを他者に向けるということ

「…問いを持つって、やさしいことなんだね。
 ほんとは、“過去を責める”んじゃなくて、“過去と共にいようとすること”なんだ」

加代子は、静かに微笑んだ。

 

  独り言・・・

 

あの沈黙は、「逃げ」ではなく、「守り」だった。
怒鳴り声の中で、心が壊れないように、
あの時の自分は、せめて声だけでも閉ざしていたのかもしれない。

 

答えられない・・・言葉が出ない・・・

感情が入り乱れて溢れそうで・・・それなのに言葉にならない。

私にもある。

 

その時の私は弱かった。伝える勇気もなければ、反対する言葉や言い返す言葉を見つける力が無かった。

 

今更だからこそ、感じられる気持ちも、言いたかった言葉も、言っておけばよかった、言い返せば良かった。

夜も眠れなくくらいに、今更溢れる感情

 

今更なんだけど、今だからこそ思えて言える。

いや、今でも表現できない感情が溢れてる。

まだまだ私も未熟なんだ。言葉を使いこなせるほど、何も分かっていないし、自分の想いを伝えられるほど、自分を分かっていない。

私は何も変わっていない

あの頃から成長もしていない

 

もう少し、何かが必要なのかもしれない。

今はまだ分からない、いつか分かるかもしれない、何かが