昔はアクセサリーが好きだった。
服も靴も時計も好きだった。
出掛けることも好きだったし、街に出るのは休日の楽しみだった。
お金があったわけでは無いのに、欲しいものを買っていた。
車を持っているだけで費用はかさむ。
なのに、欲しい車を買ってさらにお金をかけていた。
自分が結婚できる日が来るなんて思っていなかったし
何より若かった。
何も考えないで生きていた。
人と人の巡り合わせは不思議なモノで、そんな私にも結婚する相手が現れてた。
子供が生まれて、アクセサリーや服から遠ざかっていった。
出掛ける先も公園に変わり
将来の為の生きるようにもなっていった。
でも、結局手元に残ったのは、過去の記憶だけ
手元に残る何かは、きっと大切なモノだと信じたい
欲しいものを全部手に入れていた時期もあったように感じる。
なにが欲しかったのか?正直今では分からない。
その時々を必死に生きて来ただけで、何かを手に入れたり・手放したりの経験が多すぎた。
手に入れたモノは、ほとんど残っていないし
残っているのは、過去の記憶と経験だけ。
経験は失うことが出来ない唯一のモノなのかもしれないけれど、
言い換えれば、忘れることが出来ない過去の過ち
『しかし、概して人々が運命と呼ぶものは、大半が自分の愚行にすぎない』@アルトゥル・ショーペンハウアー
成功している!幸せだ!と、勘違いしている時には、
自分は何一つ手に入れることが出来ていないんだろう。
だって、失ってしまう時が来るのだから・・・。
成功の時間
幸せの時間
が、過ぎ去った時に何が残っているのか?
残っているのは、きっと失敗やミスを悔やむ気持ちと、その原因になる事実だけ。
直視したくはないけど、否定することが出来ないから
「経験」とか「運命」とか「引き寄せ」とかって言葉を使って正当化しようとする。
失った時にしか分からない何かは・・・
探している時にも、手元にある時にも輝きを見つけることは出来ない。
だって、見ないから。
手元に残ったのは、変わらない自分
自分の過ちを自分で気付いて、改善できるような人はいない。
他人が指摘するまで、過ちだと認識することは無いんだから。
仮に、何かを行う時に上手く出来ない。失敗して出来上がらない。
でも・・・「成功できないから、間違っている。」
って、認識は出来ないんじゃないかな?
自分が間違っているからじゃなく、そもそも自分には無理だと否定することをしてしまう。
間違いや過ちを認めて改善しないで、無理だと出来ないと否定して拒絶する。
自分を否定することが一番簡単で、何も考えないで済む最高の言い訳だから。
自分1人なら誰も傷つくことはないし、傷つけることもない。
出来ないことにはきっと挑戦しないだろうし
目的も目標も自分の都合がいいように決めてしまう。
要するに、自分だけであれば・・・
自分は変わる必要がなく、成長する必要もない。
与えられた環境の中で、何も変わらない生き方をしていくだけになる。
間違いや過ちは、他人が否定したり指摘して始めて自信が気がつくことになる。
「間違っていた」って
「悪いことだった」って
他人が居るから、自身のことを見つめ直して変わっていく必要を迫られてしまう。
傷つけたくないって思える存在がいれば、傷つけないようにしていくだろうし
自分が望まなかったことでも、欲しいって欲を持つことになる
一緒に居たいって思えたら、相手に合わせた行動をすることもあるだろう
誰かが居るから、人は「過ちを認めて、間違いに気付いて」変わっていくだろうし、成長したり改善したりしていく。
でも、その相手がいなくなった時には・・・
誰かのおかげで変わった部分が残るのか?
それとも以前の自分に戻ってしまうのか?
もし・・・別の誰かとの時間を望んだとしたら・・・
以前の変化じゃなく、新しい変化を必要とすることになるんじゃないだろうか?
だとしたら、きっと残るのは・・・
何も変わらなかった、いつの時も・どんな時も・最初から持っている
自分の変わらない部分だけなんじゃないかな?
だから信じたい。自分は大切なモノなんだって
生きている時間を積み重ねれば積み重ねるほど、
沢山のものを手に入れて、失って、欲して、忘れて、繰り返していく
モノはいつか壊れて無くなるし
時間は勝手に過ぎていく
知識やスキルだって使わなければ、使えなくなっていくし
思いですら風化する
他人との出会いと別れなんて数えたらキリがないだろう。
それでもいつまでも手元にあるのは、きっと変わらない自分だけなんじゃないかな?
人は変化して成長する生き物って言われるけど、
変わる部分と変わらない部分があるのは分かってる。
変わらない部分がきっと、私の本当の部分だって感じてる。
誰かに合わせて変化して
誰かのために成長していく
それはとっても素敵なこと。
でも、その変化も成長も失うときが来てしまう。
全部失っても残っているのは、変わらない部分。
きっと変わらない部分が自分の本質で、変わらない自分の本当の部分
その変わらない部分は、失うことが出来ない、手放すことが出来ない、忘れることが出来ない
私自身なんだと感じる。
自分の本質は手放すことが出来ないんだから、
否定しても、拒絶してもどうしようもない。
だから受け入れて大切なモノだって信じたいって感じてる。
何を手に入れても、結局失うんだから・・・
失わないものを大切に思うのも良いんじゃない?
何があっても失わないものを大切にするのは、素敵な選択って言って良いんじゃないかな?
自分の本質で
本当の自分で
ありのままの自分
変わらず、流されず、他人に影響されない
それが、私なんだと思いたい!
変わらないことを否定する人もいるかもしれない。
成長しない部分を指摘して批判する人もいるかもしれない。
でも、それが私なんだと本当に感じてる。
人はそんなに簡単には変われないんだよ。
だって、変わるキッカケになった存在がいつまでも一緒に居てくれるとは限らないからね。





