AddするならSay Hiしよう
FBの日本人率がめちゃめちゃ増えましたよね。
私は基本傍観者ですがたまーに写真Upしたりコメントはしたり、毎日チェックはしてます。友人と連絡とるのはすごく便利だからよく利用してます。
昔の友人とかが見つけてくれてAddしてくれるのはすごくうれしいんだけど、、
全く覚えのない人とかからもAdd申請が来て、しかも、メッセージくれない人がほぼ9割方占めるから、
ほんとまじわかんないんだよね。。
私が忘れただけか?Mutual Friendsが何人かいるのに、聞き覚えのない人とかからも申請くると、すんごく考えます。でもどこのだれか全くわからなくてそのままになってる場合も多々あり。。
最近Add申請してくる人メッセージない人多いから、なんか申請する意味がわかんな、、、くない???
って思うのは私だけでしょうか。前はほぼ必ずAdd申請とともにメッセージが来ました。でもあまりにたくさんの人が使うようになってもう何年も連絡とってない人からもたくさん申請くるようになって、うれしい反面、Say Hiの一言がないのは、、、普通なんでしょうか??
久しぶりーー!!あの時のだれだれだよ!!元気???
とかそういうシンプルなメッセージでいいからおくることで、会話とか友人関係って成り立つと思うのに、
挨拶なしにAdd申請してくるとなんかちょっとさびしいし、わざわざFBでつながる理由もわかんないなー
相手から申請きたからOKして、こっちから久しぶり!!元気?っていうメッセージを送り返しても連絡がまったくない人も結構いるのよね。
あと、Mutual friendsがたくさんいる相手から申請きて、でもぶっちゃけほんと覚えてなくて、「ごめん、、どうしても思い出せないんだけど、いついつ時代のときに知り合いになった方ですか?」って正直にメッセージ送っても、
その後完全無視とか。(もちろんAdd承諾しませんが。笑)
逆に人のプライバシーだけ覗かれてる気がしてすごく、、怖いかも。笑
なんか、友人、っていう概念が変わったのかな。
なんだろ。
私の考えが古いのか。。
まぁ基本友人しか承認しない人と、誰でもOKな人でFBの使い方は違うか。。
でもせっかく見つけてくれた友人なんだから、、、会話したいのになー。笑
天国からの贈り物
父が7月に亡くなってから、母の元には3回も天国からのサプライズギフトが届いています。
父は生前、地元の図書館によく行っていました。本からCDから雑誌まで幅広いジャンルが好きだったのでいつも家には借りているものがたくさん。
そして幅広いジャンルの音楽が好きな父はよくCDもライブラリーから借りてきていました。中には比較的人気のあるCDは何週間待ってでも借りていました。父はライブラリで借りたCDなどをよーく聞いて、これがいい!と思ったのものを購入していたようです。
父が亡くなってから母の元には3度も図書館が電話がありました。
父が予約していたCDや本が父が借りられる番になったからです。
母は天国からの贈り物だ!と電話が来るたびに借りに行きます。
さすがにもうないだろう、、と思っていた9月下旬に、また電話が来ました。
今回もCDでした。
しかも、父の前に19人も待っている人がいた、待望!?のCDです。笑
その曲は、、、
JujuのYou。笑!!
うちの父はそれこそクラシック、ジャズ、ピアノ音楽、J pop、洋楽、いろんな曲が大好きでしたから、
徳永英明から、Davis Milesから、ジェニファーハドソンなどなど、いろんな曲を聴いていました。
まさか、、19人もWaiting listにいるのに聞きたいほどJujuが好きだったのか!?は私たちには到底もうわからないことです。。。
JujuのYouの歌詞がまたこんな感じで泣かせます。
「だけど あなたが 誰より好きで ずっと側で 見つめていたい
言葉にさえ出来ずに ただ もどかしくて
たとえば いつか その微笑みが 永久(とわ)の眠りに落ちたとしても
この愛は消えない 永遠に 心の中で あなたが… 」
くぁ~~~~~~お父さんやる~~~
happy belated birthday
日本から帰ってきて早々、同僚が8月9月の誕生日の女の子を祝ってくれました。
サンフランシスコのジャズで有名なYoshi's。初めてです。
お酒とボッカのカクテルがすごいおいしかったよ~~
銀だらがやばかった。値段が高くて量が少ないって聞いてたけど、思った以上に盛りがよく、そこまですごい高くはなかったので、今度は旦那つれてってあげたいわ☆
そんでお腹がいっぱいになったところで、歩いてコンサート会場へ移動。
気がつけばサンフラの夜道を25分以上歩いてた。。。坂道だらけで足痛いしーー普通に車でいけばよかったじゃんとみんなぷーぶーでした。なぜなら8時からはじまるSean Paulのコンサートの会場につくころ9時すぎてたからね。
でも会場に入ったらDJとお客さんしかいない、、あれSean Paul??もう出番終わった??って思ってみんなで一応踊ってたら待てども待てどもDJが流す音楽が一向に終わらない。。
もう足痛いよーーっていう10時過ぎに、
Sean Paul!登場。笑
昔一世風靡したころのSean Paulと違って、、あれ老けた???あれ太った?????
突っ込みどころ満載でした♪でも椅子のない会場で自由に移動できたので、前のほうを陣取ってすぐそこにSean Paulだったのはよかったかな。でも目の前に巨大なブラックガールズが3人もいるのでそれ以上は前にいけませんでしたが、
Sean Paulの曲をあまり知らない私は、黒人姉ちゃんダンサーのむっちりお尻ばっかり気になってそっちばかりみてました。 (だって網タイツのお尻のところがやぶれてるんだもん。。。しかもその穴がどんどん大きくなっていくし。。。笑)
結局終わったのが12時前くらい。だから最初からいたら丸々4時間踊るはめになってました。
だから遅れて正解だったかも。だってここのコンサート会場めちゃめちゃ治安悪いとこだったみたいだし、、、
女5人固まってなんとか切り抜けました。
On and Offがしっかりしてる同僚はやっぱりかっこいいです。
iPhoneからの投稿
供養
お久しぶりです☆
実は父の49日法要で帰れることにナリ、とんぼ返りでしたが、6日強ほど帰国することができました。
今はまたアメリカに戻ってきました。
今回も全く友人に会えずじまい。。でも目的は父の供養と実家の片付けと母の書類の手伝いでしたので、それだけで即効で時間がすぎてしまいました。
今回は初7日、35日、49日、100日を供養してもらうことができました。
住職さんが100日を過ぎたころは、もう悲しみに暮れているばかりじゃいけない、前を向いて元気な姿で毎日を生きていくことが一番の供養だよ、というお話をしてくれました。
母は涙もろい毎日ですが、腹が減ればご飯は食べれるし、おいしいから大丈夫!と。
家族で父の残したもろもろを片付けたのですが、私物が多く、どうやらかなり処分するはめになりそうで、
あれもこれもごみだ!とごみ箱へ捨てる度に、父に怒られている感じがしてちょっと罪悪感があります。
が、たくさんの物に囲まれていてもしょうがないし、母だってそんな大量のものを捨てる気にはならないから、そこは兄弟でどんどんやらなきゃ片付かないだろーとなったわけです。ごめんねーーお父さん。
家族の意向としてはいずれ母には今の家を出てもらって、東京近辺にでも引っ越してきてほしいのです。
あの田んぼに囲まれた田舎暮らしは、とてものんびりしていて、それはそれでいいものですが、、
田舎暮らしってスローライフなんかじゃないんですよね。
毎日ちゃんと庭いじりでもしないと、あっという間に自然にやられます。
そして夏は完全防備じゃないと外も出歩けません。蚊やあぶ、蜂がものすごいの!!
3分外にいるだけで、何箇所も蚊に食われ、とうとう顔もやられ、おでこと目の周りがぼこぼこになりました。
もう恐ろしくて網のついた防止でもかぶらないと外にでたくもありません。
それでも庭いじりを怠るとさらに木、草がうっそうと茂り、虫も倍増。
そんでもって、去年の震災のときに家が傾き、がけ側は少しがけのほうに落ちているらしく、また大きな地震がきたらどうなるのか、それも心配。
そんでもって田舎ってものすごく閉鎖的で、ご近所つきあいが、わずらわしい。。千葉で生まれ育って小6から4年間田舎で過ごしましたが、そのときから、私はここではすめない、早くとにかく早くここを出なくては!と思っていました。中学卒業と同時に離れた町の高校へ行き、その後は東京、そんでアメリカまで来てしまったのは、
あの田舎暮らしの閉鎖的な思い出がトラウマになってるからなのか。。。もしれません。(今思えば、それはそれでよかったんだけどね)
なので、話を戻すと、少しずつあの家を片付け、母が移動しやすいような形を作ってあげたいのです。
いずれ老いてく母を田舎に一人残したくない、、というのは子供の勝手な思いでしょうか。。。
母はよく考えて決めるよっていってました。
今回の帰国はとてもありがたい時間になりました。
しっかりとお別れをし、父を送ることができました。一生懸命私のかわりにシフトに入れるナースを探してくれた同僚に感謝☆






