もぅやぁだぁ・・・
ストライキは直前でなくなりました。いいことだ。
ネゴシエーションが少しずつとおり始めたみたいで、私たちの望んでるベネフィットは全てAcceptされてないけど、とりあえずストは延期、ネゴシエーションを進めることができるみたいです。それでもまだ病院側が私達の望んでいるものを認めないなら、その時にまたストライキになるだろうと、
とりあえず何事もなかったのでよかったー
昨日は大変でした。
いろいろありすぎて職場で朝から号泣!しかも3時間くらいひっくひっくいわしてた。同僚がやさしいから涙が止まらなくてね。後ろで隠れてたけど。
それもこれもアンフェアなマネージャーによっていろいろあったからなんだけどね。
はぁ私はトラブル起こす気もなけりゃー起こしてもいないのに、ただそこにいただけでそれに巻き込まれるって。。。災難だ。もう昨日は本気で仕事やめたいって初めて思った。
でも午後にもなると、なんか患者さんが心を癒してくれるっていうか、やっぱり自分を必要としてくれる患者と同僚がいるからこんなことでくじけちゃいけないんだと、基本ポジティブな自分が復活。
何言われようと、自分がGood nurseであることを忘れないで!って昨日何人に言われたのかわからないくらいいってくれて、みんなやさしーなー。。。
問題児は結局なんの問題もなくフロアに復帰するみたいです。だと思ってたけどね。
あぁぁこれからの仕事が思いやられるぜ。
でも学ぶこともありました。
人を簡単に信用するな。
人の好意を悪意ととっちゃうひねくれた人間に気をつけろ。
いろんな人がいて、自分に厳しい人間と、甘い人間がいること、それはそれでしょうがない。
自分が真剣に仕事をしてもそれを逆にとる人間がいる。
やべっ。書き出したらまたネガティブになるわ。
恐ろしい世界です。
生きるとは大変なことですね。
こんなことで沈没したくないのです。
はぁ。。。
とかなり落ちてたけど今我が家は人が結構いるので、元気です。
友人が泊まりに来てるし、ハローウィーンも近いからパーティーも多いし。
だから逆に気がまぎれていいね。
ストライキ??
うちの病院が金曜にストライキに入るようです。といってもたった1日ですが。
ストライキに入るのは我々全てのRegistered Nurse(正看護師)です。(マネージャー、スーパーバイザーを除く)
でも患者さんはもちろんいるわけですから、誰がケアするって?
レギュラーメンバーの看護助士の皆さんと、その日1日限りで雇われたアメリカ全土から雇われた派遣看護師です。
もちろん私は働きませんし、朝の7時半からプラカードもって皆と叫ぶ予定です。
ストライキには賛成だけど、ピケットラインに参加するのは実際ちょっとばからしい気分ですが・・・おっつ
ストライキで戦うのはもちろん当たり前です。でもなんかピケットライン張るのってさ、すごくこどもっぽいよね。。
何年たっても結局ストはストなんですな。声張り上げてプラカード持ってマーチするのがストなんですよね。
ってわかっていながら、もっと平和的解決はないものかしら?と思ってします私です。
でもそんなこといってたらうちらのベネフィット大幅かっとだからね。そんなのん気なこといってられないのです。
今まで旦那や子供におりてた保険料は毎月ただだったんですが、これに負けると、そのベネフィットがなくなり、家族の保険のために月々2-3万円の自己負担になってしまうんです。
これはかなり痛い!もちろん旦那は旦那で彼の会社から保険が出ていますし、私たちはまだ子供がいないので私の払ってる保険代は無料です。でも将来どうなるかわからんからねぇ。。
ってことで金曜朝からストです。
ところでスキャッブナースっていって(直訳するとかさぶたのナース??)
そのフロアで一人同意した人がストの日に婦長として働くらしいんですが、うちのフロアからは誰が働くのかは謎。
もう20年以上働いてだれだれじゃない??っていう噂はあるんですけど、本人はストに参加するっていってるし。
スキャッブナースが12時間シフトを働いてもらえるお給料は50万以上だと聞きます。たったの12時間で、そんなに??とお金にくらんで働くことを言い出す人もいると思います。
でも実際ストを体験した人に聞くと、1日働いて50万もらおうが、関係ない、働く価値などまったくない最悪なシフトよ!ですって。
そりゃそうですよね、うちの病院で働いたこともない人たちが働くわけですから、そりゃてんてこ舞いだわ。
ベッドは回らないだろうし、オーダーはちゃんとプロセスされないだろうし、急変起きた時に迅速な行動ができるか?といえば、、、たぶん無理でしょう。。
その全ての患者を背負うスキャッブナースのストレスを考えれば、、50万なんて安い、とみんないいきってました。
まぁそれがいくらでも、私は働かないぞー頼まれてもNoというぞーー
子が親を守るようになる時
今までは親にほんとに甘えて親に守られて生きていたんだと。
だけどこれからはその立場は逆転していき、子が親を守るようになるのだと。
親がやってくれることに対して自分が言ってた「ありがとう」は、いつもたいして心がこもっておらず、当たり前のように言っていたのではないか、ほんとにありがとう、と心から思っていっていたのだろうか?と自分を疑いました。
なぜなら親から今日言われた「ありがとう」はとても心が震えるほど響くものがあったから。
そしてそれを言われた途端に思ったんです。
あぁ私たち子がこれからは親をしっかり守っていかなきゃいけないんだと。
こんな気持ち生まれて初めてです。
結局は親が助けてくれると思っていたからだと思います。
でも、そうじゃない、年を取るとは多かれ少なかれ家族の助け合いが必要になるのだと。
そして子供は必ず親を守らなければいけないのだと。
それが任務、責任、なんかじゃない、ただただ親への感謝をあらわせる一番の愛情表現なのかもしれない。
今までは、親が年取ったときのことをそこまで真剣に考えたことはまだありませんでした。
実際にまだ先のことだと思っていたから。
そして今、兄弟が私を含め3人いることに、とても幸運だと感じます。
一人で親を守らなくてはいけないのなら、とても不安になるでしょう。
でも3人いれば助け合えるのです。
特に長男の兄にはやはり感謝しきれません。
私は遠いアメリカから、病気への理解、治療への意見、新しい病院の手配、そういった間接的なことしかできませんから。
ただただ思うのは医療の世界に足を入れといてよかったと心から思います。
遠いアメリカからでも自分の知識で親を安心させられることができるから。
そして友人の迅速な行動によって最新の治療が受けられそうなのです。
絶対に苦しい抗がん剤をいやいや受けて、体がどんどん衰弱していって、あぁやっぱりやらなければよかったと思いたくはない。ならば可能性にかけてみようと。
友人の大切さ、温かさに今とても心がやさしく、感動的な思いでいっぱいです。ほんとにありがとう。
希望を持って治療を受けることが生きる勇気になるのではないかと気がつかせてくれた友人の勧めが今我が家の大きな励みとなっています。
だってどうせ治療するなら楽しく治療したい!治るかもしれないと思って治療したい!
それでだめならそれはそれまでです。
だから今私たちは希望で満ち足りていますよ♪
あがき
昨日は朝からカラオケいって~んまい日本食食べて~そのあと買い物に行って~夜はフォンデュディナーでした。
カラオケはもちろん1人1時間1ドルコースです。安いね~
日本食は隣のお店nGochiで。やばい~連発。ちょーうまっ♪
そんで友人とべちゃべちゃおしゃべり。やっぱり気の休まる友達は最高っす。
その後はモールで友達の贈り物物色。
そして夜はチーズフォンデュの前菜で始まり、メインディッシュを不思議なワインベースのフォンデュにつけたり、そしてもちろんデザートはチョコレートフォンデュでした♪
でもサラトガにあるLa Fondueに比べたらSan MateoのMelting Potはいっきにレベルが落ちたナー
やっぱりフォンデュはSaratogaのLa Fondueです。
しかもMelting Potはカルとレインの横に位置してるから音がすごくてロマンチックじゃない!
結局6人でのディナーは4時間かかりました♪
フォンデュディナーはやっぱりデートで行きたいわ。
絶対楽しい♪
ディナーメンバーはCリスティンにRミーナに彼らの彼Pとかだったからちょーはしゃいだ。
やっぱりうちら気が合います。なのにうちの旦那は仕事で遅くなりJoinできず。
そして帰宅する頃には夜中・それからスカイプで家族会議です。
兄も姉も栃木の実家に顔を出してました。
それもこれもうちの父ちゃんの肺がん再発の再発、骨、リンパへの転移が確定。
始まりは7年前。その時に左肺を一つ摘出。
そしてその7年後に肺に残ってるもう一つに袋に再発。
それを今年6月に取り除く。
そして今月、右肺、骨、リンパ転移。
抗がん剤を月曜に始める前に、ほんとにその主治医でいいのか、
その治療法でいいのか、
セカンドオピニオンを受けるべきじゃないのか、
そして友人から聞いた新たな免疫療法に可能性をかけてみるか?
話題はそんなところです。
日本ではセカおピを求めるのが非常にやりづらいと聞きます。
今まで世話になった先生に申し訳ないとか、医者が紹介状を書きたくないとかそういった類が多いみたいだけど。
でもこれはお父さんの人生。
少しでも、今の治療方針に納得いってない気持ちがあったら違う方向性にかけてみるべきじゃないかという結論に達しました。
主治医とはこれからの話し合うみたいです。
そこにいれないのが・・・
やっぱ一度帰った方がいいよね日本。
でも私いつもタイミング悪いからなー
肺からの転移、それは遅かれ早かれ死を意識しなければいけないということ。
それもかなり早い段階でくることが多いのです。何ヶ月、1年とか。
さぁこれからあがいてやりましょう、
と家族の意見は一致しました。
あがいたら我が家はしつこいよ~~~
翻訳・吹き替え俳優
びっくりしたのはおばちゃんのお兄さんが昔ハリウッド映画MGMとParamountの翻訳とあと吹き替え声優やってたんだって。しかもそれって日本でするんじゃなくて、ちゃんとハリウッドでやってたらしい。しかもその映画の俳優さんと一緒にだって。彼らの口元見てちゃんとあうように日本語あわせなきゃいけならしいから。
いろいろ俳優とか女優とかの名前出てきたけど私あんまり40年も前の人たちはぴんと来なかったのよね。
あとレーガン大統領って昔ハリウッド俳優だったんだって。あんまり売れてなかったころの彼とおばちゃんのお兄さんは昔一緒に働いてて、レーガン大統領とは友人だったらしい!乗馬行ったりしたのよーって。
そんでアメリカがいったん映画離れし始めたら今度ドラマ制作に移行したらしく、彼もドラマの翻訳・吹き替えに参加するようになったんだって。代表作、私も聞いたことのあるものでした。
映画を翻訳すると、字幕著作権みたいのがあって、それを保有するのはもちろん翻訳した本人なんですが、それを日本のテレビ会社が借りたり、買収したり、ってできるシステムになってるそうです。でも今はだれが持ってるかわからない。
まぁおばちゃんは映画とはまったく関係ない生活送ってたらしいけどね。
それにしてもよくしゃべる。8割方私は聞き役でした。
「人生今まで楽しかったですか??」
って聞いてみたの。
そしたら「そーりゃーもう私飛んでたから楽しかったわよ~~」
って即答。
まぁ楽しいことだけしてきたって言うから、そんなおばちゃんの人生と比べたら、私地味ですね~ってぼろっと言ってみたら、でもきっと地味が一番なのよ~だって。私みたいな人生送ってきたらあとで痛い目みるわよー。って。
どんな痛い目あったか、そしてどれだけ飛んだ人生を送ってきたかは次回話を聞くことに。
私ももしとんだ生活したいなら、私が教えてあげるから。。むふふ
あっその代わりお金は溜まらずになくなっちゃうけどね~
って。
65なのになんか心が私より若いぞ???
なんかお金を貯金することが楽しいと思ってる私と、お金はあったら楽しいことに使ってしまおうっていう人生を送ってきた彼女は全くの正反対な人間です。なんか人生経験とか年の功とかじゃないけど、人生の先輩が送ってきた今までの人生の話を生で聞けるのはかなりためになる。
3時間爆笑でした。
60,70になったときに私も楽しかった!って即答できるような人生送りたいな。