私は昔から松嶋菜々子の出るドラマが好き。

魔女の条件も観ていたし
やまとなでしこも観てた。
救命病棟24時も、家政婦のミタも。
あ、GTOも。

そして、今回の営業部長吉良奈津子も。


魔女の条件では、年下男との恋に溺れる女。
やまとなでしこでは、婚活に張り切る女。
救命病棟24時では、バリバリキャリアを積む女。
家政婦のミタでは、本心をひた隠す女。
GTOのときは、のらりくらり差し障りないポジションをキープする女からのスタート。
そして、今回は家庭と仕事の両方をベストでこなしていきたい女。

と、いうのが筆者の私的な捉え方。



時代に沿ったというか、時代の一番手前というか、その時々の今の女性像をいつもドラマの中で演じている印象。


こうでありたいという理想と、現実の狭間。
こうでなきゃいけないのかという幻想と、現実のギャップ。


そのギャップのわかりやすいもので言えば、やまとなでしこのときの住んでいた家だろう。


そして、今回のドラマは
働く中で結婚、妊娠、育休、仕事復帰と
立っている場所は違えど
今、その道のりをたどる女性が多い中での
リアルとはかけ離れた理想の場所にいる女性。

大手企業の管理職に育休後就く女性が世間でどの程度いるかはさて置き
子供を産み育てながら仕事に就く女性はそう少なくはない、この時代背景に沿っていると思った。

あれだけのポジションを確保してもらえるかはさて置き。



ドラマに出て来たベビーシッターを雇える層がリアルな現実とは思わないが
ドラマの主人公、吉良奈津子同様
家庭と仕事の配分に悩む女性は
きっと、多い。

それが正社員であろうが、パートであろうが、母は悩むもの。

正社員には正社員の、パートにはパートの、それぞれの働き方ゆえの悩みも絶対にあると思う。

筆者は前者で、正社員ならではの悩みとまでは私自身が思ってはいなくても、歯がゆい思いをしたこともある。


子供が熱を出せば休まなければいけない、周囲への申し訳なさから始まり
ドラマとは違い、フル勤務を選ばなかった故の仕事の幅の狭まり、そこから感じる周囲との違いと自分のしたいことがイコールにならない歯がゆさ。

スキルアップやキャリアアップをするには、フル勤務に戻さなければいけないけれど、それをしてしまうと保育園の延長保育ではまかないきれない時間と現実。

ドラマ同様のキャリア思考なわけではないけれど、自分のキャリアアップのための仕事すら出来ない現実。

そこから生じるやりがいと言う名の感覚の違い。



短縮勤務が許されることすら、世間では恵まれた環境なのかもしれない。
もっと言ってしまえば、育休後の復帰が出来ることさえ恵まれた環境のひとつかもしれない。


だけど、日々こなす仕事と向き合う中で物足りなさを感じるのも本音だ。


だけど、独身時代のように自分の頑張りや意思のみで動ける環境ではないのも現実。

自分の体調不良で栄養ドリンクを飲んでしのいでいたあの頃とは違う。



やりたいことをやりたいときにできない
なんて、仕事じゃなくとも家の中でも同じ。

自分のタイミングだけで物事を進めることが難しいなんて
こんなにも、歯がゆいなんて知らなかったあの頃。


ご飯を食べて、お風呂に入って、自分のケアをして晩酌なんて優雅な時間は
疲れた体は正直で、今や子供の寝かしつけをしていると自分も知らずに寝てしまっていたり。

やらなきゃいけないことを夜のうちに済ませるようになり、のんびりなんて出来るのは日付が変わってからなんて日常。


同じようにこなしたいのに
同じようにこなせないことが増えた今
独身の子や既婚の妊活中の子に
人生、順調だねと言われても
私、今とっても幸せ!なんて言えるほどの余裕も今は持ち合わせてない。


私は私で、今
とても必死だよ、と心の声は叫んでる。



だけど、世の中は
母親にはとても手厳しい。

やって当たり前。
出来て当たり前。

その当たり前から少しずれると
母親のくせに、になる。


それを面と向かって言われなくとも
母たちはどこかで感じ取ってる。
そして、自分が一番、自分に対して思ってしまうのだ。


母親なんだから。
しっかりしなきゃ。



難しいんだ、本当に。

誰かの手を借りず、今、この時代で
仕事と家庭を両立させることって。



だから、営業部長吉良奈津子を観ていて
あんなバリキャリじゃない私ですら
共感するところは多々あった。


泰造演じる旦那が
仕事よりも家庭を第一に考えて欲しいなんてわかってる。
わかりきってる中、それでも自分のやりがいを感じられるものがあるのなら、頑張りたいと思ってしまう気持ちも
旦那だからこそ、わかってほしい気持ちも
どれだけ仕事をセーブしても、仕事をしてないときと同じようには家庭を回せないことも。


わかってる。




子供の熱が出たら、仕事をしていても迎えに行きたくなるのが母心。
子供が寂しいと思ってることを察するのも母心。
旦那が不満を感じているとわかるのも嫁だから。
職場で子持ち扱いされるのも女だから。



自分の体が、もうひとつあれば…
そう思わない母親は
少なくないだろう。



一歩先、またはリアルタイムな女性像を
いつも彼女はドラマの中で演じていると
私は思う。

今回のドラマを観たときは
現実に子供のいる彼女ですら
こんなときがあったのかなとすら思った。


芸能人といえど、一人の働く母。

リアルな部分もきっと、あるんだろうと想像した。



母であり、嫁であり、女であり
いち社会人で居続けるのは
やっぱり簡単じゃない。


いくらイクメンが流行ろうが
母乳は女からしか出ないし、妊娠も女じゃなきゃ出来ない。


どんな大人も母親じゃなきゃダメだった時期があったのと同じく
どの子供も父親と母親では求めてるモノ自体が違うなんて
もう、生まれたときから備わった
当たり前の感覚で

いくら男女雇用均等法などの法律に守られても
無理なものは無理なことがあるのが現実。



理屈ではどうにもならない部分なんだろう。



まだまだ、働く母親という存在に
決して優しすぎる社会ではない。

結婚したら仕事を辞めるのが当たり前、嫁いだら家庭を守るのが仕事、だった
大昔の名残は
未だ、どこか残っているのが
日本のリアル。


今がもし、働く母親のスタートに近いなら
自分の子供たちが母になる時代には
変わって居てほしいと
切に願う。



環境も、公的役割も
今より20年、30年後には
女性に精神的な楽さを与えられるものならいい。



オトナの本音、母心。