撤回宣言 | 菅野貴夫の野球電鉄

菅野貴夫の野球電鉄

俳優・菅野貴夫のブログです。
「どこ鉄」とは、友人から送られてきた鉄道写真を、それがどこで撮られたものかを推理・検索・悪戦苦闘しながら解いていくシリーズです。

お久しぶりでございます。


単刀直入に言います。

ワタクシは去年、
「小劇場を離れて映画の世界に挑戦する」と威勢よく宣言しましたが、


撤回します。

小劇場の舞台に出演します。

もちろん映画出演は今後も目指していきますが。



自分で決めたことを半年で反故にしました。口ほどにもない奴とお嗤いくださいませ。



ここに至る経緯を言い訳がましく書かせていただきます。
この半年間、自分の苦手なこと(自分で道を切り開いていくこと←もうこの言い方からして本質を捉えられていない)に向き合わざるを得なくて、それはまだいいのですが、苦手な事とは改善する方法が分かっていない事であるという極めて自然な壁にぶち当たり漠然と全てのことにモヤがかかり目標が見えなくなって、ワークショップやオーディションを受けながらもネガティヴ要素ばかりに気を取られ(大げさに言えば、8良くて2ダメなことでも2のほうばかり気にしてしまう)結果的に自信もやる気もどんどん無くしていくという見事なスパイラルを無料で経験することができました。



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自分を責めたり失望する気持ちと、これはあまりに自分に合わない選択だったんじゃないか、やめようかという迷いと、でも自分で決めたことを投げ出すのは更にダメなんじゃないかという縛りのなかで、ひとつだけ確かにあったのは、心と身体が、プレイすることをものすごく欲していたこと。
そんな中で、信頼している方から最近お声を掛けていただいて、よし、やりたいことやろう、と決めた次第です。



なお映画のほうは最近とある作品のオーディションに行ってきまして、残念ながら受かりませんでした。がっかりはしますが、それは上記のネガティヴなこととは全く違う種類のものです。これからも挑戦を続けて行こうと鼻息荒く思っています。



どのツラさげて帰ってくるんですかというアレもあると思うので、いま演劇について思うことを。
以前も書いたように、演劇が嫌いとかダメで離れたわけではありませんし、出ないあいだもちょくちょく観劇には行っていました。
ただ去年とは接する距離が少し違っていて、ヘンな言い方ですが、
「今この空間のなかのすぐそこに居るのに、絶対に邪魔しちゃいけないし、ここに無いはずの異空間を立ち上げて、そこで生きているように見える。これはとても奇妙で、他にはない尊いものだな」と感じました。作品の内容と違う次元で。


そして、自分が出ていたものでお客さんが楽しんでくれていたら嬉しいですが、それより生粋のプレイヤー(というか出たがり演りたがり)の僕がいちばん力をもらっていたのかなと。作品や一緒につくっている人びとやお客さんから。
なんだろ恥ずかしくて泣きたいや。今はまだ泣き方を忘れたまんまだから泣けないけど。



恥ずかしついでにこれも書かなければなりません。自分へのお仕置きです。
最近読んだリリー・フランキーさんの「東京タワー」のなかに、ハッとする描写があり気づいたのですが、
僕は心の奥底で、自分の本当の人生はまだ始まっていないと思っていたようです。
言ってしまえば去年の宣言にもそういう意識はあったと思います。本当の人生を始めるために映画に行く、と。


この半年間、苦しさを紛らわしたり逃げたりすることはある程度可能ではありましたが、自分と一緒に過ごすことからは、逃げられませんでした。
そのなかで段々と、受け入れるというか諦めるというか或いはマヒしたのか、
寂しさを紛らわすために近所のペットショップにチラホラ出入りしてハムスターを物色しているのも、僕のいまの人生なんだという事です。


今後は、いろんな事を悩みすぎずやっていこうと思います。
とはいえこの「余計なこと慮り過ぎ」な性格は結構こびりついていて、今回も一週間前から書こうと思っていながら「この書き方じゃどう思われるだろう…今はやめておこう」とイジイジする体たらくで、やっぱり独りで居すぎるのは僕にはよくないですね。


このブログをはじめてから、いちばん血が出そうな文章になりました。最後まで読んでくれてありがとうございました。


今後ともよろしくお願いします。

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今は工事中でも、この先立派になる道が好き。
玉川上水と東八道路には本当にお世話になっております。


2017.6.13
菅野貴夫