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うーのブログ

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「収入に応じて負担を分かち合う・・」と聞くと一見、平等だから膨らんだ支出はみんなで分かち合うんだと見栄えよく見えるが、

 

・そもそも命に関わること以外にもっと予算を削れる部分があるのでは?

・団塊の世代が高齢化・・誰もが予想できていたのでは?

・色々なことがポリシーのない、コロコロ変わるリーダーたちのお陰で沢山の事が見切り発車すぎるのでは?

と沢山の疑問が浮かぶ。

 

これら未来の見えない

"経済的負担の為"に、

「生きたくても生きれない」

「生きない選択」

が起こらない事を祈る。

 

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http://www.asahi.com/articles/ASK7V7QP8K7VUBQU01S.html

 

医療・介護の自己負担額、8月から引き上げ

8月1日から社会保障の仕組みが変わる。特に一定の所得がある高齢者は、医療と介護サービスの自己負担額の上限がともに引き上げられる。利用が多い人にとっては家計の重荷となりそうだ。

介護保険負担増の影響、調査へ
 医療は70歳以上が対象。一般的な所得がある世帯の人は、外来医療費の負担上限が月2千円アップして1万4千円になる。年間の上限額も設けて、今の月額上限12カ月分の14万4千円とし、長期通院する人の負担は増えないようにする。

 介護も一般的な所得の世帯で上がり、負担上限が月7200円増えて4万4400円になる。サービス利用料の自己負担割合が全員1割の世帯は、3年間だけ今の月額上限12カ月分(44万6400円)の年間上限額を設ける。

 また、40~64歳が負担する介護保険料については、大企業の社員や公務員など支払い能力のある人により多く納めてもらう仕組みが導入される。

 一方、年金では国民年金を受給するのに必要な加入期間が25年から10年に短くなる。無年金者を減らす狙いで、約64万人が新たに受給対象となる。加入期間が10年の場合の基礎年金受給額は月約1万6千円となる。実際の支給は10月に始まる。(水戸部六美)

■膨らむ社会保障費 「増税議論避けられない」指摘も

 「高齢者にも制度の支え手として、世代間の公平あるいは負担能力に応じた負担の観点から、一定の負担をいただくため見直しをさせていただく」。塩崎恭久厚生労働相は今年の通常国会で、こうした考えを繰り返し訴えた。

 背景には社会保障費の膨張がある。過去10年で医療費は3割増えて年40兆円超。介護費は6割増えて、年10兆円を超えた。団塊の世代がすべて75歳以上になる2025年には、さらにそれぞれ61・8兆円、21兆円になる見込みだ。支え手の現役世代が減り続ける見通しの中、高齢者にも負担を求めないと制度がもたなくなってきている。

 収入に応じて負担を分かち合う…

 

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本当に必要なものは心のバリアフリー。

本物は目に見えるものではなく、感じるものであると思う。

 

障がい、健常、弱者・差別、、優生思想、、論じる事自体が本来おかしい。 少しでも高尚な気持ちを持つと、安心するのか。

そんな小さな視野、ものさしで誰と何を比べるのか。

想像力がやっぱり乏しい。。

自身もいつどうなるか分からない。

もっと誰しもが生きやすい世の中に。

境を越えて。

 

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http://www.huffingtonpost.jp/yumiko-sato/handicap-difference-japan-usa_b_17633392.html?ncid=fcbklnkjphpmg00000001

 

相模原殺傷事件が起きてから1年が経った。犠牲者を追悼するため、メディアは「弱者に思いやりを」「弱者を差別しない社会をつくろう」と呼びかける。しかし、障がい者の置かれている状況が変わる兆しは見えてこないばかりか、むしろ悪くなっている。共同通信が全国の知的障害者の家族を対象に実施したアンケートでは、事件後、障害者を取り巻く環境が悪化したと答えた人が7割だった。

私は長年アメリカに住んでいるが、アメリカ人と日本人では障がいに関する考え方が大きく違う。そもそも英語では障がい者(disabled people)とは言わない。障がいを持つ人、障がいと共に生きる人(people with disabilities)という言い方をする。子どもの場合は、障がい児(disabled children)とは言わず、特別なニーズのある子ども(children with special needs)と呼ぶのが一般的だ。あくまでも「人」に焦点を当て、私たちには人間として同じ権利があることを強調する。

そして、アメリカ人はそれを子どもの頃から自然に学んでいく。「インクルージョン・クラスルーム」と言って、障がい児も健常児(typical children)も同じ学校に通う。障がいのあるすべての子どもたちが、健常児と同じように学ぶことができる「環境」を提供することは、公立学校の義務であると法律で定められているのだ。

教育だけではない。交通機関や公共機関へのアクセス、雇用や住居の機会均等が法律で守られており、世間一般では当然のこととして認識されている。

このような社会では、障がいや病気のある人を「弱者」とは呼ばない。もし、彼らを "weak people(弱者)"などと呼んだら、アメリカ人は間違いなく「差別だ」と言うだろう。もし、障がい者が「社会的弱者」であるとしたら、社会が変わる必要があると彼らは考えるのだ。

「弱者」の代わりに英語では、「ボーナブルな人たち(people who are vulnerable)」という言い方をする。日本語にはない表現で、「弱者」とも意味が違う。ボーナブルは、障がいの有無を問わず誰もが経験することだ。たとえば、言葉の話せない国に行ったとき、暗い夜道を一人で歩いているとき、風邪にかかったときなどには、ボーナブルな状態になり得る。

私が生まれて初めて、長期間このような状態を経験したのは、19歳でアメリカに渡ったときだった。英語がほとんどできない状態で大学に通いはじめた私は、すべてのことにおいて助けが必要だった。どのように大学のクラスを取ればいいのか、宿題は何なのか、どうすればバスに乗れるのか、シャワーはどう使えばいいのか。当たり前のことがわからなくて本当に困った。とにかく助けてくれそうな人を捕まえて、慣れない英語で何とかわかってもらおうとする日々だった。

このような状況が1年ほど続いた頃、心身共に限界を感じた。常に助けられる立場にいるということが、いかに疲れることで苛立つことかを初めて実感したのだ。

この経験は、後に音楽療法士となり、障がいや病気と共に生きている人たちと接する上で役に立った。私には障がいや病気はないかもしれないが、ボーナブルな状態になったことは何度もある。その点で共感することができるからだ。

「弱者」という言葉が、〈彼ら〉と〈私たち〉を区別する言葉だとしたら、「ボーナブル」は、人間誰もが経験する苦しみや悲しみを通じて、私たちをつなぐ言葉である。

「障がい者」や「弱者」とそうでない人たちを、白黒で分けることはできない。あなたが今健康だとしても、病気や事故でいつ障がいをもつかわからないし、すべての人に死は訪れる。そして死期が近づいているとき、私たちは人生で最もボーナブルな状態にあると言えるだろう。どんなにお金や学歴があっても、どんなにハンサムでも美人でも、死ぬときは皆ボーナブルだ。突然ポックリ死ぬことがない限り、確実に誰かの支えや助けが必要になる。

そのときあなたは何を求めるだろう? 弱者というカテゴリーに振り分けられ、「かわいそう」と思われたいだろうか? どうせもうすぐ死ぬのだからと、生きていても意味のない人間のように扱われたいだろうか?

おそらくあなたは、体は弱っていても、人間として本質的な部分では変わっていないと感じるだろう。だから、ありのままの自分を受け入れて欲しいし、自分の気持ちをわかって欲しい、と願うと思う。周りの人に、完全に理解されることは無理でも、わかろうとする努力をして欲しい。アメリカで英語が話せず苦労したとき、私はそう感じた。そして、私が今まで出会ったホスピスの患者さんや障がいのある人々の切実な願いも、同じだった。これは、人間誰もが心の奥底で願っていることなのだ。

善意の人々からの浅い理解は、悪意の人々からの絶対的な誤解よりも苛立たしい。
キング牧師はそう言った。

障がい者に対して悪意を抱いている人は少ないだろう。しかし、私たちの理解は深いと言えるだろうか? 彼らを「弱者」と分類し、無意識に差別してはいないか?

私たちが目指すべき社会は、「弱者を思いやる社会」ではなく、「弱者をつくらない社会」だと思う。
(2017年7月30日「佐藤由美子の音楽療法日記」より転載)

 

 

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Steve Gleasonは、映画「ギフト」の方です。

Windowsの標準でアイトラッキング使えるようになる。

テクノロジーの進化というより、スピード感かな。

間違いなく医学より早いですね。

より快適に、当たり前に、便利な世の中が来るように。

 

Tobiiの「Eye Tracker 4C」買ったのにな。。いらなくなりそう。

 

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https://japan.zdnet.com/article/35105158/

 

 Microsoftは「Windows 10」にアイトラッキング(視線計測)技術の導入を計画している。

 「Eye Control」と呼ばれるこの機能は、「Windows 10 Insider Preview」の最新テストビルドにすでに搭載されている。Microsoftは、2017年秋に「Windows 10 Fall Creators Update」の提供を開始する際、このアイトラッキング機能をパブリックベータ版として一般公開する計画だ。

 Eye Controlは現在、スウェーデンのアイトラッキングベンダーであるTobiiの「Eye Tracker 4C」でしか機能しないが、Microsoftはほかの同様のデバイスにも対応させるべく取り組んでいる(Tobiiのアイトラッキング技術は、ゲーム用PCおよびモニターのメーカーの一部がすでに採用している)。Tobiiの技術は、コンピュータ上のカメラを使ってユーザーが画面のどこを見ているのかを追跡する。

 Microsoftによると、Eye Control機能を最初に設計したのは、Microsoftが2014年に開催したハッカソン「One Week」のチームだという。元々は、既存の入力デバイスを使えない障がい者向けに、Windows搭載PCのアクセシビリティを高めることを意図していた。そうした障がい者の1人として、Microsoftの開発に協力しているのが、元フットボール選手のSteve Gleason氏だ。同氏は筋萎縮性側索硬化症(ALS)と呼ばれる神経筋疾患を患っている。

 Eye Controlを使うと、視線だけで画面上のマウスとキーボードを操作したり、テキストを音声化したりできる。

 

 

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https://www.buzzfeed.com/jp/wataruiwasaki/sikatanaiwonorikoeru?bffbjapan&utm_term=.edjyd46EM#.wkLnldx2G

相模原事件から1年。「障害者は不幸しか作れない」と名指しされた一人として、今伝えたい言葉

私は全身の筋肉が正常に作られず体が動かせなくなる難病「筋ジストロフィー」を抱えながら生きています。人工呼吸器を使って呼吸し、食事は胃に開けた口(胃瘻)から栄養を入れて、24時間、生活動作の全てに介助を得ながら暮らしています。2013年に第一詩集を刊行してからは、詩やエッセイの著述を仕事にしています。

昨年の7月26日、相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」に入所する重度障害者19人が元職員の男に殺害され、入所者と職員の27人が負傷しました。1人1人、精一杯に生きていただけなのに、彼の暴力によって命と人生を奪われた理不尽を思うと怒りがこみ上げます。

事件から1年になるにあたってあらためて、被害に遭われた方々の心の回復と、亡くなられた方々のご冥福を祈りたいと思います。

今年7月、時事通信の報道 では、彼が取材に応じて書いた手紙に重度・重複障害者を「人の幸せを奪い、不幸をばらまく存在」と犯行時と変わらぬ自説を繰り返し、今の拘置所での生活については、「息の詰まる生活に嫌気がさす」「時折外の生活を恋しく思う」と言及していると伝えられています。

“息の詰まる生活が嫌になり、外の生活が恋しくてたまらなくなる”

閉ざされた空間、生活を否応なしに制限され、限られた特定の人としか関わりを持ちにくい状況で生きることがどれほど辛いか。

自ら招いた結果として拘留されている彼と、望んでなったわけではない障害者の不自由さを同列に扱うことはできませんが、今、彼が感じている生活の自由を失っている苦しみは、重度の障害を持つ人も社会のバリアに日常的に突き当たりながら、感じているのです。

障害の程度で人の幸不幸を決めつけ、生きてよい命、いないほうがよい命と選別していく発想を彼だけが抱いているのではないのは、事件後、彼に対して一定の共感を示す人がいたことでも分かります。

またそこまでではないにしろ、日常生活の様々な局面で障害を理由に制限された暮らしを強いられている状況を「しかたない」と容認してしまう考えが、多くの人に無関心という形で現れているのを残念に思います。

24時間ヘルパー介護支給の実現

事件のあった頃、私は地域での自立した生活を実現するために、住んでいる市に終日ヘルパー介護の支給を求める準備をしていました。

病状が進んできた頃から30年もの間、両親による介助に頼りながら暮らしてきましたが、その父と母も70代半ば。体力の衰えに加えて、頚椎の病気や関節リウマチなどの持病も悪化し、これ以上、介助を担い続けることができなくなっていたからです。

難病と付き合いながら、ヘルパー介助を得て自分の暮らしを作ろうとしていたなかで、「そこまでして生きていられては社会の迷惑なんだよ」と、彼を通して現れたかのような冷酷な悪意に、暗澹たる気持ちになりました。

昨年9月、市に夜間も含めた24時間のヘルパー介護を求める申請をしました。

ほぼ全身が動かず常に人工呼吸器を使って、家族も健康状態の悪化で介助ができない状況のもと、介助者不在の時間が生じることは命の危険すらあるにも関わらず、当初は認められませんでした。

気管切開をしておらず、鼻マスク式の人工呼吸器を使っていて痰の吸引が多くない人には、24時間介護の支給は適用できないというのです。

主治医から必要性の根拠となる意見が伝えられたり、障害者の介護保障に取り組む弁護士に支援を依頼したり、福祉行政の改善を市議会議員に働きかけたりするなど、あきらめずに交渉を重ねたすえ市の理解が深まり、今年の3月に満額で支給決定を得ることができました。

全国では重度障害者が親元でも病院・施設でもなく、24時間のヘルパー介助によって自立した生活を実現しているなかで、自分の町でできない理由はありません。「しかたない」にしないで声を出すことの有効性を身をもって感じました。


終日ヘルパーが訪問することになって、「夜、起こされず心配なく眠れる。気持ちも体も本当に楽になった」と、両親がしみじみと話すのを聞いて私も安心しました。辛い痛みと睡眠不足を我慢し、深夜に起きてふらつきながら介助を続けてきた両親が倒れてしまう前に、間に合ってよかったと思います。

介助を得て暮らすようになって、定期的にケア担当者会議を開いています。家族と、医療と介護、福祉に関わる支援者たちが自宅に集まって、ケアの支援を受けながら自分の生活をどのように作っていくか話し合います。

ベッドのかたわらに、居室いっぱいになるほど人が集まるのを見るたび、障害と共に生きるためにはどうしたらよいのか。目の前に可視化されているように思います。

声を上げるというのは一歩踏みだし、風を受けて進むこと

先月、航空会社バニラエアが国内線「関西空港─奄美空港」において、介助のサポートがあっても自力でタラップを上り下りできない障害者の搭乗を、事前連絡のあるなしに関わらず拒否していたことがニュースで報じられました。

車いす使用の男性が現地で搭乗を拒まれたため、思い切って腕力だけでタラップを上った大胆な行動もあり注目を集めました。

飛行機の性質上、安全を確保する細かい決まりを守って利用するのは当然ですが、このケースでは運行者が備えるべき設備を用意しておらず事実上の門前払いになっていたのが問題です。 

バリアを取り除くための合理的配慮があればできることなのに、できないことにしておくのは「しかたない」の困ったところだと思います。

現在、設備が備えられて問題は解消されたそうですが、声を受けて課題が速やかに改められたことに明るさを感じます。

周囲と波風を起こさないのが生きる術になりがちな障害者自身、すでにある枠組みがいかに酷いものでも、その範囲内に自分の暮らしを小さく押し込めるのが染みついている場合があるでしょう。

そのせいで気づかぬうちに、自分で自分の障害を5割増しにしてしまう。厳しい生活環境のもとで、黙って耐えている人は少なくないと思います。

バニラエアの搭乗拒否では、「物言う態度が悪い」「いきなり現場で抗議するのはどうなのか」「クレーマーに遭って会社も気の毒」など、声を上げた人も非難を受けました。

しかし、相手側の手順に則って窓口を通して声を上げていたのでは、ものごとを変えられない場合もあるのではないでしょうか。

設けられている窓口は与えられたマニュアル以上のことは立場上できないので、声を受けて課題を分かっていたのだとしても、杓子定規に従来の対応をなぞるだけになりがちです。

私も24時間介護の支給が難航していたとき、窓口の区を通して市に理解を求める道筋だけではなく、市の障害者福祉行政の責任ある人にダイレクトに働きかけたことで、大きな改善の決定を得ることができました。

障害があっても行ける場所を広げていくためにバリアを取り除くことは、新しい航海地図を作るようなものだと思います。バニラエアの問題は「しかたない」の壁を前に、引き下がらないで声を出していけば世界を広げられると示してくれたように思います。

誰かがやってくれるだろうと待っていても変わらない。声を上げるというのは一歩踏みだし、風を受けて進んでいくことなのかもしれません。

生きる喜びにつながるものは、言葉のあるなしに関わらない

私は10年前から定期的に外出できる体制が整い、行動範囲が広がりました。ヘルパー2人がついて介助し、歩いて行けない距離の場合はリフト付きの介護タクシーを手配して移動します。現在は介助者不足もあり、月2回ほどの外出機会を確保するのに留まっていますが、今後増やしていこうと計画しています

今年の春は、海を見たいと思って友人と松島に行ってきました。

ゆっくりと海に行くのは、子どもの頃以来です。親に連れられて行ったのがおぼろな記憶に残っています。

船着き場の先まで行くと寝台型の車いすでも海を間近に眺めることができます。


小波が常に変化しながら美しく打ち寄せて、一つの波がまた他の波を呼んで無数につながり広がっていく水面を見つめていました。曇り空で少し風のある日でしたが、海風に吹かれて心地よさを感じながらいつまでも佇んでいたくなります。

掛けていたブランケットが風に飛ばされてふわっと海に落ちてしまうハプニングがあって、ヘルパーさんが青い顔しているところに、そばにいた船の乗員さんがすぐに気がついて長い棒で拾い上げてくれました。

「押さえられなくてすみません……」

「いや、まあこんなこともありますよ」

「これも旅の思い出ですね。寒くない? ストール貸しましょう」

「あ、ちょうどいい。ありがとう」

こうした日常の何でもないできごとや会話が生活をつくっていきます。

また別の日、近所の小さな公園まで散歩したときには、下校中の小学1年生の子たちに出会いました。

仲良しらしい友達3人組のようです。おしゃべりしながら通りかかると話しかけてきました。車輪付きの小さなベッドに寝ていて、人工呼吸器のホースや顔に鼻マスクをした私の様子が珍しくて興味をもったのでしょう。

「ねえねえ、何してるの?」

「どうして寝てるの? 具合が悪いの?」

気持ちよいくらい、遠慮なしに素直に聞いてきます。

にこにこと私や母、ヘルパーさんが答えます。

「お花見に来たんだよ」

「元気だけど、病気でこうしてるんだよ」

ひとしきり会話していると、一人の子が道端で摘んできたと思われるタンポポをプレゼントしてくれました。子どものたわいない気まぐれだったのかもしれませんが、自然に何のためらいもなく自分が持っている花を差し出す様子に心を動かされました。


外気を、自然を感じること、何が起こるか分からないという偶然、やり取りの間合い、表情、しぐさ、言葉のあるなしに関わらないすべてが生きることの喜びにつながります。

それはきっと相模原事件で命を奪われた人たちも感じていたことだと思うのです。

多くの人と出会い、つながり、自分の命と人生を生きる

「あなたは幸せですか?」と唐突に問われたら、たいていの人は戸惑われるでしょう。幸せというのはひとことで言葉にしがたいもので、生活の中のささいなことから本人しか感じとれないもの、気づくと差し出されていた一輪の花のようなものではないでしょうか。

私は治らない病気持ちで、寝たきりで体が動かず、できないことが山のようにあり、この先いつまで元気か分かりません。暮らしの中で耐えがたい苦しみを感じるときも多いですが、けっして不幸ではありません。

どんな環境でも良いことばかり、笑ってばかりで生きられる「温室」などありません。もしそんな温室パラダイスがあったとしたら、人生を奪う牢獄のようなものです。私なら波風や危険に満ちていたのだとしても壁の向こう側に飛び出して行きます。

この世界に生まれたからには、禍福こもごもあるなかで人は生きるものだと思います。人によっていくつかの局面において、苦しみや悲しみが多いことはあるでしょう。だからといって、それだけで不幸なのかといえば、そうではない。

くるしいも波
かなしいも波
たのしいも波
うれしいも波
だから漕ぎ続けてる
岩崎航詩集『点滴ポール 生き抜くという旗印』(ナナロク社)より
「障害者は本人にも周りにも不幸をもたらすから生きていてもしかたない」と、自分が見てきた狭い風景をもとに断定することこそ、社会を不幸にするのではないでしょうか。

治らない病気や重い障害を持っていても、命や暮らしが脅かされず生きられる世の中は、誰にもいつかは必ず訪れる自分が弱った状況に置かれたとき、人を生きやすくすると思います。

「面倒な存在なら排除すればよい」とする前に、なぜ苦しみが生じて不幸にも思える状況がそこにあり続けているのかを見つめて、改めていく力をどれほど尽くしているでしょうか。

「しかたない」を乗り越えるには、互いに地続きの生活の場で、1人1人多様な不自由を抱えて生きる者の存在に、多くの人が出会っていくしか道はないように思います。

出会うことができたなら、立ち止まって、どうすれば状況を変えられるか一緒に考えはじめるでしょう。少なくとも通り過ぎて問題ないことにはできなくなるのではないでしょうか。

「障害者は不幸しか作れない、社会のためにいなくなったほうがよい」

このような考えかたがあるのなら、私は彼に名指しされた障害者の一人として、社会の真っただ中で生きて対抗しようと思います。

「多くの人と出会い、つながり、自分の命と人生をあきらめずに生きる」

これは障害を持って生きる者の仕事です。人に助けてもらうばかりで肩身が狭いと負い目に思うことはありません。顔を上げて生きたいと思います。

岩崎 航(いわさき・わたる)

1976年、仙台市生まれ。詩人。筋ジストロフィーのため胃瘻と人工呼吸器を使用し24時間介助を得ながら暮らす。2013年に詩集『点滴ポール 生き抜くという旗印』(ナナロク社)、15年にエッセイ集『日付の大きいカレンダー』(ナナロク社)を刊行。自立生活実現への歩みをコラム連載(16年7月~17年3月/ヨミドクター「岩崎航の航海日誌」、17年5月~/note「続・岩崎航の航海日誌」)。16年、創作の日々がNHK「ETV特集」でドキュメンタリーとして全国放送された。公式ブログ「航のSKY NOTE」、Twitter @iwasakiwataru

 

 

ネットで治療や薬などいっぱい探しま
したが、あんまり情報がなかったので
同じように知りたい方もいるかと思います。
なので今、私がしている事をあくまで
参考ですが共有します。
 
治療と服用している薬、サプリ、意識
していることを書きます。
 
確実な効果が確認できないので、ALSの
専門医にかからないと、病院から処方
提案がない方もいるかと思います。
私の場合はそうでした。
言えば処方してもらえるようになりました。
過去の治験の論文や現在の情報
から調べています。
 
告知後、半年は出来ることを全部
しようと決めました
半年経過し、また半年やろう
と決めました。
告知から現在21ヶ月経ってます。
自覚症状のあった発症からは、
2年5か月です。
 
長い目標を立てずに、まずは半年で
常に考えています。
 
皆さんも色々試されている事と
思います。 
手探りなので他に良いものが
あれば情報下さい。
 
青字が前月からの変更箇所です。
 
常に誰かについてもらっています。
ほぼ在宅ワークとなりました。
 
■状態
・身体障害者1級
     上肢2級、下肢2級

・構音障害も出てきたので、手帳申請用に

 申請書類の準備を行っています。
・特定疾患医療券
 ※高額かつ長期なので、上限は
      ¥10,000-です。
・障害支援区分 区分4
  利用者負担上限月額 
            ¥37,200-
 重度訪問介護時間が決定しました。
 妻が不在の平日10h程をまかなえる
 時間です。今後さらに時間数が必要
 な場合は、さらに交渉を行おうと思い
 ます。
 重度訪問になると単価も下がり引き
 受けてくれる事業所も少ないですが、
 ある程度、目処が立ってきました。
 自身でヘルパーを探し事業所登録
 して日中来てもらうようにしました。
 信頼できる方なのでとても安心して
 生活を送れるようになりました。
 
--身体
・握力 R:15.0kg、L:5.0kg 
       両手共に少しずつ下がってます。
  ※元々両手ともに60kg近く握力はありました。
・全身がぴくつきます。
・両腕・肩甲骨が常に締め付けられるよう
 に鈍痛があります。
・しゃべりにくくなってきました。
 意識して話すようにしてます。
 「パタカラ」の「カ」が言いにくいです。
 舌の奥。舌ったらずです。
 しゃべりにくさが顕著になってきました。
 ボイスターの収録が終了し、納品されました。
・足は少し痩せてきた感じがします。
 つっぱってかなり歩きにくいです。
   ※私の場合、上位の反射亢進が強い
     ようです。
 外では電動車いすで移動するように
 なりました。
・訪問リハビリを週2回取り入れるように
 しました。
・食欲低下はないですが、食べるのに
 疲れるようになりました。55kgに減少。
 飲み込みは問題ないです。
・呼吸機能VCは 
  97.0%  3.82L 6/ 3実施
  89.6% 3.53L 6/24実施 

  92.4%  3.64L  7/22実施
 少し戻りました。元々5.00Lほどあったので。
 バイバップの練習しました。

 とてもスムーズに、楽になったので

 早速デモ機、処方をしてもらいます。
 夕方頃になると疲れが出ます。

・首の重さを感じるようになり、前に落ちそう
 な感じが出てきました。
・血液検査
   肝機能・腎機能問題なし
    CK値、問題なし。
 
■治療
以下の治療を再開しました。
・ラジカット点滴
     19クール目が終わりました。
  ※目一杯10回やるのは辞めました。
   いけるタイミングにしています。
・エダラボン点滴 2回/週 休薬期間
・高用量メコバラミン注射 2回/週
  (徳島大学病院)
 
肝機能、腎機能ともに
問題ありません。
 
■薬
・リルテック50mg 2回/日
・メチコバール500μg 3回/日
・ユベラ50mg 3回/日
・ウルソ100mg 2錠/回 3回/日
・リボトリール0.5mg  1 or 2錠程度/日
   とんぷく服用
      筋線維束痙攣が酷い時
      量を減らしました。  
      半減期が27時間なので、
  続けて飲むと体にたまり
  ふらつきがでたので。
・フィコンパ 4 or 6 or 8mg/日
  (抗てんかん薬)    
    朝、フラつきと眩暈があります。
    半減期が80時間と長いので身体に
    溜まると強い気がします。
  翌日何もない日は、8mg。
  用事がある日は、4 or 6mg と分けて調整
  しています。
 
難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)の治療法開発 東京大学ほか
 
・68 ツムラ芍薬甘草湯 1回/日
       つりを抑えるため
・トラムセット とんぷく服用
 痛みがひどい時
 リリカも服用していましたが、
 効かないので。
 痛みがひどいので、最低でも朝晩
 服用するようになりました。
 
■サプリ
 
摂るのを止めました。
 
■意識していること
・炭水化物を多く摂ること
・野菜ビタミンA、Eを摂ること
・バランスよく食事し痩せないこと
・腹式呼吸する
・就寝前のリハビリをすること
      腹式呼吸、顔の運動、ストレッチ
  ※リハビリ治験が終了しました。
・マッサージしてもらう
     足、脇腹、腕、肩、指、頭
     の関節拘縮しないように動かして
     もらう。
     ツボ押しをしてもらう。
      血流、気の流れを良くするために鍼
      のツボ
・進行を感じる時とそうでない時
    がなんとなくあるのが分かって
    きました。
    どんな時に進行するのかまで
    意識的に分からないですが、
    病気を本気で忘れてる時止まって
    るような気がします。
 
上記に色々書きましたが、一番の
薬は病気に翻弄されずに、我慢せ
ずに、頑張り過ぎずに、楽しい
ことして
「笑うこと」かもしれないです。