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難病が、難病外しではなく、本当の意味で

難病でなくなる日がすぐそこまで来ている。

 

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パーキンソン病治験に前進 iPSで症状軽減、2年間腫瘍できず安全-京大などチームがサルで確認、30年秋にも申請へ

 

 人の人工多能性幹細胞(iPS細胞)から神経の元になる細胞を作ってパーキンソン病のサルの脳に移植し、最長2年間観察した結果、症状が改善し、腫瘍ができる異常も起きなかったと、京都大の高橋淳教授(脳神経外科)のチームが発表した。霊長類で長期的に効果を確認したのは世界初で、「有効性と安全性が確認できた」として、チームは平成30年秋にも患者に移植する治験を申請する考えを示した。研究論文は31日付の英科学誌ネイチャーに掲載される。

 

 パーキンソン病は脳の神経伝達物質であるドーパミンを出す神経細胞が減ることで、手足の震えや体のこわばりなどが起こる難病。根本的な治療法はないため、他人のiPS細胞から作った細胞を移植し、神経を補う必要がある。

 チームは、神経の元になる細胞を人のiPS細胞から作り、パーキンソン病のカニクイザル8匹の脳に移植。手足の震えが改善して活発に動くようになる傾向が見られたほか、経過を最長2年間観察したところ、がん化する可能性のある腫瘍などができなかった。

 今回、パーキンソン病患者のiPS細胞から作った細胞と、健康な人から作った細胞をサルに移植したところ、同じような結果が得られたため、健康な他人のiPS細胞を利用する予定のチームの手法に問題はないと判断した。

 治験は30年度に京大病院の審査委員会や国に申請した上で同病院で実施する予定という。



 パーキンソン病 脳内で情報を伝え、運動を調整する働きを担う「ドーパミン」という物質をつくる神経細胞が減少することで、手足が震えたり、バランスが取れずに転倒したりするなど運動面に支障が出る難病。高齢化に伴って患者が増え、国内の患者数は約16万人とされる。薬物で症状をある程度改善できるが、完治できる治療法はないという。



 人工多能性幹細胞(iPS細胞)の応用 体のさまざまな細胞に変化する能力があるiPS細胞は、病気やけがで失われた体の働きを人工的に補う再生医療への応用が期待されている。理化学研究所のチームは網膜の細胞を重い目の病気の患者に移植する臨床研究を実施した。他にもシート状の心筋細胞を作製し、重症心不全患者に移植して治療する計画などがある。薬の開発にも活用されている。

 

自分の記事のリブログ(笑)

 

十人十色、色々な考え、思いがあってよいですが、生活者として活躍されている岡部さん。 体制を築くまでに血のにじむような努力が、双方にあったかと思いますが、

決して特別な訳ではないです。

 

また沢山の方々に「学生ヘルパー」という存在も知って欲しい。

支援・介助を受ける、ただそれだけでなく、支援・介助者を育てる。

そして次の世代に繋ぐ、繋がる。

巡り巡って沢山の困っている方々の助けになってくれます。

 

岡部さんと学生ヘルパーの日常生活が微笑ましいです。


シェアします。

 

色々な言葉が刺さったので。

様々な価値観に年齢は関係ない。

 

「幸せになれるかは、自分の気持ち次第。物語はハッピーエンドで終わらなくても、その物語に意味があればいい。

生きることの意味は、意味のある生き方を見つけること。それが平凡な人生と素晴らしい人生の違い。」

 

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http://www.imishin.jp/message-behind-the-mirror-2/

 

鏡の裏に死後、癌で亡くなった少女のメッセージが見つかる



イギリスのレスター出身のアシーナ・オーチャードは、明るくて活発な12歳の女の子でした。 スポーツが好きで、特にボクシングがお気に入りだった彼女は家では4人の妹と3人の弟の面倒を見る家族思いの姉でもありました。

クリスマス前のある日、アシーナは自分の額にコブのようなものがあるとに気付きます。ぶつけた覚えはなく痛みも無かったため、すぐに消えるだろうと心配はしていませんでした。しかし同じ日、アシーナは自宅のキッチンで意識を失います。病院での検査の結果、コブだと思っていたものが骨肉腫であることが判明します。


骨肉腫は、骨にできる悪性腫瘍のガンです。7時間にもわたる外科手術で腫瘍が摘出され、化学療法が開始されました。しかし、進行性の速い癌は移転を続けます。ベッドから起き上がれない状態になってしまった娘を、両親は見守ることしかできませんでした。

「アシーナには、建設的に考えて欲しい、泣かないでと言われました。ガンがものすごい早さで進行していることを私たちは知っていました。あの子はできる限り戦いました」母親のキャロリンは言います。

その後も癌と闘い続けたアシーナでしたが、13歳の誕生日を迎えて間もなく、家族に見守られながらその短すぎる生涯を閉じました。
 
アシーナが亡くなった2日後、父親のディーンは娘の部屋を片付けていました。そして鏡を壁から動かしたとき、裏に何やら文章が書かれているのを発見したのです。

「驚きました。それは3000字ほどの文章でした。涙が込み上げてきて途中で何度も読み続けることができなくなってしまいました」

そこには、知徳に溢れた言葉や想いが綴られてしました。 これはその一部です。

「幸せになれるかは、自分の気持ち次第。物語はハッピーエンドで終わらなくても、その物語に意味があればいい。

生きることの意味は、意味のある生き方を見つけること。それが平凡な人生と素晴らしい人生の違い。

幸せは目的ではなく、向かう方向のこと。存在していることを感謝しつつ、元気で自由に、信念を持っていつまでも若くいること。

人は私の名前を知っていても、私の物語を知らない。私のしたことを聞いたとしても、私の経験したことは知らないはず。愛とはガラスみたいなもの。見かけは綺麗でも、とても儚い。

毎日が特別な日。だから一日一日を精一杯生きる。明日、人生を終わらせる病気にかかるかもしれない。人生は自分が悪くしない限り、絶対に悪くならないのだから。

愛は少ない。人生は不思議。永遠に続くものなど存在しない。人は変わる。人生はだれもが遊べるゲームだけど、その中で愛は唯一の褒美かもしれない。

もし誰かに愛されているなら、どんなに状況が厳しくなっても、その人があなたを手放すことはない。人生は良い時もあれば悪い時もあるということを忘れてはいけない。悪い時がなければ、良い時の意味もないのだから。

私は、自分が心を許せるような相手と恋に落ちるのを待っている。

愛とは、将来を過ごせる相手がいることじゃなくて、その相手なしでは考えれれない将来のこと。

あなたが私のそばにいてくれることがわかっている限り、泣く理由はない。」

ディーンは言います。

「本人は何も言っていなかったけれど、それがあの子らしいと思いました。アシーナは深く物事を考えていました。ものを書くことが好きで、いつも何かを書いているようでした。アシーナは亡くなりましたが、彼女の書き残した文章を通して彼女が生き続けているのような気がします。この鏡はずっと大切に保管するつもりです」

病床にあってもアシーナは人生の美しさを見る力を失いませんでした。アシーネは鏡の裏に書かれたマニフェストを、鏡の中の自分を見る度に思い起こしていたのでしょうか。

 

ネットで治療や薬などいっぱい探しま
したが、あんまり情報がなかったので
同じように知りたい方もいるかと思います。
なので今、私がしている事をあくまで
参考ですが共有します。
 
治療と服用している薬、サプリ、意識
していることを書きます。
 
確実な効果が確認できないので、ALSの
専門医にかからないと、病院から処方
提案がない方もいるかと思います。
私の場合はそうでした。
言えば処方してもらえるようになりました。
過去の治験の論文や現在の情報
から調べています。
 
告知後、半年は出来ることを全部
しようと決めました
半年経過し、また半年やろう
と決めました。
告知から現在22ヶ月経ってます。
自覚症状のあった発症からは、
2年6か月です。
 
長い目標を立てずに、まずは半年で
常に考えています。
 
皆さんも色々試されている事と
思います。 
手探りなので他に良いものが
あれば情報下さい。
 
青字が前月からの変更箇所です。
 
常に誰かについてもらっています。
在宅ワークとなりました。
 
■状態
・身体障害者1級
     上肢2級、下肢2級
・構音障害も出てきたので、手帳申請用に
 申請書類の準備を行っています。
・特定疾患医療券
 ※高額かつ長期なので、上限は
      ¥10,000-です。
・障害支援区分 区分4
  利用者負担上限月額 
            ¥37,200-
 重度訪問介護時間が決定しました。
 妻が不在の平日10h程をまかなえる
 時間です。今後さらに時間数が必要
 な場合は、さらに交渉を行おうと思い
 ます。
 重度訪問になると単価も下がり引き
 受けてくれる事業所も少ないですが、
 自身でヘルパーを探し事業所登録
 して日中来てもらうようにしました。
 信頼できる方なのでとても安心して
 生活を送れるようになりました。

  身支度・食事・排泄(ズボン上げる)

  移動・清拭・雑務 等介助を受けて

  います。
 
--身体
・握力 R:12.5kg、L:5.5kg 
       両手共に少しずつ下がってます。
  ※元々両手ともに60kg近く握力はありました。
・全身がぴくつきます。
・両腕・肩甲骨が常に締め付けられるよう
 に鈍痛があります。
・しゃべりにくくなってきました。
 意識して話すようにしてます。
 「パタカラ」の「カ」が言いにくいです。
 舌の奥。舌ったらずです。
 しゃべりにくさが顕著になってきました。
 ボイスターの収録が終了し、納品されました。
・足は少し痩せてきた感じがします。
 つっぱってかなり歩きにくいです。
   ※私の場合、上位の反射亢進が強い
     ようです。
 外では電動車いすで移動するように
 なりました。
・訪問リハビリを週2回取り入れるように
 しました。
・食欲低下はないですが、食べるのに
 疲れるようになりました。
 飲み込みは問題ないです。
・呼吸機能VCは 
  97.0%  3.82L 6/ 3実施
  89.6% 3.53L 6/24実施 
  92.4%  3.64L  7/22実施

    90.8%  3.56L  8/19実施

  ※FVC 85.2%  3..34L

  元々5.00Lほどあったので。
 バイバップが自宅に来ました。

 昼間2時間ほど使用しています。
・首の重さを感じるようになり、前に落ちそう
 な感じが出てきました。
・血液検査
   肝機能・腎機能問題なし
    CK値、問題なし。
 
■治療
以下の治療を再開しました。
・ラジカット点滴
     20クール目が終わりました。
  ※目一杯10回やるのは辞めました。
   いけるタイミングにしています。
・エダラボン点滴 2回/週 休薬期間
・高用量メコバラミン注射 2回/週
  (徳島大学病院)
 
肝機能、腎機能ともに
問題ありません。
 
■薬
・リルテック50mg 2回/日
・メチコバール500μg 3回/日
・ユベラ50mg 3回/日
・ウルソ100mg 2錠/回 3回/日
・リボトリール0.5mg  1 or 2錠程度/日
   とんぷく服用
      筋線維束痙攣が酷い時
      量を減らしました。  
      半減期が27時間なので、
  続けて飲むと体にたまり
  ふらつきがでたので。
・フィコンパ 4 or 6 or 8mg/日
  (抗てんかん薬)    
    朝、フラつきと眩暈があります。
    半減期が80時間と長いので身体に
    溜まると強い気がします。
  翌日何もない日は、8mg。
  用事がある日は、4 or 6mg と分けて調整
  しています。
・68 ツムラ芍薬甘草湯 1回/日
       つりを抑えるため

・トラムセット とんぷく服用
 痛みがひどい時
 リリカも服用していましたが、
 効かないので。
 痛みがひどいので、最低でも朝晩
 服用するようになりました。
 
■サプリ
 
摂るのを止めました。
 
■意識していること
・炭水化物を多く摂ること
・野菜ビタミンA、Eを摂ること
・バランスよく食事し痩せないこと
・腹式呼吸する
・就寝前のリハビリをすること
      腹式呼吸、顔の運動、ストレッチ
  ※リハビリ治験が終了しました。
・マッサージしてもらう
     足、脇腹、腕、肩、指、頭
     の関節拘縮しないように動かして
     もらう。
     ツボ押しをしてもらう。
      血流、気の流れを良くするために鍼
      のツボ
・進行を感じる時とそうでない時
    がなんとなくあるのが分かって
    きました。
    どんな時に進行するのかまで
    意識的に分からないですが、
    病気を本気で忘れてる時止まって
    るような気がします。
 
上記に色々書きましたが、一番の
薬は病気に翻弄されずに、我慢せ
ずに、頑張り過ぎずに、楽しい
ことして
「笑うこと」かもしれないです。