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うーのブログ

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私は、つい先日まで今の生活に、どんなに無理をしても慣れていかなければならないと思っていた。

 

ここで言う「慣れる」とは、病気・障害・介護に慣れた生活を送るという事を指している。これらに慣れていかないと精神面で非常に厳しい状態が続く。確かにそうかもしれない。

突然、今までの生活とは、百八十度近く変わったものとなる。誰かが常に近くにいる。プライベートなんてものは、存在しない。自由とは何なのか分からなくなっていった。身体の不自由に対し、常にサポートしてくれる方がいて、不自由の”不”が外され自由になるのか。それよりも精神的な自由を求めるか。彷徨い続けて迷走していた。

 

誰かがいる生活だからこういう環境に慣れていかないとと、いつも考えていた。ただ人間は、すごいもので適応していき、普通の生活のようになってくる。これが慣れるという事だと思っていた。

 

実際には、慣れる事に、慣れていたように思う。少しずつでも、気持ちに無理をしすぎないで、本当の意味でも慣れていく必要がある。

 

病気の進行、家族構成など境遇により、異なるが焦って気持ちを置き去りにして、慣れる事に慣れないように、どういう状態であっても自分は、自分らしくいようと思う。

 

それが、成れる(慣れる)という事であり、すなわち自分らしい生活、自分らしい生き方になるのだと思う。

 

 

実はもっと前に発症していたかもしれない。疲れなどに誤魔化されて気付いていなかったのかもしれない。実に今となればどうでもよい事であるが、2~5年が気管切開までのターミナルと言われている。

 

そこに自分は、進行が遅い?早い?物差し程度で考えるならよいが、挙句は他人と比較し始める。頭がALSでいっぱいの頃は、全てがALSに支配されていた。果たして過去形で片づけれるだろうか。今でもずっと考えてしまう時はある。

 

ただ人と比較して「比べる」という事は、今はしない。個人差がある病なので、比べても仕方ないのは、頭ではよく理解しているつもりだが、以前はいつも比べていた。自分の進行の速度を確認し、また他者より少しでも遅いと安心する。この繰り返しである。

 

とても狭い世界の中で、自分が少しでも進行が遅ければ、安心するなんて変な話だ。ある時気付いた。他者と比べているうちは、どうやっても頭からALSは離れない。

 

実は、一番比べていた他者とは、過去の自分、昨日までの自分だった。機能の低下に比例して、過去の自分が大きく頭によぎるようになる。

 

私は、ALSは受容する必要はないが、今の自分をきちんと受け止めてあげる事は、とても必要な事だと思う。今の自分もちゃんと認めてあげると、過去の自分とばかり比べなくなり、気持ちがかなり楽になる。

 

これは、ALSに限った話ではなく、よく聞く話かもしれない。「若い頃は~」が口癖の人も同じかもしれない。

 

いずれにせよ、過去の自分ばかり憂うのではなく、今の自分をちゃんと認めてあげて、未来の自分をどう作り上げるかを考えるに越したことはない。

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クラウドファンディング/境を越えて

 

岡部さんが残りの人生をかけてやらないといけないと言われたこと。なんとしてもやらなければならない。力を貸してくださいと。

 

他人事で片づけないで欲しい。明日は我が身。大切な家族が、友人が、あなたが直面する問題かもしれない。


障害者が生きやすい世の中は、健常者も生きやすいはずである。これは生きる全ての人たちに課せられた社会問題である。目を背けず、現実を知って欲しい。そして考え、感じ、手を差し伸べて欲しい。

 

あらゆる全ての人たちが当たり前に生きれるように。
境を越えて

コミュニケーションの手段は、人それぞれであり、自身に合った形を採用すれば良いと思う。たくさんの手段があるに越したことはない。

アイディアを組み合わせたり、外したり、細部まで手軽に個人に合わせてカスタマイズできるのは、まさしくローテクコミュニケーションの醍醐味だと思う。

こういうアイディアを出し惜しみせず、どんどん共有して、コミュニケーションに困った方々の選択肢が一つでも増えればよいと心から願う。