今日、学ぶことは地味な喜びだという
記事を紹介したのですが・・・
長女が宿題を終わらせた時点で
「今日、学校でやった数遊びをしたい」と
いってきました。
子供の中から湧き上がるものを
大切にするのが課題・・・という内容を
書いたこともあり、
「そう?何?」と関心を持ってきくと
「ペアで、一人が100の位までの
数字を考えて、相手が、100の位は
○ですか?って順番に当てていくの」
といいます。
「はあ・・・」やる前から、なんとも
地味~な遊びが想像できました。
でも、娘は当てあいっこしながら、
「おもしろ~い!万の位までやって
みたい!」と喜んでいます。
ああ、これがまさに地味~な喜びだ・・・。
そのうち、母親の私が数字を当てても、
記憶力が悪くて数字を覚えていられず、
フェードアウト。
次に、娘は日本語で自分の名前や
数年前、日本の幼稚園(体験入園)での
お友達の名前を書いて遊んだ後、
「日本語の絵本を読んで!」と
選んで持ってきました。
最後に持ってきたのは「血のはなし」。
本の中で、こめかみや手首、のどの
ドックンドックンするところを触ってみる
という箇所があるので、
「ほら、ここよ。どう?
ドックンドックンする?」
と聞くと、
「わ~するする!」と喜んでいます。
大人と子供の心臓の速さと比べて
みるという箇所では、
「でもオンマ(ママ)の心臓が
動いているのは感じられない」
というので、
「じゃあ今、眠っている○○(妹)の
心臓がどう動いているか触ってみる?」
と触ってみると、力強くドックンドックンと
動いている心臓が感じられます。
こんなことをしながら、
地味~な喜びを子供が感じるには
親がそういう地味~な関わりを子供と
することが大切かも、と思わされました。
思い起こしてみると、
スマフォをよく見ている子供のお母さんは、
お母さん自身が子供と関わることが
好きというよりは、親同士のおしゃべりが
好きだったり、親自身のやることに
子供が邪魔をしないほうを優先、という
感じがありました。
私はまさに、そういうタイプなので(笑)
その気持ちよく分かります。
ただ、これもバランスなのかな。
親がちょっと時間を見つけて子供と遊ぶのも、
地味な喜びを感じることに必要かも。
特に、昔のように年齢の違った子供たちで
わいわい遊べない時代には。
これも虹色教室で言っていました。
今となってはどこの記事だったか
見つけられないのですが、
本当に学ぶことが多いブログです。
そういえば、1ヶ月前に4人の子供たちと
「ずいずいずっころばし、ごまみそずい」
「あぶくたった」
をやったことがありました。
ところが、これが子供たちのツボにはまり、
大うけ。エンドレスで繰り返しました。
今日も訪問した友人宅の末っ子ちゃんに
「ずいずいずっころばし」を
やったら、これまたツボだったよう。
こういう伝承遊びって本当に子供たちの心を
つかむんですね。