今日、友人たちとおしゃべりしながら
幼稚園児の子供のゲーム、スマートフォン
の話になりました。
私もゲームは避けられないと思いますが
ゲームの他に子供が没頭できる
選択肢を増やしてあげられたらと思います。
たとえば読書。
私は小学生の頃、読書が好きになり
本当におもしろくて、読み始めたら
ご飯を食べるのが億劫なぐらいでした。
で、息子も娘もそんな感じで、
ゲームやテレビももちろん好きですが、
読書でも十分に楽しめることを知っています。
ただ、読書の楽しみを知る前に
刺激の強いゲームに慣れていると
読書の喜びがなかなか分からないかも。
それで思ったのは、
男の子は冒険物が好きみたいなので、
寝る前に冒険もののストーリーの
絵本や本を楽しく読み聞かせしてみるのも
いいかもしれません。
私が以前、紹介した虹色教室のブログで
なるほど~と思わされたのが、
勉強とは地味な喜びで、
刺激的な喜びに慣れていると
それがなかなか感じにくいという
記事です。
だから子供たちが幼い頃はゲームや
携帯にはあまり触れさせないで、
その代わり、ボードゲームや読書、
外遊びを一緒にやろうと努力しました。
ただ、難しかったのが
適度な飢餓感を感じさせることや
その子の中に自ら湧き出てくる探究心を
育てること。
これは今でも課題です・・・。
ちょっと長くなりますが、引用します。
「刺激が強くて、何でもすぐ満たされる
生活をしていると、
地味な活動には少しも心が動かなくなります。
でも勉強って本当に地味な作業の
連続でもあるんですよね。
例えば、質のいい学習ソフトが出てるので、
DSで勉強すると手っ取り早く知識を
吸収することができるとします。
けれども、そうした学習法を繰り返していると、
地味に紙工作をするときのように、
刺激が少ない対象に自分から
創造的に関わっていこうとする
態度が失われるように思うのです。
とにかく勉強って、
どこまでいっても『地味』な相手です…。
それを好きになって、何年間も
努力し続けよう…と思うなら、
自然の不思議に心を動かされたり、
手作業をすることに心地よさを
感じたりするような
今の時代を逆行するような地味~な
感性が必要だと思うのです。
みんなからスポットライトを浴びて
表彰されなくても、
親から認めてもらったり、
好きな先生からちょっと褒められることに
喜びを感じられる感性が必要だと思うのです。
知りたいな~なぜだろう!
という欲求が満たされたときの満足感。
自分のできるようになったことを
お友だちから「教えて~」と頼まれる
ときの誇らしい気持ち。
ひとりだけできなかったことを、
何とかがんばってできるようになったときの達成感。
教育産業の都合や大人のエゴに
絡んだものが、子どもの世界を
引っ掻き回さなければ、
いつの時代の子も、学習にリンクしていく
そうした地味~な喜びを、心地よく感じる存在です。
でも、今の時代、先に強すぎる刺激を
受けすぎると(食前にお菓子を食べてしまった
ときのように)、地味~な喜びを感じる感性が
鈍ってしまうのではないでしょうか」
こちらの記事です↓
http://blog.goo.ne.jp/nijiirokyouiku3/e/dbff1f50460d15694129c2757773efa7