ご訪問ありがとうございます
日常ストレスゼロ生活実践中の亜花莉です^^
ちょうどSimple-Heartを立ち上げてまる12年。
この5月から13年目に入りました。
歩んでいるプロセスのちょうど
折り返し地点のようにも感じています。
ここに綴るのは、少し前の私が体験した出来事と、
そこからゆっくり見えてきた“私自身”についてです。
もし、あなたが今どこかでふと立ち止まりたくなっていたり、
自分という存在に少しでも揺らぎを感じていたりするなら、
何かしら共感できるものがあったら嬉しいです。
* * *
ある日、高速道路を運転していたとき、私は自分を見失いかけました。
前を走っていたステンレスのタンク車に、自分の運転している姿が映り込んでいたのです。
何気なくその反射を見た瞬間、不意に奇妙な感覚に襲われました。
「走っている私は、どちらだ?」
映っている私?
ハンドルを握っているこの私?
その問いに答えようとした瞬間、急に気分が悪くなり、
体の中心がぐらぐらと揺れるような感覚に包まれました。
このまま運転を続けているのは危険と考え、
私は車を路肩に寄せ止め、警察と救急に連絡をすることになりました。
その後この体験は、1年以上、私の中に響くものとなりました。
しばらく、高速道路を運転するのが怖くなったのです。
でも今なら、あの出来事が何だったのか、
少しだけわかる気がしています![]()
私たちは日々、ふたつの視点の間を行き来しています。
ひとつは、体験者としての“いまここ”にいる私。
もうひとつは、外から自分を説明しようとする“対象化された私”。
あのときの私は、この両方の視点が同時に立ち上がり、
「どちらが本当の私なのか」という答えの出ない問いに飲み込まれてしまったと思います。
それが、私の存在のバランスを崩したのではないかと思ったのです。
思い返してみると、
私はこれまで自分が「何者なのか」「どんな人なのか」を伝えようとするたび、
(自分を表す肩書的なものに)どこかで違和感を抱えてきました。
たとえば、ブログで「日常ストレスゼロ生活実践中の亜花莉です」と名乗っていますが、
それは今の自分を、「わかりやすい形」に整えた言葉でした。
でも本当の私は、常にその途中にいます。
その間、揺らぎもあれば、変化もあります。
言葉にしきれない何かの中で、日々を生きています。
以前はヒーリングやスピリチュアルな実践を通して、
「過去の痛みをどう整理するか」「どう癒すか」ということに夢中というか真剣になっていました。でも今は、それらもまた、“過去を対象化して意味づける行為”だったとも感じています。
そのプロセス自体を否定するわけではありませんが、
今の私は、過去のつらい体験に対して、
「ただ、そこにあったこと」として見届けるだけでよくなりました。
もう「直さなければならないもの」ではなく、
自分という存在が通ってきたひとつの風景として、
そのまま受け取れるようになっていきました。
そして最近、もうひとつの問いが浮かびました。
「これから誰かとつながるとき、私は何を伝えればいいんだろう?」
「それって、もしかして“余計なお世話”なんじゃない?」
また、伝えたからと言って、「だから何なの?」と言われたら、
「私は答えられるのかな?」などといった思いが、
踏み出そうとする一歩(力)を消耗させていきました。
でも、それもまた「他者からのまなざし」であり、
対象化されたものの視点によって生まれたもの。
対象化の視点は、“評価される私”を前提に、
自分の行動にブレーキをかけるのだと気づきました。
だから今の私は、こんな風に思っています。
伝えるということは、何かを主張することというよりは、
「私はこんな風景を通ってきたよ」と、静かに言葉を置いてみること。
もしそれが、どこかで誰かの風景と重なることがあれば、
もうそれだけで十分だと思えたのです。
もしあなたが今、
言葉にならない違和感や、
どこに立てばいいのかわからないような揺らぎの中にいたら、
それは、視点が切り替わろうとしている合図なのかもしれません。
「私は誰?」と問い続けるよりも、
「私はここにいるよ」と、
そっと今の自分に声をかけてあげてください。
その感覚こそが、
これからの私たちをつなぐ何かの始まりになると、
私は思っています。
これを読んでくださっているあなたとの
つながりにおいてシェアしておきたいことを
綴ってみました^^
そして現在進行形で
共に歩み続ける仲間たちへのシェアとして^^
Simple-Heartの活動を通して
お会いできるのを楽しみにしております♡
