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日常ストレスゼロ生活実践中の亜花莉です^^
前回の記事では、「ふたつの視点のあいだで揺れる私」というテーマを綴りました。その延長線上で、ある体調不良の日に見た“夢”のような出来事が、私にとって、とても大切な気づきを運んでくれました。以下に、そのときの心の動きを、物語風に書き留めた記録をシェアしたいと思います。
◆ ◆ ◆
「やすらぎを求める私」
今日は寒気とだるさで、布団の中から出られない。カーテン越しに差し込む朝の光がまぶしくて、誰かに「無理しなくていいよ」と言ってほしかった。スマホの通知が鳴るたびに、少し期待してしまう。「大丈夫?」って。
私のこの状態が、誰かによって“許されること”であってほしい。私は静かに、ぬるま湯のような安心の言葉を待っていた。
「抗っている私」
同じ部屋の空気に、夫の咳が混じる。
イラつく。なんでマスクしなかったの?
なんで気をつけてくれなかったの?
私の喉の痛みは、きっとあなたのせい。
こんなふうに身体が重いのは、あなたの不注意が引き起こしている💢
心の中で責めながら、でもそれを口に出さない自分にもまた苛立っていた。
そして──
部屋の隅に、小さな声がある。
「見えていないね」
それは、誰の声でもないけれど、ずっとここにいた声だった。そして声は続く。
「どちらのあなたも、必死に“正しさ”の中にいる。でも、風邪はただ、通りすぎる現象。
それを通して、あなたが何を見ようとするかが、本当の出来事なんだよ」
やすらぎを求める私は、誰かのまなざしを借りて自分を肯定しようとしていた。一方で、抗う私は、自分のまなざしだけで世界を制御しようとしていた。でもどちらも、ただ、今ここにいるということには気づけていなかった。
その声は、ただ包み込むように、静かに存在していた。
日記より
今日見た夢のことを書いておく。
ふたりの自分が、まるで他人のように登場していた。ひとりは誰かに抱きしめられたくて、
もうひとりは誰かに怒りをぶつけたくて、
どちらも、風邪という名前のつけられた記憶を生きていた。
起きた今、なんだかそのどちらでもない感じがしている。ちょっと温かい飲み物を飲んで、外の空気を吸ってみようと思う。
