こんにちは^^
大雨が続いてますね。
神戸も避難勧告が出たりしてます。
皆さま、お気をつけてくださいませ。
さて、小説「鎮魂」を読み返してます。
ストーリーが知りたくてナナメ読みし、面白くて再度熟読中なのですが、
仲々興味深いことが多くて、止められません。
この記事はネタバレしています。
ご了承の上お読みください。
今まで読んだ中国の小説の中では、一番乱暴な言葉が出てくるので、
悪い言葉を一杯覚えそう。(笑)
主人公である趙雲瀾を先頭に、特別調査処の面々は言葉遣いが乱暴で、
それだけギリギリのところで生死をかけて働いている荒っぽさが感じられるのですが、
中国語超初心者としては”悪い言葉”は新鮮で、
幼稚園児が”ウンチ、オシッコ”を連発するような感じで脳に刻まれていってます。
「鎮魂」はいわゆる幻想小説なので、この世のものではない存在が多々登場します。
幽霊、鬼、半獣人、黄泉の国、太古の神々、etc・・・。
ワタクシ、幽霊のことを”鬼”と表現してあるのに、最初???となりました。
思い返してみれば、香港映画でも幽霊が出たら「鬼啊~~!!」
って叫んでたような記憶が。
でも当時は字幕で「幽霊だ~~!!」ってなってたので、
そう疑問には思わなかったんです。
でも「鎮魂」を読んでると、しょっちゅう”鬼”という言葉が出てきます。
幽霊も鬼、冥土の存在も鬼です。
中国ではこの世のものではない存在を総じて”鬼”と呼ぶそうです。
そして、幽霊は実態がないというだけで、生きている人間とそう変わらず、
食事は出来ませんが、お香の精分を吸い、仕事をし、お給料をもらってます。
なんと恋愛もしますし、お勉強も出来ちゃうんです。
日本の幽霊と感覚が全く違いますね・・・。
では、この世のものではない存在って何?という疑問が生じたのですが、
「鎮魂」ではその辺はとても難しくて、ワタクシの頭ではちょっと理解が
出来そうにありません。(;^_^A
そもそも中国の神話では女媧という上半身は人間で下半身が蛇の女神が
泥をこねて人間を作った、とされているらしく「鎮魂」にもその事が登場します。
女媧は混沌とした泥が沈下して綺麗になるのを待てずに作ったので、
人間は善悪が混沌としていると小説では描かれています。
その女媧が作り出した人間ではないものを総じて鬼と呼ぶのかと思ったら、
半獣人の妖族は”鬼”ではないし、伝説の動物である龍や畢方も”鬼”ではなく、
ちょっとばかりややこしい。
なぜ”鬼”にこだわるのかと申しますと、
もう一人の主人公である沈巍が”鬼”なんです。
ドラマの沈巍
地の底の一番混沌とした地に出来た裂け目から這い出してきた鬼族の、
異端児が沈巍。
じゃあこの”鬼族”と”地府”の存在はどう違うのかと言いますと、
これがまたややこしい。(-"-;A
神話の他に道教や仏教が織り込まれてるので、
基本的な素養がないと完全には理解する事は難しいようです。
その世界観なんですが、やたらと人間臭い神様が登場したり、
神様が作り上げた世界が傾いたら慌てて聖器で四方を支えて封じたり、
それを破壊しようと好き勝手に暴れる悪戯者が登場したり、
世界が壊れていくのを為す術も無く女媧が悲しんでたり、
なんとな~く、”壊れそうになった家庭を維持しようとするホームドラマ”
と重なったりして、ワタクシの頭の中も混沌としちゃってます。
そもそも世界を作る時にもっとしっかり作っとけよ!
基本はそこでしょ?!
というツッコミを入れてしまった日本人のワタクシ。
掘建て小屋が傾いて出来た隙間をベニヤで補修してるイメージが
常につきまとって、ちょっとイライラ。
色々な小説やドラマ、映画等で中国神話を垣間見てきましたが、
こんなにじっくり触れるのは初めてで、興味深いのは興味深いですが、
すごくややこしいです。(;^_^A
ワタクシ個人のイメージなんですが、中国神話に登場する神様や仙人さま達、
すごく泥臭くて、傍若無人で、偉そうで・・・Σ\( ̄ー ̄;)これっ
・・・強烈なエネルギーが感じられます。
物語に登場する神話も道教も仏教も民間説話もなんでもありの混沌とした世界観、
敬虔さのない登場人物達、そこはかとない強烈なエネルギー、
キレたらみな殺しも厭わない暴虐さ、
けれど一旦信頼したら疑似家族になってしまう人懐っこさ、
愛に対して躊躇のないシンプルさ、これが漢民族なのかなぁって。
妙なところで現在の中国を垣間見たような気がしてます。
蛇足・・・、
中国の鎮魂ファンが、沈巍に楊洋君をあててました。
ちなみに趙雲瀾には李易峰君・・・
この配役は「盗墓筆記」と同じで超美形コンビですが、
ワタクシのイメージとは微妙に違います。
二人とも綺麗過ぎて。