お久しぶり・・・の続き妄想です。
3/20発売の本誌、ACT215の続き妄想です。
本誌未読・単行本派のかたはバックプリーズ!!
えっと・・・今回はいつも本誌感想を拝読に伺う2~3人の作家様以外の方の感想・続き妄想はこれが書きあがるまで拝読を我慢しております。
ネタ被り・展開被りのプレッシャーがハンパないです!!
それでも久々に続き妄想書けるかも~な感じなので、どこかで似たような展開のお話があったとしてもご容赦くださいませ。&先方にはまったくいわれのない偶然の産物であることを認識していただき、私にはいくらでも石を投げていただいて構いませんが、他の作家様に失礼のないようにお願いいたします。
・・・なんとか本誌発売前に間に合った・・・?
前編はこちら→ ACT222妄想【前編】
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ACT222妄想 【後編】
春先とはいえ真夜中の外気は冷たい。
その中を走る肌は、すり抜ける空気で冷えていく。
そこに居たくなくて逃げる様に走ったキョーコがたどり着いた先は公園だった。
広くはないが木々を擁し、都会だからこそ緑を求めるかのように植物が多いそこは、時間帯のせいもあってひっそりと静まり返っている。息を切らせたまま入り口に立ったキョーコは茫然と街灯に照らされた公園を見ていた。
生い茂る緑は建物を視界から遮断してくれる。人工の光でうっすらと明るい夜空を見上げなければ、そこが大都会だということを忘れさせてくれる。木々の重なりが、どこか故郷のあの森を思わせた。
「・・・・・・変わってないじゃない・・・」
尚に言われたことは、図星だった。
あの森を思わせる場所にたどり着いた自分。
辛くて、辛くてたまらなくて自然に住まう妖精たちに慰められながら涙を零した幼い日々が思い出された。
「・・・・・・変れて・・・ないじゃない・・・」
尚に裏切られ復讐を誓い飛び込んだ世界で、新しい自分を育てていけると思ったのに。
キョーコは芝や樹木から少し離れたブランコに腰を下ろした。そこからぼんやりと風にざわめく木々を見つめていると、人工の池から引かれた水路があるらしく小さな水音が耳に入った。
がまぐちを握りしめていた手をそっと開くと、右手の拇指球が目に入る。
痕跡程度に残った黒いインクにキョーコの表情が崩れた。
(・・・朝見た時と、こんなに違う気持ちで見るなんて・・・)
自分は不幸だと憐れんだことは一度もない
これまでだって一人ぼっちで生きてきた訳じゃないし
今だって大好きだと思える人がたくさん居る
今の私は子供の頃より・・・・
そう思いながら目に映った手のひらの痕跡は、キョーコの心を明るく弾ませてくれた。
でも、今は――
「・・・敦賀さんには・・・見られたくないな」
頼りたい気持ちが無いわけじゃない
縋りたい気持ちもないわけじゃない
でも、そんなことをして困らせたくない
この気持ちは一生胸の内に留めるから
ただ演技者の後輩として同じ道を歩みたい
「・・・コーン・・・」
パチリと開いたがまぐちを逆さにすると手のひらに碧い石が転がり落ちた。
「・・・・・・1人でだって働いて、学校にも行って生活できるの」
ぽつりと、キョーコの口からは言い訳じみた主張が零れる。
「・・・大将や女将さんや、モー子さんや天宮さんやマリアちゃんや、私によくしてくれる人がいっぱいいるの」
「・・・目標になる様な・・・・・・・尊敬できる先輩もいるの」
「・・・コーンを握りしめて泣いてた頃よりずっと大人になったの」
「・・・あの人が私の事を気にかけないなんて知ってるの」
「・・・悲しくなんかないの。ただちょっと、進歩してない自分に落ち込んだだけ・・・」
一度開いた口元から、ポロポロと漏れ出た言葉たちは手元の石に降り注ぐ。
「・・・だから、大丈夫・・・」
ギュッと手の内に石を握りしめ、キョーコは祈るように拳に額を寄せた。
「・・・大丈夫・・・大丈夫・・・私は大丈夫・・・」
コーンに縋りながら、キョーコは以前と同じように自分を落ち着けようとする。
(前にもこうやってたっけ・・・)
尊敬する先輩にも効力を発揮してくれた魔法の石。
事務所の階段に座り込んで―――
『・・・大丈夫・・・大丈夫・・・私は大丈夫・・・もう大丈夫・・・全然大丈夫』
あの時、吸い取ってもらったのは―――――――
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・全然、大丈夫じゃない」
コーンを握りしめたまま止まってしまったキョーコの耳に、聞き覚えのある声が飛び込んできた。
********
日付を跨いでしばらく、店じまいの飲食店からフラフラとおぼつかない足取りで帰路につく人間で都会の夜はこの時刻なのにほどほど人がいる。
蓮は人目を気にする余裕もなく、車で何度か通った道を足早に歩いていた。それでもアルコールを楽しんだ人間は、薄暗さも相俟って街中を歩く長身の美丈夫を特段気に掛ける様子もない。
こんな夜中に馬鹿げてるとは思うがとにかく身体が動いてしまった。
明かりのついたキョーコの自室を伺えれば安心なのか、それとももう眠ってしまって灯りの落ちた窓を見れれば安心なのか。それすらも頭になかった。
(何をどうすれば安心できるかなんて・・・)
分かりもしないのに―――
足だけが見知った角を曲がり、暖簾が下げられただるまやの入口に蓮を運んだ。
入口のドアのガラス越しは薄ぼんやりとした灯りが見て取れて、片付けか翌日の仕込みなのか中に人がいることを伺わせた。
「・・・・・・」
ここまで来て、蓮は躊躇いから動けなかった。
店の中には人のいる気配があるが、こんな夜中に閉店後の店を訪ねるなんて非常識にも程がある。ましてや店の夫婦にはグレートフルパーティで面識もあり、一体何用かと不審がられることだろう。
(・・・ここで、少しでも声が聞ければ)
キョーコの慕うご夫婦と明るく交わす会話の声色でも聞ければ少しは安心できる。
そう思い至り、店先で耳をそばだてた。
しかし、そんな蓮の耳に飛び込んだのは期待した物ではなかった。
「だったらなんだって言うの!?」
「・・・!?」
耳に飛び込んできたのは叫びだった。
聞き間違うはずもない少女の声だが、苛立ちを含み激しい感情を纏っている。
(最上さん!?こんな夜中に一体・・・っ)
声が聞こえた方向に蓮は思わず駆け出した。
そして嫌な予感が突き抜ける。
いつもこんな風に怒りを顕わにしたキョーコの声が向かう先は――
脳裏に浮かんだ人物の姿に思わず舌打しそうになるが、それは目に飛び込んできた金髪の男の後ろ姿と、更なるキョーコの怒鳴り声で呑みこむこととなった。
「私が泣こうがヘコもうが放っておけばいいじゃない!アンタには何にも関係ないっ!」
「・・・っ!でも・・・っ!」
(な――・・・)
思わず物陰に身を隠した蓮は、連想した人物がその場にいることに動揺を隠せなかった。
激しく言い争う2人の会話はまるでいつぞやを彷彿とさせるように割って入る隙間が無い。あの時のように偶然を装って通りかかれるような状況でもない。
蓮はただ拳を握りしめたまま、2人の会話を伺うしかなかった。
「なんなのよ!泣きに行くのがそんなに悪い事なの!?仮にそうだとしてなんでアンタがいる場所で泣かなきゃいけないの!?なんなのよ!アンタは私の何のつもりなのよ!」
「なにって・・・」
ただ燃え上がるような感情を顕わにするキョーコの様子が、ただ復讐を誓う相手と相対しているからだけではないことは見て取れる。
「私があの人の事で泣くのを嘲笑いに来たの!?私が惨めな様がそんなに愉快!?こんな時間に相当の暇人ねっ!!最っ低っ!!」
(・・・やっぱり―――っ!!!)
キョーコの口から飛び出た言葉で、自分が危惧していたことが現実となったことを知る。
一見怒りを含んだキョーコの喚き声は、ともすれば泣いているかのように痛々しい。
握りしめたままだった拳に更に力が入り、爪が手のひらに食い込むがそんな痛みでは足りない気がした。
また何かを言い合う声が聞こえ、その後アスファルトを蹴る足音が耳に入る。その足音は1人分で、その後小さく悪態をつく声が聞こえた。
走り去ったのはキョーコだと分かった蓮は、そのまま身を翻した。
(――どこだっ!?)
真っ直ぐキョーコの背を追った訳ではないため、蓮はあたりを見回しながらだるまやの裏路地から通じる道路を駆ける。いくらリーチの差はあれど、人影を探しながら走るのではロスが大きい。
足の速いキョーコが通りを曲がっていたのならば見つけるのは難しかった。近くを闇雲に探し回ってみたが、それらしき影を見つけることができない。
「最上さん・・・っ」
痛々しいキョーコの叫び声が耳から離れない。
辛さを押し殺して、それを怒りにすり替えたような声だった。
尚との会話から、幼い頃のように一人で泣ける場所を求めて飛び出したのだろう。母親の事で一人で泣いていた幼い頃のキョーコの様子が目に浮かぶ。あの時、偶然出会った少女はいつもああして1人で泣いていたんだろう。
自然に囲まれて、森の妖精に慰めてもらえる様な、そんなところで―――
(もしかして・・・)
蓮は闇雲に駆け回っていた足を止めた。
成長しても思わず行動した時は、習慣や癖が出るもの。以前見かけたある場所が思い浮かび、蓮は記憶を頼りに歩を進めた。
幼い日に過ごした森を彷彿とさせる場所。
以前キョーコを送った時に、植えてある草木の種類が子供の頃過ごした場所に似ていると彼女が窓の外を眺めて零したことがあった。
きっと、そこにいる―――
記憶と一致する道をたどる足が、自然とまた走り出した。
人工物の建物の森を抜け、頬を撫でる風に草木の香りが交ざる。果てが無いように感じたアスファルトの足元に切れ目が見え、土と芝が目に入る。目指した公園の入り口まで走り、蓮は静かなそこで視線を泳がせた。
街灯が少なく、黒々と繁る草木が風に葉をこすり合わせてざわめいている。
入口から求める姿は見えないが、根拠もなく確信を持った蓮が公園に足を踏み入れ土に変わった地面がじゃりっと音を立てた。
(あの頃と同じなら・・・きっと木のそばか、小川のそばか・・・)
そよぐ程度の風はビル風なのか、時折強く吹き付けてその度に木々のざわめきが大きくなる。車のクラクションや電車の音も響いているが、公園の植物に遮断されているせいか人工的な音は遠くで響いているかのようだった。
風に揺れる葉の音の他にキィ・・・と金属音も耳に入る。公園の遊具も風で揺れているのだろう。より自然に近いところと薄暗い茂みに目を凝らす蓮の耳はその音を聞き流していたが、不規則に吹き付ける強風とは一致せず、繰り返される金属音にふと視線を茂みから逸らした。
(・・・いた)
金属音の元をたどった視線が探していた姿を捉えた。
ブランコに腰掛け小さくその身を揺らしているキョーコは、自分の手元に視線を落としている。
「も――」
「・・・敦賀さんには・・・見られたくないな」
呼びかけようとした蓮の声は、耳に飛び込んできたキョーコの呟きによって止まってしまった。
こんな夜中に、こんな場所で、キョーコに会いに行く理由すら定まらずにいた癖に、胸騒ぎに追い立てられてここに来てしまった。
事実、母親のあの発言を目にしただろう彼女が平静な状態ではないことを知ることができたが、だからと言ってここで何ができるのだろう?
一人で辛い思いをしていないか
心配で
一人にさせたくなくて
この思いに偽りはないが、それをキョーコが求めているとは限らない。
先ほどの言葉が本心なら、律義なキョーコはきっと偶然を装って現れた自分に即座に後輩の仮面を被ってしまうだろう。
(どうしたら・・・)
幼馴染の追及に思わず泣き場所を探しに飛び出したことを吐露していたが、目の前のキョーコはその言葉通りに悲しみを人知れず表に出すことをしているわけじゃない。
先ほどまでの感情だってそうだ。辛さや悲しみを怒りにすり替えて・・・
そして今は痛みに耐える様に身を固くしている。
自分を見つめる蓮の存在に気付かないキョーコは、手のひらに何かを取り出した。それは過去、涙が減るようにと手渡した碧い石。
「・・・コーン・・・」
弱々しく響いた石への呼びかけに、凍り付いていた蓮の足は一歩を踏み出した。
悲しみを吸い取ってくれるとキョーコ自身が語ったあの石。それをまだ頼りにしていることに感じてしまった少しの喜びを押し殺す。
(・・・あれを手にして、ここにいるということは)
やっぱり、心は泣きだしたいほど辛いのだろう
吹き抜ける風が木の葉を揺らし、石に向かって何かを呟くキョーコの声をかき消していく。同時に、蓮が地面を踏みしめる音もキョーコの耳に届くことはなかった。蓮はそっと、背後からキョーコに近づいた。
石に祈りをささげる様に背を丸めたキョーコの後ろ姿は、とても小さく見えた。
「・・・・・・悲しくなんかないの。ただちょっと、進歩してない自分に落ち込んだだけ・・・・・・だから、大丈夫・・・」
あと少し、手を伸ばせば触れられる位置まで近づくと、零していた言葉が音となって蓮の耳にも届く。
自分に言い聞かせる様なキョーコの声は、頼りなく痛々しい。
「・・・大丈夫・・・大丈夫・・・私は大丈夫・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・全然、大丈夫じゃない」
零れた蓮の本音に、びくりとキョーコの肩が跳ねた。
「な・・・っ、つ、つ・・・る・・・」
声だけで自分を認識してくれている事実に少し心が浮かれてしまうが、今はそこに喜びを見出している場合じゃない。
後ろを振り返る前に、キョーコの手が慌てて目元を拭うように動く。それを目にした蓮は思わずその手ごと目隠しをするように背後からキョーコの目元を覆った。
(先輩敦賀蓮にするように、取り繕って欲しいわけじゃない)
「・・・キョーコちゃん」
視界を塞ぎ、呼びかける。
南国で一緒に過ごしたキョーコなら、それだけで相手が誰なのかを悟ってくれるだろう。
「・・・こ、・・・コーン・・・?」
「・・・うん」
「・・・ど・・・ど、して・・・」
「俺の事、呼んだだろう?」
目隠しされたキョーコは戸惑ったように身を固くしていた。
「・・・辛い時は、泣いていいんだよ」
キョーコの目隠しをした左手はそのままに、蓮は冷えた心と体を温めたくて右手でキョーコの腰元を捉えるとそのまま腕の中に囲い込んだ。
「・・・つらく、なんか・・・」
「悲しみを吸い取ってくれる石は頼ってくれるのに、俺は頼ってくれないの?」
「・・・・そ・・・ん、な・・・・」
蓮の体温で緩むかのように、言葉の虚勢とは裏腹にキョーコの身体から緊張が抜けてゆく。
「・・・見られたくなければ、見ないから」
蓮の掌越しにあったキョーコの拳がすとんと下がり、握っていた碧い石が膝の上に転がった。
「・・・・・・泣いて」
直に触れたキョーコの瞼が熱い。
「・・・・・・う・・・――――っ・・・!!!」
その熱は雫となって蓮の掌と滑らかな頬を濡らし、子供のように泣きじゃくる声はその身を抱きしめる男と二人を包む緑が覆い隠した。
~~~~~~~~~~~~
えっと・・・蛇足的にごにょごにょ。
蓮さん、実はてんさんの猛反対にあって今回はズラで地毛は金髪のままで、コーンスタイルで登場!とか、
後日談でグアムに戻る時に髪が傷むからあの短時間にカラーチェンジしなくてよかったでしょ?と言われて「そうですね」とてんさんに頭が上がらなくなるとか
泣いても良いよと慰めてる合間に、「今いろんな人に支えられてて一人じゃないよ」みたいなことを言われたキョコさんが、留守録に入ってる蓮さんの『声が聞きたくて・・・』に喜んじゃったりとか、いろんな妄想がうまくまとまらずとっちらかってしまったのでここで終わりとしました。
妙な部分で終わりで申し訳ありません~~!
だって、コーンの前なら素直に泣ける、泣いていい!ってところが私の妄想だったので、その後に余計なチャチャを入れることができず・・・・
うううっ、精進します~~~
お久しぶり・・・の続き妄想です。
3/20発売の本誌、ACT215の続き妄想です。
本誌未読・単行本派のかたはバックプリーズ!!
えっと・・・今回はいつも本誌感想を拝読に伺う2~3人の作家様以外の方の感想・続き妄想はこれが書きあがるまで拝読を我慢しております。
ネタ被り・展開被りのプレッシャーがハンパないです!!
それでも久々に続き妄想書けるかも~な感じなので、どこかで似たような展開のお話があったとしてもご容赦くださいませ。&先方にはまったくいわれのない偶然の産物であることを認識していただき、私にはいくらでも石を投げていただいて構いませんが、他の作家様に失礼のないようにお願いいたします。
・・・そして伝家の宝刀?見切り発車。
だって、このままずるずる行くとお蔵入りになりそうなので、後編も絶対書き上げて公開するぞ!と自分の尻に火をつける行為です。←やっぱりやりやがったw
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ACT222妄想 【前編】
『RRRRRR、RRRRRR・・・・・』
ふと、手の内のスマートフォンがスピーカーから小さが機械的な音を奏でるのに蓮は気がつた。
(な・・・何をしているんだ)
脳裏を過ぎったのは母親の事で涙を零す幼い少女だった。
過去に電話では演技に惑わされたこともあり、深夜という非常識な時間帯に躊躇したはずなのに、無意識のうちに指先は見慣れた名前を呼び出しコールボタンを押していた。
気がついた瞬間にオフボタンを押そうか逡巡したが、こんな時間に着信だけ残すのもいかがなものかと思いとどまる。律義なキョーコの事だ、こんな時間に着信が残っていれば緊急自体かと焦らせてしまうかもしれない。
(誤魔化されるかもしれないけれど、こうなれば声だけでも聴ければ・・・)
安心できるだろうか?
またしても疑問が過ぎるが、こうなってはこちらから呼び出しを切ることもできない。
『RRRRRR、RRRRRR・・・・・・』
数コール、時刻は深夜1時半前。
蓮の脳内は持てる情報であらん限りの推測を弾きはじめた。
タレントの仕事が増え下宿先の手伝いがなかなかできなくなったと申し訳なさそうに語っていた事を思い出す。
居酒屋を営む下宿先はかなりの繁盛店だ。都内の店であればラストオーダーを日付変更前にとっていても客が帰るまでは店を開け続けるの常。仕事が増えたとはいえ、可能な限り店の手伝いをするキョーコの事を考えればこの時間はまだ店の片づけを手伝っているか、ちょうど店じまいをして一息ついている時間かもしれない。
『RRRRRR、RRRRRR・・・・・・』
(長いな。寝てる・・・なら・・・)
一般的で無難な考えが過ぎる。
以前に比べだいぶ携帯に慣れ着信に長時間気づかないことは減ったが、キョーコは携帯電話は単純に仕事道具の一環としか思っていない。同じ年頃の女の子と比較すればそのツールとしての重要性は低いはず。
『RRRRR、RRR――』
呼び出し音が途切れ、蓮は息を呑んだ。
長い呼び出しの末で、もしかしたら就寝していたキョーコを起こしてしまったのかもしれない。そうだとしたら相手に怪しまれずにこの深夜の電話で何を話すべきか・・・。
『―――ただいま電話に出ることができません。ご用件のある方はピーという音の後にメッセージを・・・』
一拍後、スマートフォンから流れ出した音声はキョーコの声ではなく機械的なアナウンスだった。
繋がらなかった事実に感じたのは少しの安堵か更なる不安か。
『ピー・・・』
「――敦賀です。夜遅くにごめんね。一時帰国したから電話してみました」
蓮は意を決して口を開いた。
留守番電話になるならばこの電話に対しての対応でキョーコが気に病まないように、無言で切るわけにもいかない。
なにか当たり障りのない理由で切り上げなければ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
そうは考えるものの、こんな非常識な深夜の電話。うまい言い訳が見つからず言葉に詰まる。
瞼の裏の涙を零す少女が消えない。
再会してからは直接目にすることはなかったが、まだあの石を大事に抱えていたことから、時に悲しみを吸い取ってもらうことがあっただろうことが推測できた。
だから、どんな理由があれあんな母親の言葉を聞いていたとしたら――
願望交じりの自分の言葉に複雑な表情をした社長が思い起こされ、蓮は思わず目を瞑った。
また一人で泣いていないか
辛い思いをしていないか
心配で
君が俺を救ってくれたように
辛い思いをしているのなら少しでも何かしたくて
君の様子を知りたくて
ほんの少しでも手がかりになるなら
君の・・・
「・・・・・・・・・・君の声が聞きたくて・・・」
思わず零れた言葉は本音だった。
『―――プツ メッセージを録音しました』
「・・・っ!」
再度聞こえた機械的な音声に蓮は我に返った。
(・・・あんな内容で・・・っ)
思わず耳に当てていたスマフォを話して再度キョーコの番号を呼び出す。
しかしその手は『最上さん』と表示された画面を呼び出したところで止まった――
「敦賀様、お帰りのお車の用意が整いました」
程なく、先ほどまでシェイカーを振っていた褐色の肌の社長秘書が社長室のバーラウンジのドアを開けた。
「―――敦賀様・・・?」
彼はついと周囲に視線を走らせるが、その呼びかけは広い廊下に吸い込まれていった。
********
(何で・・・、なんで――・・・っ!)
『私の存在を 疎ましいと思っている 子供の頃からずっと―――』
そう、知ってたはずだ。母親が自分の事を疎んでいることなんて
『ヤだな、そんな顔しないで?私にとってはもう慣れたことだから』
そう、慣れている。母親が自分に対して無関心なことだって
『モー子さんが思っているほど傷ついたりしていないのよ?』
そう、こんなことで傷ついたりなんてしない
なのに―――
『―――確かに 私に 子供は おりません』
テレビのスピーカー越しに聞こえた感情の乗らない声に心が凍った。
(疎んでるんだし、あんな風に私の事を存在しないモノと捉えててもおかしくないじゃない)
あの言い方に何の疑問も感じない。まともな子育てをしてきてない母親が公共の場でそれを馬鹿正直にひけらかす必要もない。感情的になっている相談者に対してはそれが一番スマートな回答だろう。
(なのになんなの―――・・・っ!)
何年も聞いてなかった声なのに、ちゃんと母親の声だと耳は認識した。
公共の電波に乗った音声が何度もリピートする。その度に――
目元に熱が集中する
鼻の奥がツンと痛む
『それでも 言わなかったんだ 迷惑だから認めない、って』
否定されなかったことに、何を感じたの?
『それ・・・見せてもらってもいいですか・・・?』
何故画面に映ったあの人に興味を持ったの?
『・・・は・・・母・・・なんですけど・・・』
母親のように慕っている女将さんの前で、どうしてあの人の事を『母』と言えたの?
(―――私・・・っ、期待したの・・・!?)
耳に残った音声が再生される度に胸が痛い
目じりに感じた水分とぼやける視界なんて認めない
(あの人の言葉で傷ついたりなんてしない――っ!もう二度と・・・っ!)
そこからの行動、キョーコは無意識だった。
カバンをひっくり返し転がり出た小さながまぐちを引っ付かむと、自室を飛び出した。逃げ出すようにだるまやのバックヤードを駆け抜け、勢いのままに乱暴にドアを押し開ける。
無意識故に、キョーコの体が取ろうとした行動は過去繰り返してきたものだ。
瞳から零れ落ちる雫
手の内の蒼い石
1人になれる場所――
ここに居たくなかった
冷たく凍っているくせに、熱を持つ眼が憎らしい
どこか――・・・
ドアを開けた瞬間、目に入った人物にキョーコは動きを止めた。
そこにあったのは復讐を誓った幼馴染の姿だった。
スマートフォンを片手に勝手口にいた尚は驚いた表情でキョーコを見つめた数秒後、大きくため息を吐き出した。
「・・・あ~~~~・・・・・・・ああ・・・」
大きく俯き眉を顰めたその表情に、先日だるまやに押しかけて来た時の尚の様子がキョーコの脳裏にフラッシュバックする。
「―――・・・その顔・・・、やっぱり見たんだな――・・・」
(―――・・・!!)
確信をもってそう吐き出された言葉と、俺様な尚が見せている沈痛な表情。
その言葉が何を意味するのか、キョーコは瞬時に悟ってしまった。
『なんのこと?こんな時間に大スター様が何の用よ?』
いつものように、そう悪態をつけばいい。
それだけなのにキョーコの口も表情も言うことを聞いてくれなかった。でも
決して涙は見せてはならない。
その強固な意思だけは辛うじて身体は実行してくれた。眉間の皺と厳しく引き結んだ唇は、決して今の心情が何でもなくはないことを表現してしまってはいたけれど。
「・・・・・・・・・・・」
「見たんだろ?アレ」
沈痛な表情ではあるが、それと同時にどうしてよいか分からない、そんな迷い子の様な表情の尚は視線を足元に落としたままだ。
この表情は知っている
母親の事で泣く自分を見てどうしてよいか分からず困っていた幼馴染の顔だ
「・・・・・・・・・・・アレって・・・何よ」
「・・・アレったらアレだよ!テレビの・・・っ」
「テレビが何?テレビくらい人並には見るわよ。一体何なんなの?」
「だからっ、今日放送の・・・っ」
「・・・・・・・・・・・」
尚は言葉を重ね続けるがはっきりとは言わず言葉を濁す。
「・・・何の話?用がないなら帰りなさいよ。こんな時間に1人でふらふら出歩くなんて、アンタ仮にも売れてる芸能人なんでしょ?自覚がないんじゃない」
「・・・なっ!じゃ、じゃあお前こそ、こんな時間に外に出ようなんてどういう事だよ!未成年だろーがっ」
売り言葉に買い言葉。尚はがばっと顔をあげキョーコを見据えた。
「大体なっ!お前、そんな顔して見てないなんて言わせねーぞ!」
「っ!そんな顔って何よ。仮にも女優を掴まえて一体何なのよ。近所迷惑よ!」
「見たんだろ!?冴菜さんの出てた番組っ!!」
「・・・・・・・・」
語気荒く言い切った尚は、確信を持っていた癖に一瞬しまったという表情をしてまた目を伏せた。
「・・・・・・あの人、テレビなんかに出てたの?」
「白々しい嘘つくんじゃねーよ。役者の癖に随分と演技が下手だなっ!」
物は試しで言ってみたものの、尚には通用しなかったようだ。
良くも悪くもお互いをよく知る幼馴染とはこういうところでは誤魔化しがきかない。断定形で言い募ってくる尚に、キョーコは一つ溜息を吐きだし役者の仮面を被り直した。
弱ったところなど敵に晒したくはない
それどころか
そもそも自分は傷ついてなんかいない
「・・・で?」
「あん?」
「・・・・・・仮に見てたとして」
「・・・・・・・・見てんじゃねーかよ」
吐き捨てる様にそう言う尚に、キョーコは冷ややかに嗤った。
「それがアンタに一体何の関係があるの?」
「・・・っ!」
「前にも言ったでしょ。私があのヒトとのことでヘコもうが嘆こうがアンタ痛くも痒くもないんだし」
「でもっ、お前っ!母親の事でよく・・・っ」
皆まで言えず、尚はまた言葉を濁した。
跡取りとして両親の愛情を受けて育った自分が母親の事で泣くキョーコに、何を言っても嘘くさくて黙って眺めるだけになっていたのを自覚しているのだ。尚の性格も相俟ってストレートにその先の言葉を紡げないでいた。
「それは小さい頃の話でしょ?もういちいちあの人の事で泣くほど子供じゃないわ。あの人が私の事をどう思ってたかなんて、アンタにだって・・・」
『疎まれている』
(・・・やだ・・・っ)
自分で思い返した言葉なのに、それが胸に刺さり仮面が剥がれかける。再び熱を持ちかけた瞳をキョーコは無理矢理押さえつけた。
「・・・・・・・・・・・じゃあなんだ?」
不自然に途切れた言葉にキョーコを正視できずにいた尚は思わずキョーコの表情を盗み見る。キョーコ自身は平静を装ったつもりだったが、噛み締められて白くなった唇を視界に入れ尚は低く唸った。
「今から俺のいないところにでも泣きに行くのか?」
「・・・っ・・・」
「お前、前に俺に言ったよな?」
にじり寄る尚にキョーコは思わず拳を握りしめた。その内にある原石が布越しにキョーコの手のひらに突き刺さりその存在を主張してくる。
(・・・コー・・・ン・・・)
衝動的に彼だけを連れて、自分はどこに行こうとしていたのだろうか?
誰にも見られたくない、こんな自分
「な、によ・・・それ・・・」
「俺を困らせたくなくて俺のいないところで泣くようになったって言ってたじゃねーか!」
そうだ
泣くのなら1人になれるところで
その先には、きっと
――・・・昔と違って、コーンはいないけど
(・・・これじゃ、泣いてばかりいた子供の頃と同じじゃない・・・っ)
母の事でいちいち傷ついたりしない
何も期待なんてしない
なのに――・・・
「だからっ!こんな真夜中に部屋を飛び出したんだろっ!?」
怯んだキョーコに対し、尚は勢いを増す。
「誰にも見られない場所で、泣――」
「だったらなんだって言うの!?」
ついにキョーコの方が決壊した。
「私が泣こうがヘコもうが放っておけばいいじゃない!アンタには何にも関係ないっ!」
「・・・っ!でも・・・っ!」
「なんなのよ!泣きに行くのがそんなに悪い事なの!?仮にそうだとしてなんでアンタがいる場所で泣かなきゃいけないの!?なんなのよ!アンタは私の何のつもりなのよ!」
「なにって・・・」
火がついたように喚くキョーコに、尚自身自分がどうしたいのか方向性を見失う。
ただアレを見ていないことを祈っていた
ショックを受けてないことを確かめたかった
気がついたら・・・・・・ここに来ていた
でも、キョーコの反応に自分の指摘が図星だったことを悟るが、だからと言って何をどうすればいいのか尚自身にも分からなかった。
「私があの人の事で泣くのを嘲笑いに来たの!?私が惨めな様がそんなに愉快!?こんな時間に相当の暇人ねっ!!最っ低っ!!」
「おまっ・・・!」
あまりの言い様に、身を翻したキョーコの手を尚は掴み取った。
「離してよ!そうよ、アンタの言うとおりに泣きに行くのよ!そう答えれば満足!?」
「お、落ち着けって」
「―っ、離してっ!!」
キョーコは力任せにその手を振り切った。そして鋭い眼差しで尚を睨みつける。その眼尻には涙が浮かんでおり、尚は前のめりになっていた体制を思わず引いてしまった。
「おいっ!」
そのまま路地裏に駆け出そうとするキョーコに声をかけると、数歩地面を蹴ったところでキョーコはぴたりと足を止めた。
「・・・・・・・・ついてこないで。アンタにだけは・・・見られたくないのよ」
「キョー・・・」
「アンタだったらできるの?敵に弱みを晒せるの・・・?」
キョーコは尚を振り返ることなく言葉を落とす。夜風に吹かれるキョーコの肩が僅かに震えているように見え、尚は動くことができない。
「私の前で、心底悲しいって泣き顔晒せるかって言ってるのよ――」
「・・・・っ、クソっ」
誰も居なくなった裏路地を見つめ、忌々しげに悪態をついた。
キョーコが母親の事で泣きに行くのが分かっていても、結局今までと同じで何もできない。
走り去っていくキョーコを追う事も出来ず、かといってそのまま引き返すこともできず。都会の喧騒を遠くに聞きながら言い様のない後味の悪さだけが広がっていく。
ヴ―――、ヴ―――・・・
ほどなくして手のスマートフォンが耳障りな振動音で着信を告げた。尚はノロノロと指先を画面に滑らせた。
『――ちょっと尚!こんな時間に一体どこにいるのっ!?』
「・・・わりぃ、野暮用でさ。・・・・・帰る」
溜息を一つ掃出し、尚は通話を切り上げた。
「・・・アイツ、虚勢張ったって冴菜さんに対しては変わってねーじゃねぇか・・・」
よく知っているからこそ追いかけることが出来なかった。
前以上の後味の悪さに舌打すると、尚はまだ明るい都会の夜道を歩きはじめた。
