「…っもーーーー!!!何でこんな格好しなきゃいけないわけ!?」
「モー子さんっ、落ち着いてっ」
怒声とともにカツカツと不機嫌な靴音がLME社内に響き渡る。
驚いて声の発信源を振り返る社員や来客の視線の先にはいつものドピンクツナギ…ではなく、黒色の二人の女性。
黒髪ロング、少しきつめの美女は胸元がざっくりと開いて太ももの大胆スリットに目がいってしまう黒いドレスにピンヒール、黒いとんがり帽子のセクシーな黒魔女スタイル。
もう一人の栗毛ショートの活発な印象の少女は黒いファー地の丈の短いノースリーブに同じく黒いホットパンツ。臍出ししているが黒のロングブーツとに指先の出ている黒いグローブというあったかいのか寒いのかわからない出で立ちに黒い猫耳とするりと長いしっぽを付けた黒猫スタイル。
分かりやすい魔女と黒猫の仮装スタイルに目を引く容姿だが、般若のごときその雰囲気と怒声に声をかける猛者はおらず遠巻きに視線を送られるだけであった。
「いくら社長命令の社内行事であっても許せないわ!」
今日は10月31日。
イベント大好きな社長・ローリィ宝田の社長命令でハロウィンの仮装命令出されているのだ。
所属タレント・俳優をはじめ社員一同に対して出た命令は、本日社内では仮装することお菓子を携帯すること、そして「トリック・オア・トリートの実践」が義務付けられている。
そしてラブミー部にはこのイベントを盛り上げるため本日一日中、用意した衣装で社内でトリック・オア・トリートを出会う人々に必ず行う事!と指令が下っていた。
「大体『トリック・オア・トリート』をやるのは子供の役割でしょ!なんで私が食べもしないお菓子をもらわなきゃいけないわけ!?」
「モー子さん、落ち着いてったら~」
「食べもしない菓子を受け取るのも腹立たしいけど、『それより悪戯して?』って言ってくるバカが多いのはどういう事よ!!」
「それはそうだけど~・・・」
今日出会った人にはすべてに「トリック・オア・トリート」を仕掛けろって指令が来ているから仕方ないのだが、そのセクシーな魔女スタイルから「どんな悪戯してくれるの~?」と男性をメインに下世話な返しが非常に多く、奏江は苛立っていた。怒りのままに廊下を闊歩する奏江を黒猫スタイルのキョーコが追いかけている。
(でもこんなセクシーな魔女のモー子さんなら仕方ないわよね・・・私だってモー子さんにスウィートなイタズラされてみたいし)
奏江の言い分はもっとも至極で自分も同意ではあるが、仕掛けられる男性と大差ない考えを持ったキョーコは奏江をなだめるしかない。
今日朝から晩までのラブミー部のこの仕事。日も落ちて夜になり、奏江のイライラはリミットを振り切っていた。
それでも視界に今日初顔合わせの人間が映れば般若顔で「トリック・オア・トリート」を繰り返す奏江も仕事に関してはなんだかんだ行っても真面目だ。
・・・そう、こんな仕事であっても。
流石に般若のごとき奏江がメンチ切りの距離でソレをやるのだから「悪戯してほしい~」なんて言おうものなら命がいくつあっても足りない。
仕掛けられた相手は奏江の形相に追い詰められ、ゴメンナサイ~!と叫んでキョーコたちの手にしているバスケットの中にお菓子を投げ入れ逃げるように散っていく。
バスケットの中はお菓子だけではなく、荒ぶる怨霊をいさめるお供え物のごとく小銭やらお酒の小瓶やらハロウィンとは結びつかないようなものまで投げ込まれている始末であった。
「・・・あ・・・」
怒り狂う奏江を追っかけつつ、キョーコは丁度交差点になっている地点で90度横の廊下をこちら側に歩いてくる人影を見つけて立ち止まった。
キョーコが静止したのに気が付いた奏江も足を止めてキョーコの見ている方に目をやった。
近づいてくる人影の高い身長と見慣れた歩き方から、キョーコはすぐに誰だかわかった。
「敦賀さん、事務所にいらしてたんですねっ」
「やあ、こんばんは」
「あ、キョーコちゃん、琴南さん。二人ともかわいいねぇ!」
歩いてきたのはキョーコの尊敬する先輩、敦賀蓮とそのマネージャーの社であった。
キョーコは二人にぺこりと頭を下げて挨拶する。隣の奏江もそれに合わせて会釈をした。
「敦賀さんも仮装ですか?」
「仮装って言ってもちょっとした小物だけだけどね。仕事帰りだとは言っても参加しないと社長に何を言われるか・・・」
(うわー、似合っているというか・・・美形はこういうのハマるものものね・・・)
そういう蓮の仮装は、私服であろう黒いスーツに赤いコンタクトレンズで赤い瞳を演出し犬歯に牙を付けたドラキュラスタイル。
隣の社はいつものスーツ姿に申し訳程度に包帯を頭にぐるぐると巻きつけている。
「二人は魔女と黒猫?・・・なんというか、大胆な衣装だね」
二人を見て、蓮は口元を手で隠してこっそりと笑みをこぼす。
奏江はざっくりな胸元と太ももの大胆すぎる衣装だし、キョーコはキョーコで臍出しにホットパンツと普段目にしない部分の肌を晒している。
「「社長指定の衣装なので、避けようがありません・・・」」
ラブミー部の二人はしぶしぶといった表情で自分たちに拒否権などなかったこと不満げに口にした。
「社長がらみだと仕方ないね。ラブミー部の仕事なんだろ?」
(そんなに笑う事無いじゃない。私だって好きでこんな恥ずかしい格好をしてるわけじゃないのに・・・)
一方のキョーコは蓮の口元のほころびを目ざとく見つけていた。
蓮の視線が奏江と自分を軽く上から下までなぞったのを見ていたキョーコは奏江と比較しセクシーのかけらもない貧相なからだを晒している自分に蓮が呆れてこぼした苦笑だと勘違いし、ふいっと視線を逸らした。
「・・・・・」
視線を逸らしたキョーコを一瞥し、蓮はキョーコと目線を合わせるために少しかがんでいた。
(・・・えっ?何!!??)
目線を逸らしてたはずのキョーコは不穏な気配を感じはっと視線を目の前の蓮に戻してみたが後の祭り。
(ーーー!!!!っていぃぃやぁぁぁーー!!!!!!)
「最上さん」
キョーコの目の前には、至近距離で紳士スマイルの蓮の顔。
見慣れない赤い瞳での紳士スマイルにいつも以上に心臓が縮みあがるように早鐘を打ち始める。
(なんで!どうしていきなりお怒りモードな訳!!??もしかして私の貧相な体がイラツボ押したの!?)
一瞬で肉食獣に見据えられた子ウサギの気分になったキョーコ。
だけど逃げ出すこともできない。
逃げ出したが最後のもすごい勢いで追いかけられ食いちぎられてしまう!と被捕食者の気持ちが瞬時にキョーコの中に駆け巡った。
「・・・トリック・オア・トリート?」
(・・・!!!きゃーーーーっ!!!紳士スマイルからなんで夜の帝王!!??)
キョーコは正面から見据えられて、目の前の紳士スマイルがが夜の帝王に妖しく変化するのを目撃していた。
キョーコの心中は上へ下への大パニック。
(ーー助けてーーー!!!!)
蓮に迫られて大パニックのキョーコの様子を社と奏江はただ眺めていた。
奏江はキョーコの口から話に聞いていた「夜の帝王」を間近でみて驚いたが、片や真っ青になって震え上がるキョーコの反応に、冷淡というか残念な視線を目の前の先輩に投げかけた。
社も心中では「何やっとんじゃー!!」ターゲットを定めた迫りモードの蓮に突っ込みを入れつつ、赤くなるどころか青くなって震えるキョーコの反応に無表情になってため息を漏らしていた。
(・・・はっ、お菓子!!お菓子でいいのよね!?)
夜の帝王降臨になんとか逃げ出そうと必死のキョーコは、蓮の口から出たキーワードにはたと我に返った。
「敦賀さん、はいっ!」
手にしたバスケットに手を突っ込こむ。もう見てもられないとばかりにギュッと目をつむり、何をつかんだか確かめないままこ蓮の目の前にバスケットから引っ掴んだものを差し出す。
キョーコの手にはチョコレートやビスケット、投げ入れられた小銭が握りしめられていた。
目の前にずいっと差し出されたものに、蓮はちらりと目をやる。
(お菓子を渡せばOKだものね!・・・早く離れて~!!)
蓮の視線が自分の差し出した手に移ったのを感じ、キョーコは少し安堵してそろりと目を開けた。
「残念、ハズレ」
が、しかし。目の前には夜の帝王のままの蓮のどアップ。
チョコやその他もろもろを握りしめた手をそっとおろされ、右頬に伸ばされた蓮の左手がそのまま後頭部にまわり包みこまれるように左耳の後ろに指先が触れる。
「・・・へ?」
あまりの距離の近さに、パニックだったキョーコは間抜けな声を一言発しただけで思考も動作も停止してしまった。
触れた手に軽く押され、右に首を傾けるになると同時に右頬にふわりと蓮の髪が触れた。
次の瞬間、首筋に温かい感触。
キョーコの目に、驚愕の表情を浮かべる社と呆れたようにため息をつく奏江の姿が映った。
社と奏江は、ドラキュラに首筋から吸血される黒猫の構図を見せつけられ片や呆れ、片や驚愕の表情でそれを見守るしかなかった。
キョーコは現状を全く理解できていない。キョーコの手から握りしめたお菓子や小銭が零れ落ち、床に散らばる。
目を見開いて視線は固定したまま。茫然自失状態なのが誰の目からも丸わかりの状態であった。
(何??)
首筋にチクリと硬いものが当たる感触にようやく思考動いたキョーコは自分の首筋に何かが当たっていることにようやく気が付いた。
視線を左下に動かすと、蓮の艶やかな黒髪とうなじが飛び込んでくる。
(・・・え?私・・・噛みつかれてる??)
ようやく現状を理解し始めたキョーコは、自分に向けられる社と奏江と目が合う。
奏江は呆れ顔のままだったが、驚愕の表情だった社は次第に頬を紅潮させいつもの女子高生のような目の輝きを浮かべ始めていた。
「!!!」
どうして?と疑問が浮かんだキョーコは次の瞬間、首筋に温かく湿った感触と背中を走った痺れにビクリと体を震わせていた。
少し口を開いてキョーコの首筋に甘噛みして蓮が、そっと肌に舌を這わせたのだ。
もちろん、外野からはドラキュラが吸血の為に噛みついているようにしか見えない。
(!!!!きゃぁぁぁ!!!!!!)
ようやく、首筋に当たる感触が蓮の口元であることを理解したキョーコは、ぐいっと顔面に血が上るのを感じだ。
キョーコの顔が真っ赤に染まるのを触れている肌から感じた蓮がようやくキョーコを解放する。
蓮の唇が離れる時にわざとチュっとリップ音を立ててる。
その音にさらにキョーコの顔面の温度が上がり、耳まで真っ赤に染まっていく。
「・・・ごちそうさま」
首筋から離れた蓮が紳士スマイルを浮かべてキョーコを覗き込んだ。
「い・・・い、いいいやぁぁぁぁぁ!!!!!」
蓮がキョーコを開放してからたっぷり10秒は経っただろうか、ようやくフリーズから回復したキョーコの絶叫が建物内に響き渡り、思わず通行人も足を止める。
そこには首筋すじを掻き毟らんとばかりに抑えて、涙目で絶叫する黒猫が一匹。
仮装なのにそのしっぽはモップのようにふっくらして、背中の毛が逆立っているような幻覚まで見えてきそうな様相である。
「なななな、なんてことするんですか!!私、ちゃんとお菓子出したじゃないですかっ!!!」
「君こそ、そんなに叫ばなくてもいいじゃないか」
キョーコの素晴らしい声量の絶叫という攻撃を耳をふさいで回避した蓮が、先ほどの夜の帝王の雰囲気の欠片もなく落ち着いた声で返している。
「だっ、だだだって、こ、こんなっ!敦賀さん、何を考えてるんですか!?お菓子を出したのにイタズラするなんてルール違反ですうぅぅ!!!セクハラよぉぉぉっ!!」
「最上さん、俺だって社長命令に従ってるだけだよ?」
ふぅーとため息をついて見せる蓮になおもキョーコはギャンギャンと文句を言い立てる。
「吸血鬼の食べ物って乙女の生血でしょ?だからお菓子に血をもらっただけなのに・・・」
「じ、じゃあ!今日は誰相手にもそんな事してまわっているんですか!?やっぱり遊び人なんだわっ」
「ちょっと、あんた落ち着きなさいよ」
似非紳士な上遊び人なんて最低!とここが事務所内と言う事を忘れて叫んでいるキョーコにさすがに奏江が声をかける。だって~と奏江に泣きつくキョーコ。
「君も失礼だね、誰にでもするわけじゃないよ?」
「は?」
「吸血鬼なんだから、清らかな乙女の血しか飲まないし。それとも君は違うの?」
「な、何をいってるんですか!私がそんな不純なことを働いていると思っているんですか!?失礼ですね!!」
蓮の言葉に今度はキョーコが食って掛かる。
処女と決めつけて確認されている状況にも関わらず、自分の潔白を疑われたことに腹を立てて反論するキョーコは蓮に向かって、清らかガール・キョーコこと清キョーです!!などと宣言している始末。
二人のじゃれ合いを傍観していた社と奏江はあからさまな蓮の態度とどうにもこうにもニブイキョーコの二人を見比べてため息をつくしかなかった。
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なんつーか、どうしてこの時期にハロウィンネタなんか出してるんでしょうね、私・・・![]()
いや、なんというかぽっと浮かんじゃったんですよね、吸血鬼→処女の生血→処女→キョーコ。んでもっと公衆の面前で処女とばらされる残念なキョーコの図。
蓮さん、どさくさに紛れてキョーコの肌味わったりしてますけど。なんか原作キャライメージ第一って言ってる割に、自分が一番崩れたキャラを書いてるんじゃないの???
ちなみにキョーコ視点で組み立てたので、同じエピで他者視点も書いてみる予定。
予定は未定ですけどねー。