人はあまりにも
強い衝撃を受けると
記憶を失くす。
それは本当だった。
が、何とか思い出せた。
名礁・ムロバエ
週末釣り師である私には
憧れの磯
先週末、
夢見るほどに念願だった
その磯に
ようやく降りれた。
その磯ムロバエで
事件は起きた。
シブダイを釣り
釣果的には
満たされてはいたが、
やはり本命である
タマンを釣りたくて
赤丸の「北の船着き」へと
移動した。
結果、本命であるタマンは
釣れたのだが、
その前に
途轍もない衝撃に
襲われた。
これが
「西の船着き」から見る
12時過ぎ、
それは起きた。
「北の船着き」から見て
北東方向20mほど沖、
そこに巨大な岩盤がある。

その岩盤の東側には
溝状の深みがあり、
赤矢印で示す
東側からの潮に乗せ
岩盤の壁を狙おうと、
深みを目掛け
仕掛けを遠投した。
仕掛けは潮を掴み
岩盤に向け綺麗に流れた。
だが狙いの岩盤の壁、
その当たり潮では
ウキは入らず
そのまま通過した。
ウキは岩盤の中央付近、
そろそろ回収しようかと
思った次の瞬間、
白く見える岩盤の上に
動く黒い塊が見えた。
その塊がウキの下を通る。
風を受け
大きく膨らんでいたラインが
風に逆らい
ゆっくりと張り始めた。
一瞬、何だ。
とも思ったが、
すぐに
「黒い塊が喰ったんだ」
と気付き、
反射的にアワセを入れた。
途端に激しい重みを感じた。
連発でアワセを入れても
びくともしない重さ。
あまりの衝撃に
「これは海亀なんだ」と
自分で自分に
言い聞かせようともした。
しかし違った。
力一杯に竿を溜め
相手の動きを確かめる。
首を振る
尾を振る
その感覚が竿を通じて
はっきりと分かった。
海亀なら
呼吸の為に
すぐに浮き上がり
右へ左へと泳ぎ回る。
それだけは分かる。
何度も掛けているので。
今掛けている相手は
間違いなく魚
それもかなりの大魚
その大魚を
黒い塊と表現はしたが、
それは「あの魚」だと
自信を持って断言できる。
透明度の高い海
偏光グラス
水面直下を泳ぐ大魚
その姿は
鮮明過ぎるほど
くっきりと
私の眼に焼き付いている。
体長は
メーターを超えていた。
重量は分からないが
とにかく重い。
今掛けているこの大魚
数年前、
鵜来島の北面にある
「オヤユビ」という磯でも
掛けた事がある。
それは
早春のグレ狙いで、
喰ってきたイサキを
水面に浮かせ
タモ入れしようかと
思っていた矢先、
イサキの下に
黒い塊が見えた。
次の瞬間、
その黒い塊は
巨大な口を開け
イサキをズバッと
呑み込んだ。
一瞬、何が起きたのか
分からなかったが、
強い衝撃のあと
その黒い塊は
底へ向け一気に突っ込んだ。
それに対し私は
レバーを緩め
ラインを出す事以外に
大した抵抗は出来なかった。
しかし、
何故だかその後
イサキは吐き出され、
横腹に
痛々しい歯形だけを残し
黒い塊は
海中深くに消え去った。
そんな思い出深い
大魚が今
私の剛竿に掛かっている。
これは
是が非でも獲りたい。
いや、
少しでもやり取りをしたい。
お願いだ
少しだけでも戦わせてくれ。
そう心で願った。
大魚は
岩盤を越え
開けた場所に出た。
腰を落とし
臨戦態勢となる私
それに反し
悠然と泳ぐ大魚
その泳ぎを逆手に取り
気付かれぬ内に
寄せにかかろうと、
剛竿に全体重を掛け
力一杯に曲げた。
曲げに曲げた。
本気で曲げた。
折れると思うほどに。
もちろん
リールも巻いた。
全力で巻いた。
が、しかし
びくともしなかった。
大魚は悠然と泳ぎ
張り出した根の
下をくぐり
ゆっくりと潜り始めた。
ラインは根に当たり
擦れている感覚が
手に伝わる。
ドラグはフルロック
このままでは切られる。
そう思い
ベールを起こし
ラインをフリーにした。
どれだけ出たかは
定かではないが、
かなり出されていた。
大魚は
時たま止まり
こちらの様子を伺う。
私もその瞬間を逃さず、
少しでも距離を詰めようと
ベールを戻し
力ずくでリールを巻くが、
抵抗虚しく
フルロックのドラグからは
ラインが引きずり出される。
このままでは切られる、
いや、
ここで切られて
たまるかと思った。
一進一退の膠着状態
それを打破すべく
思い切って勝負に出た。
擦れた状態で
一気に竿を立て
リールを巻いた。
磯に背中が付くほどに
全体重を竿に掛け
リールを巻いた。
大魚は弱った。
少しずつ浮き始めた。
ラインは
出る量よりも
巻く量が増えた。
もちろん擦れたままで。
残り20m、15m、10mと
少しずつ浮いてきた。
張り出しに押さえられていた
オレンジ色のウキが見えた。
サルカンも見えた。
残り3m
勝負に勝った。
遂にやったと確信した。
同時に、
港にて大魚を抱え
満面の笑顔で写真を撮る
自分の姿を想像した。
ウキとサルカンが根を越え
ハリスが見えた。
後は大魚が
張り出しを越えるだけだ。
30分を越える大捕物
その勝負を
一気に畳みかける。
渾身の力を込めて
剛竿を煽った。
だが次の瞬間
無情にも
剛竿が空を切った。
私は背中から磯に転がった。
そのまま
呆然と空を見上げた。
晴れていた。
青い空に白い雲が
のんびりと流れていた。
天国かと思った。
ふと気を取り戻し
おもむろに立ち上がった。
何かを思い出したかの様に
急いで張り出しを見た。
そこに大魚の姿はなかった。
当然だ。
切られたのだから。
こうして
私と大魚の
突然始まった戦いは、
文字通りの
断ち切る様に幕を閉じた。
大魚との戦いで
激しく傷んだラインは
縦に裂けていた。
それでも
バリバスは強かった。
がまかつの
我夢者も強かった。
この磯で
一番弱いのは自分だった。
とは言え、
この負け試合によって
かなりの物を
得られた気がする。
いま私が
一番熱を込めている釣り
「キビナゴ撒き」
いわゆる、
「するするスルルー」
その釣りの
沖鵜海域での新たな展開
夢が一気に広がった。
そして
「磯からの大物釣り」
それも
そんなに遠くの
話では無いとも気付いた。
まずは
ここから一歩前に。
今回のブログは、
大魚相手に
切った切られた、
バレたバラした。
そんな
よく聞く不運話ではなく、
自分への戒めと
今後の勇気づけとして
ここに記した。
この大捕物後
全身を襲う筋肉痛は
三日間も続いた。
最後に、
大魚とのやり取り中
私の頭の中には
ずっとこの曲が流れていた。
ではまた。