へなちょこ ユテコ の Don't Worry, Be Happy -85ページ目

へなちょこ ユテコ の Don't Worry, Be Happy

僕らは地上では「旅人」
                                          ここでは 感じるまま、気ままに、思ったままを「音楽」と共に・・・。

おはようございます。



今日は同僚が東京へ出張。

今日は大忙し。責任は僕だけにノシカカル。


しっかり踏ん張りやす。




今日は21日

ソロモンさんの箴言21章から僕の出会った言葉を。

。。。。。。。。。。


prv21:2  人は自分の道はみな正しいと思う。しかし主は人の心の値うちをはかられる。

prv21:3  正義と公義を行なうことは、いけにえにまさって主に喜ばれる。

。。。。。。。。。。


人はみんな自分の道は正しいと思う。

当然、自分が生きてきた経験から導き出された基準ではかるからだよね。

でも

その基準が満たない僕は最悪だと思って生きてきた。






基準が自分の頭で理解できることしかないんだから仕方がなかった。


でも

神様は人の心の値打ちをはかられる。って記されている。




僕にとってはとっても癒される言葉の一つだった。


自分に考えられる範囲で頑張って過ごしてたからね。



『正義と公義を行なうことは、いけにえにまさって主に喜ばれる。』


嬉しい言葉じゃないですか。


何を持っているか?何が出来るか?じゃないくて・・・

何もなくても、何をささげることがなくても・・・全く問題じゃない。




人の世界では、何を持っているか?何が出来るかで図られる。

宗教でもそう。

どのくらいお金を捧げたら・・・なんて。


でも、ソロモンさんが慕ったバイブルに記された神様はそうじゃない。


心をはかられる神様。





僕らはそのままで、大丈夫。


自分で自分をはかる必要はない。

自分の基準では自分は間違ってはかる事しか出来ない。


正しくはかって下さる神様のもとへ

ソロモンさんが慕った神様に聞いてみるのも悪くないかもね。




心に安らぎが与えられる筈。





今日も色んな事があるでしょう。

シンドイ事も多くあって、大変でしょう。


でも

僕らの神様は僕らの心をはかられる。



与えられたことを両親に忠実に行えますように。。




では、今日も

行ってまいりましょう~。

おはようございます。


昨日は子供を寝かす当番で一緒に朝までねてまいました。

今日は少し激しい一日になる予定。


さあ~イッチョ気持ちだけでも上げて頑張りませう。



では、今日20日

ソロモンさんの箴言もようやく20章。

その中から僕が出会った言葉を。


。。。。。。。。。。


prv20:8  さばきの座に着く王は、自分の目ですべての悪をふるい分ける。

prv20:9  だれが、「私は自分の心をきよめ た。私は罪からきよめられ た。と言うことができよう。

prv20:10  異なる二種類のおもり、異なる二種類の枡、そのどちらも主に忌みきらわれる

。。。。。。。。。。



僕らは、自分の心をきよめるなんて事はできない。

罪っていうサタンから声に従う罰を、自分自身で失くすことなんて誰も出来ない。

でも、なぜか僕らはそれを自分自身で清めようとする。

僕らが勝手に定めた計りによって。。。


中々難しいよね。

この問題を解決することは。



もう一箇所。

。。。。。。。。。。


prv20:24 人の歩み主によって 定められる。人間はどうして自分の道を理解できよう か。

。。。。。。。。。。



どう?

僕らは自分の道がどうなってるのか解らないものなんだよね。


この事をしっかり理解してないとね。



僕らは何も見えなく理解できないことが起きても大丈夫。

ソロモンさんが慕った神様によって歩むとき

ソロモンさんのような自分自身に与えられた人生が開かれるだろうから。



本気で辛い人生を歩んでるなら

なお更、主の声を聞いてみてはどうだろう?



なんて思いました。






では、今日も行ってきま~す。




おはようございます。


週の初めはエンジン中々かからないね。

でも、休みを取らないとパワーも溜まらないし。



ゆっくり身体を温めながら

しっかり年末に向けて一歩一歩いきませう。



今日は19日。

ソロモンさんの箴言19章から

僕のであった言葉を。

。。。。。。。。。。

 

prv19:21  人の心には多くの計画がある。しかし主のはかりごとだけが成る。

prv19:22  人の望むものは、人の変わらぬ愛である。貧しい人は、まやかしを言う者にまさる。

。。。。。。。。。。



いろんな事が起こる。

悲しいことも。   辛いことも。


でもね。

人が見える計画は全体像のごくわずかしかない。




エライ酷い人生やわ~。なんて感じることもあるけど

僕らの人生を刺繍にたとえた方がいた。

僕らの人生は刺繍と同じような作業をしている。

僕らが見える部分は裏の部分だけ。

無駄のように、あっちに行ったり、こっちに行ったり

この人生虚しすぎて誰のために生きてるネン。なんて思うこともある。



でもね。

最後に神さまは、見せてくれる。


「 表面 」 を。



神様によって表面が計算されてるんだけど

今の僕らは無駄な動きを繰り返すように思える。


でもね。

僕らは安心できる神様の計画の中にいる。

だから、今起きていることの中にも神様の何らかの計画がある筈なんだよね。



だから

。。。。。。。。。。


人の心には多くの計画がある。しかし主のはかりごとだけが成る。

。。。。 。。。。。。

神様が僕らに立ててる計画を知って

任せてみるのも悪くない。


いや、任せてみることが幸せを味わう近道に違いない。




そう考えたら

なんか今の無駄と思われる事も楽しめそう。





今日も

今週もいろんな事が起こるだろうけど

その背後で動いてくださる神様を思うことで

楽しめることが出来ますように。。




では、

行ってきます。

こんばんわ。
めちゃ遅くなってすいません。



もう来週はクリスマスですねぇ。

今日は世界で初めてのクリスマスの記事からワーシップタイムをおおくりしまーす。
今日はこんな箇所。

。。。。。。。。。。


mat2:1 イエスが、ヘロデ王の時代に、ユダヤのベツレヘムでお生まれになったとき、見よ、東方の博士たちがエルサレムにやって来て、こう言った。


mat2:2 「ユダヤ人の王としてお生まれになった方はどこにおいでになりますか。私たちは、東のほうでその方の星を見たので、拝みにまいりました。」


mat2:3 それを聞いて、ヘロデ王は恐れ惑った。エルサレム中の人も王と同様であった。


mat2:4 そこで、王は、民の祭司長たち、学者たちをみな集めて、キリストはどこで生まれるのかと問いただした。


mat2:5 彼らは王に言った。「ユダヤのベツレヘムです。預言者によってこう書かれているからです。


mat2:6  『ユダの地、ベツレヘム。あなたはユダを治める者たちの中で、決して一番小さくはない。わたしの民イスラエルを治める支配者が、あなたから出るのだから。』《(→ミカ5:2★)


mat2:7 そこで、ヘロデはひそかに博士たちを呼んで、彼らから星の出現の時間を突き止めた。


mat2:8  そして、こう言って彼らをベツレヘムに送った。「行って幼子のことを詳しく調べ、わかったら知らせてもらいたい。私も行って拝むから。」


mat2:9 彼らは王の言ったことを聞いて出かけた。すると、見よ、東方で見た星が彼らを先導し、ついに幼子のおられる所まで進んで行き、その上にとどまった。


mat2:10 その星を見て、彼らはこの上もなく喜んだ。


mat2:11 そしてその家にはいって、母マリヤとともにおられる幼子を見、ひれ伏して拝んだ。そして、宝の箱をあけて、黄金、乳香、没薬を贈り物としてささげた。


mat2:12 それから、夢でヘロデのところへ戻るなという戒めを受けたので、別の道から自分の国へ帰って行った。
。。。。。。。。。。



ヘロデ王はユダヤ人の王では無かった。エドム人だった。
エドム人ってのは、ジーザスが産まれる一族であるイスラエル一族のヤコブと争ったエソウから出た一族。
歴史を知ると面白いね。

サタンはこの時代にヘロデを用意してジーザスを殺そうとして待ち構えていた。



ヘロデは、ようは勝てばエエねんと云う事でアカン事でも欲望を満たす為なら何でもした男だったようだ。

その為には嘘も裏切りも一つの手段としか考えていなかった人だった。
バイブルには記されなかったが、ヘロデがいつも居た城は第三者の居ない、身内の人だけで固められた城だった。それは、人に裏切られるかもしれないという事をいつも恐れて生活をしていた臆病な男でもあったという事を意味する事だと言う事ができるね。

実は、後に身内も疑いがあれば退け、奥さんまでも殺した男でもあったみたい。



そんなヘロデに
東の博士達はユダヤ人の王様が生まれると知り
その新しい王様に会いたい一心でヘロデ王に会いに来た。




ヘロデはそりゃー
そいつを聞いた途端恐れたよね。
だって自分の立場を揺るがすヤツが生まれるんだなんて。。絶対許せなかっただろうね。きっと。。

博士の前で取り繕って
後から私も拝みに行く?って云うのが精一杯だったに違いない。


ホンマは
直ぐにも殺したくて殺したくて溜まらなかった筈だからね~。




そんな中で
博士は旅立ち、飼葉桶に寝ている王様のジーザスに会い礼拝を捧げる事が出きた。
。。。。。。。。。。


彼らはこの上もなく喜んだ。
。。。。。。。。。。

ホンマにメチャメチャ喜んだんやろねー。

多くの時間とお金とを投げうって会いたいと思ってたその王様に出会えたんだから。



其処で博士達が
捧げられたモノはこんな贈り物だった。此所では三つの贈り物が記されている。その贈り物一つ一つにはそれぞれ意味があった。



黄金
・・王様に捧げられるモノ


乳香
・・祭祀の働きの為に必要なモノ


没薬
・・死と苦しみを象徴するモノ






黄金・乳香は解る。



でも没薬って・・・





王様に何で?
ヒドいと思いません?


それは実はとても意味があるものだった。

この薬草は、ヘブル語で「ミルダ」と言われ、ミイラの語源にもなった人が死ぬ時に使われる薬草だった。


それが意味する事は、ジーザスは
生まれて来たのは死ぬ為だって事。

大好きな人が罪をもったままサタンと共に一人も死んで欲しくないと思う神様が、全ての人の身代わりでジーザスを死なす為に生まれさせた事を意味していた。



東方の博士達は知ってか知らないのかは分からないが、こんな贈り物を捧げられた。





ここで、
この博士達はどうしたのだろうか?


ヘロデ王と交わした約束があった。

ヘロデ王の恐ろしさ・残忍さは聞いた事があっただろうから、約束は守りたかったに違いない。

そりゃ~守んなかったら、殺される可能性もあったやろうからね~。




でも、
博士達の起こした行動はこうだった。

。。。。。。。。。。


夢でヘロデのところへ戻るなという戒めを受けたので、別の道から自分の国へ帰って行った。
。。。。。。。。。。


きっと
頭では葛藤があったに違いない。


でも、
真のユダヤの王様に会った事で何かが変わって行ったんだろうと思う。


他のバイブルの箇所だけどこんな言葉がある。
。。。。。。。。。。


1jhn4:15 だれでも、イエスを神の御子と告白するなら、神はその人のうちにおられ、その人も神のうちにいます。


1jhn4:16 私たちは、私たちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。愛のうちにいる者は神のうちにおり、神もその人のうちにおられます。


1jhn4:17 このことによって、愛が私たちにおいても完全なものとなりました。それは私たちが、さばきの日にも大胆さを持つことができるためです。なぜなら、私たちもこの世にあってキリストと同じような者であるからです。


1jhn4:18 愛には恐れがありません。全き愛は恐れを締め出します。なぜなら恐れには刑罰が伴っているからです。恐れる者の愛は、全きものとなっていないのです。


1jhn4:19 私たちは愛しています。神がまず私たちを愛してくださったからです。
。。。。。。。。。。



全き愛は
恐れを締め出します。だって。



ジーザスに会うことで、
変えられる事となったに違いない。



ジーザスを通して
神がどれほど僕らを愛されてるのかを
知る機会となった。


人は愛される事で本当に恐れが消えちゃう事がある。青春時代のいつかに体験した人も多いでしょう。。。でも僕らの体験したものは、ずーっと続くものでした?すぐに消えてしまうモノだったじゃないですか?




博士達は
僕らの感じた以上の「 真実の愛 」を味わい
死をも恐れず、ヘロデの云う事に逆う事を選んだ。




博士達が凄かったのだろうか?
勿論その決心をした博士たちは凄かったと思う。

でもそれ以上に

神の愛がとてつもなく凄かったに違いない。




僕らは
そんな愛に出会った事があるだろうか?


僕らはその愛に触れる事が許されている。
いや、神が既に僕らを愛している事実を、その「 愛 」を受け入れて欲しいと願っておられる。

。。。。。。。。。。


だれでも、イエスを神の御子と告白するなら、神はその人のうちにおられ、その人も神のうちにいます。
。。。。。。。。。。



あなたは今、告白する事で
神の愛を体験する事が出来る。


貴方が
その愛を体験する事は、神様自身が願っていることだから。



どんなに恐ろしい状況にあっても
想像もできない苦境にある中でも


例え全てのものを失っても
僕らは全てのモノを支配している神様自身を得る事が出来る。






このクリスマスが
あの博士たちと同じように

すっげー神様の愛を体験する時になるよう祈ってます。





では。

この一週間も楽しんで過ごしましょうね。

おはようございます。


もう日曜日が来ましたね。

来週はクリスマスだって。早いね~。

今日は18日。

ソロモンさんの箴言も18章。

今日はその中からこんな言葉に出会った。


。。。。。。。。。。

 

prv18:1  おのれを閉ざす者は自分の欲望のままに求め、すべてのすぐれた知性と仲たがいする。

prv18:2  愚かな者は英知を喜ばない。ただ自分の意見だけを表わす。

prv18:3  悪者が来ると、侮りも来る。恥とともに、そしりも来る。

prv18:4  人の口のことばは深い水のようだ。知恵の泉はわいて流れる川のようだ。

prv18:5  悪者をえこひいきすることはよくない 。正しい者をさばきのときに否むこともよくない

prv18:6  愚かな者のくちびるは争いを起こし、その口はむち打つ者を呼び寄せる。

prv18:7  愚かな者の口は自分の滅びとなり、そのくちびるは自分のたましいのわなとなる。

prv18:8  陰口をたたく者のことばはおいしい食べ物のようだ。腹の奥に下っていく。

prv18:9  自分の仕事をなまける者は、滅びをもたらす者の兄弟である。

prv18:10  主の名は堅固なやぐら。正しい者はその中に走って行って安全である。

prv18:11  富む者の財産はその堅固な城 。自分ではそそり立つ城壁のように思っている。

prv18:12  人の心の高慢 は破滅に先立ち、謙遜は栄誉に先立つ。

。。。。。。。。。。


高慢は破滅に繋がっていて・・

謙遜は栄誉に繋がっているんだって。


愚かな者は英知を喜ばないって・・

自分の欲望のままに求めるのは己を閉ざすもの。




ん・・・

人の心の高ぶりは、「おのれを閉ざす」事からも始まるのか


人の意見を避けて自分を守る事だとも思ってたけど

閉ざさないと壊れてまうようにも・・・ね。




僕もそんな時を孤独に過ごしたことがあった。

もう混乱して混沌・・モンモン・・・


そのうち

自分の意見・思いにさえ、自分を壊すのを助ける事しか出来ないと解り始めた。


そりゃ~

何も信じることが出来ないとキツカッタね。




僕が一か八かの賭けで、

神様ってホンマに居るんやったら・・・


その神様は愛だって言ってるし・・・




ホンマに賭けのような感じだったわ~

だって

頼るところがなかったからね。





僕はコテンパンに心砕かれ

ようやく信頼できる方に出会え、心を開くことが出来た。

そして平安を体験していった。

。。。。。。。。。。


prv18:10  主の名は堅固なやぐら。正しい者はその中に走って行って安全である。

。。。。。。。。。。



なんか素敵でしょ。

心を閉ざしちゃうような状況がなかったら

僕はこの『 堅固なやぐら 』 には出会えなかった。




ソロモンさんにこの真実を伝えた神様は

僕らにもその事を知って欲しいと願っている。



クリスマスってのは

ジーザスが僕らのために死ぬ事を承知で

その真実を知って欲しいと願われて生まれてくれた日。






なんか

来週教会にも行ってみたくなったでしょう。




でも

宗教はうそ臭くて嫌だよね。

でも

それが真実であるならば、その声を聞いてみるのも悪くない。


そ~かも知れないんなら・・・






来週まで楽しみながら過ごすことが出来ればいいですね。

祈ってます。


来週クリスマスの日に

素敵な出会いが全ての人にありますように。。




では、

今週も楽しみながら素敵な出会いがありますように。