へなちょこ ユテコ の Don't Worry, Be Happy -16ページ目

へなちょこ ユテコ の Don't Worry, Be Happy

僕らは地上では「旅人」
                                          ここでは 感じるまま、気ままに、思ったままを「音楽」と共に・・・。

。。。。。。。。。。

【詩篇66篇】o19  指揮者のために。歌。賛歌



psm66:1  全地よ。神に向かって喜び叫べ。

psm66:2  御名の栄光をほめ歌い、神への賛美を栄光に輝かせよ。

psm66:3  神に申し上げよ。「あなたのみわざは、なんと恐ろしいことでしょう。偉大な御力のために、あなたの敵は、御前にへつらい朊します。

psm66:4  全地はあなたを伏し拝み、あなたにほめ歌を歌います。あなたの御名をほめ歌います。」セラ

psm66:5  さあ、神のみわざを見よ。神の人の子らになさることは恐ろしい。

psm66:6  神は海を変えて、かわいた地とされた。人々は川の中を歩いて渡る。さあ、私たちは、神にあって喜ぼう。

psm66:7  神はその権力をもってとこしえに統べ治め 、その目は国々を監視される。頑迷な者を、高ぶらせないでください。セラ

psm66:8  国々の民よ。私たちの神をほめたたえよ。神への賛美の声を聞こえさせよ。

psm66:9  神は、私たちを、いのちのうちに保ち 、私たちの足をよろけさせない。

psm66:10  神よ。まことに、あなたは私たちを調べ、銀を精練するように、私たちを練られました。

psm66:11  あなたは私たちを網に引き入れ、私たちの腰に重荷を着けられました。

psm66:12  あなたは人々に、私たちの頭の上を乗り越えさせられました。私たちは、火の中を通り、水の中を通りました。しかし、あなたは豊かな所へ私たちを連れ出されました。

psm66:13  私は全焼のいけにえ を携えて、あなたの家に行き、私の誓いを果たします。

psm66:14  それは、私の苦しみのとき に、私のくちびるが言ったもの、私の口が申し上げた誓いです。

psm66:15  私はあなたに肥えた獣の全焼のいけにえを、雄羊のいけにえの煙とともにささげます。雄牛を雄やぎといっしょに、ささげます。セラ

psm66:16  さあ、神を恐れる者は、みな聞け。神が私の たましいになさったことを語ろう。

psm66:17  私は、この口で神に呼ばわり、この舌であがめた。

psm66:18  もしも私の心にいだく 不義があるなら 、主は聞き入れてくださらない。

psm66:19  しかし、確かに、神は聞き入れ、私の祈りの声を心に留められた。

psm66:20  ほむべきかな。神。神は、私の祈りを退けず、御恵みを私から取り去られなかった。

。。。。。。。。。。


おはようございます。

昨日の娘の運動会は少し時間をズラして開始し、雨の降る前に無事に終了。

親と一緒のプログラムが無くなったのが残念だったけど・・・。



では早速共に詩篇を。

今日僕の心に留まったのはこんな言葉。

psm66:20  ほむべきかな。神。神は、私の祈りを退けず、御恵みを私から取り去られなかった。






僕らの祈りは聞かれている。


それは僕らの最善を考えられているという事。

だから、僕らの祈りどおりになるかどうかではない。


何故だろう??




それは、僕らが愛されてるから。


僕らの思い以上に、神様は僕らの事を考えておられるんだから。

僕らの神様は、僕らの祈りの言葉、その思い以上に僕らを大切にしたいと願っているんだから。



僕らの祈りを聞かれる方は今日も居られる。

僕らの祈りに耳を傾けて・・・。









心が否定しても、バイブル(神様)の言葉を選んで過ごせたらいいですね。
だから、大丈夫だ!と言葉を発してみませんか?




僕らは今日も大丈夫!!


神様・・

eps1:17  どうか、私たちの主イエス・キリストの神 、すなわち栄光の父が、神を知るための知恵と啓示の御霊を、に与えてくださいますように。

eps1:18  また、心の目 がはっきり見えるようになって、神の召しによって与えられる望みがどのようなものか、聖徒の受け継ぐものがどのように栄光に富んだものか、

eps1:19  また、神の全能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、が知ることができますように。


ジーザス(イェス様)の名前で
a-men.




・・・・・・・・・・

詩66篇「練る」(1) צָרַף ツァーラフ

〔カテゴリー育成〕

10節「神よ。まことに、あなたは私たちを調べ、銀を精錬する(צָרַף)ように、私たちを練られました(צָרַף)。」

Keyword; 「練る、精錬する、試みる」 refind , examine,
12:6/17:3/18:30/26:2/66:10, 10/105:19/119:140

  • イスラエルの民は過去を何よりも大切にする民です。繰り返し、過去になされた神のみわざを想起することで、はじめて将来に対する希望を持つことができたのです。1節の「神への賛美を栄光に輝かせよ」という呼びかけは、過去における神の大いなるみわざ―特に、エジプト脱出の時の「紅海渡渉」、荒野から約束の地への「ヨルダン渡河」、そしてバビロン捕囚からの「解放」を想起することなしにはありえません。
  • と同時に、10節にある神の民の純化としての苦しみという神の恩寵も、忘れてはならない大切な想起事項です。10節には「精錬する」「練られる」と訳されたツァーラフצָרַף(tsaraph)が2回使われています。ツァーラフsize(18){צָרַף};(tsaraph)は、純化する、精製する、洗練する、立派にする、傷のない完全なものにするという意味です。旧約では33回、詩篇では8回使われています。
  • 銀の器を作るためには、銀から不純物を取り除くという火による精製過程が欠かせません。同様に、神は神ご自身の民を形作るために、エジプトでの苦しみ、荒野での苦しみ、そしてバビロンでの捕囚という苦しみの炉を通させました。特に、神の大いなるみわざの前にそれがあったことは特筆すべきです。三世代にわたるバビロンでの捕囚の苦しみは、神の民に「主の教え(トーラー)を喜びとし、昼も夜もそれを口ずさむ」(詩1:2)というトーラー・ライフスタイルを生み出させました。
  • ちなみに、10節にある「調べる、試みる」と訳されたバーハンבָּחַן(bachan)―旧約29回、詩篇9回―は、ツァーラフצָרַף(tsaraph)と同義語です。新共同訳、バルバロ訳ではツァーラフצָרַףを「試された」と訳しています。
  • ツァーラフצָרַף(tsaraph)の用法には二つの面があります。第一は、神のみことばの純化としての面です。みことばばよく練られていて純粋、完全であることに用いられます(詩12:6/18:30/
    119:140、箴言30:5)。第二は、神の民の精練としての面です。イザヤ48:10では、「見よ。わたしはあなたを練ったが、銀の場合とは違う。わたしは悩みの中であなたを試みた。」とあります。この二つの用法は、神と人とのかかわりという面において密接な関係を持っています。
  • 1節の「神への賛美を栄光に輝かせよ」とは、なにか頑張って神を賛美せよというのではなく、悩みの炉を通して、神の民が、神によってそのかかわりが試され、試みられて純化する恩寵を受け入れることが求められているように思えます。神は決して急がれません。ゆっくりと、じっくりと、そして深く、私たちとかかわられる方なのだと教えられます。

http://meigata-bokushin.secret.jp/index.php?%E6%81%A9%E5%AF%B5%E7%94%A8%E8%AA%9EPs66%281%29

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詩66篇(2)「心に留める」 קָשַׁב カーシャヴ

〔カテゴリー愛顧〕

19節「しかし確かに、神は聞き入れ、私の祈りの声を心に留められた。」(新改訳)
19節「しかしヤーヴェは聞き、わが願いの声に耳を傾けられた。」(関根訳)

Keyword; 「心に留める、耳を傾ける」 hear. Listen, pay attention,5:2/10:17/17:1/55:2/61:1/66:19/86:6/142:6

  • 牧会カウンセリングの世界で「傾聴」ということばがあります。その場合、相手の表面的な状態を「聞く」のではなく、相手の内的世界、すなわち心のうめきや深みを「聴く」ということです。(「聞く」と「聴く」を使い分けています) この働きの源泉は、実は神にあります。というのは、神が私たちの祈りを聴いて下さるという場合、表面的な事柄ではなく、私たちの心の内面のうめきや魂に対して注意深く聴いてくださるからです。
  • 詩66篇19節では、「神は聞き入れ」の「聞き入れ」にはシャーマーשָמַע(shama`)という動詞が使われ、「私の祈りの声に心を留められた」の「心に留める」にはカーシャヴקָשַׁב(qashav)使われています。後者は注意深く聴くという意味、まさに心の内面のすべてを聴くという意味で使われています。
  • カーシャヴקָשַׁב(qashav)「心に留める」と訳しているは、新改訳、フランシスコ会訳、そして典礼訳です。関根訳は「耳を傾けられた」、岩波訳は「聞き入ってくださった」、新共同訳は「聞き入れてくださいました」、バルバロ訳は「御耳をかされた」、口語訳は「みこころをとめられた」、文語訳も「御意(みこころ)をとめたまえり」、LB訳では「(神様が)身を乗り出すようにして、聞き届けてくださいました」と訳しています。カーシャヴקָשַׁבは、神が私たちの祈りを無視することなく、むしろ、私たちに対する関心度がいかに大きいかをうかがい知ることのできる動詞といえます。カーシャヴקָשַׁב(qashav)は、旧約では46回、詩篇では8回のみです。その8回の内6回は嘆願形で用いられています。
  • 新約聖書のヘブル書2章1節に「ですから、私たちは聞いたことを、ますますしっかり心に留めて〔「プロセコー」προσεχω〕、押し流されないようにしなければなりません。」とあります。単に聞くだけでなく、注意深く聴くことが強調されています。私たちは神の傾聴に学びながら、神に対して、あるいは人に対しても、日々、「傾聴」することを学ばなければなりません。それは、相手の心を開かせる前に、相手に対して自ら「心を開く者となる」ことを意味します。その訓練として、まず、自分自身が神によって「心を留められている」存在であること、神が私の祈りに耳を傾けくださっているという実感をもっていることが必須だと信じます。
  • カーシャヴקָשַׁב(qashav)の類義語は神が人のことを「心にかけて忘れない」という意味での「心を留める」と訳されたザーハルזָכַר(zakhar)。どこまでも世話をし、面倒を見ながら心に掛けるという意味での「顧みる」と訳されたパーカドפָּקַד(paqad)があります。

http://meigata-bokushin.secret.jp/index.php?%E6%81%A9%E5%AF%B5%E7%94%A8%E8%AA%9EPs66%282%29

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【詩篇65篇】o19  指揮者のために。ダビデの賛歌。歌


psm65:1  神よ。あなたの御前には静けさ があり、シオンには賛美があります。あなたに誓いが果たされますように。

psm65:2  祈りを聞かれる方よ。みもとにすべての肉なる者 が参ります。

psm65:3  咎が私を圧倒しています。しかし、あなたは、私たちのそむきの罪 を赦してくださいます。

psm65:4  幸いなことよ。あなたが選び、近寄せられた人、あなたの大庭 に住むその人は。私たちは、あなたの家、あなたの聖なる宮 の良いもので満ち足りるでしょう。

psm65:5  私たちの救いの神よ。あなたは、恐ろしい事柄をもって、義のうちに私たちに答えられます。あなたは、地のすべての果て果て、遠い大海の、信頼の的です。

psm65:6  あなたは、御力によって山々を堅く建て、力を帯びておられます。

psm65:7  あなたは、海のとどろき、その大波のとどろき、また国々の民の騒ぎを静められます。

psm65:8  地の果て果て に住む者もあなたの数々のしるしを恐れます。あなたは、朝と夕べの起こる所を、高らかに歌うようにされます。

psm65:9  あなたは、地を訪れ、水を注ぎ、これを大いに豊かにされます。神の川 は水で満ちています。あなたは、こうして地の下ごしらえをし、彼らの穀物を作ってくださいます。

psm65:10  地のあぜみぞを水で満たし、そのうねをならし、夕立で地を柔らかにし、その生長を祝福されます。

psm65:11  あなたは、その年に、御恵みの冠をかぶらせ、あなたの通られた跡にはあぶらがしたたっています。

psm65:12  荒野の牧場はしたたり、もろもろの丘も喜びをまとっています。

psm65:13  牧草地は羊の群れを着、もろもろの谷は穀物をおおいとしています。人々は喜び叫んでいます。まことに、歌を歌っています。

。。。。。。。。。。


おはようございます。

今日は娘の運動会なのですが、昨晩夜遅くから雨が降り続いている。


朝の連絡ではお昼から開始。。。

ホンマにやるの?降り続く雨でグランドはグチャグチャな筈。



わからね~。。


でもま・・・その前に共に詩篇を。

今日僕の心に留まったのはこんな言葉。

psm65:4  幸いなことよ。あなたが選び、近寄せられた人、あなたの大庭 に住むその人は。私たちは、あなたの家、あなたの聖なる宮 の良いもので満ち足りるでしょう。







僕らを選ぶ人は誰?

近寄らせてくれるのは誰なんだろう?


大庭に住まわせてくれるのは?

良いもので満ちたらせてくれるのは誰なんだろう?




ダビデさんが知っていたように

僕らもその方を知ることが出来る。


その方は、賛美を住まいにされ、喜びが満ち溢れてる。






僕らがサタンを敵とする時、

それがハッキリしてくる筈だから。




だから、僕らは感謝をもって主の門に近づき

(賛美)神様の実際を言葉として発する事で神様が住まう素敵な領域に一緒に入っていこう。

 

賛美はただ唱える言葉なんかじゃない。

神様の領域に入る為のカギであり、サタンの技をかんぜんに打ち破る必殺技でもあるから。


これで将来が目で見えるコトが出来無いかもしれない。

でも、これは霊による働きだから、霊の目でなければ見る事が出来ないから。



霊の目で見えなくても

僕らは賛美をする事で霊の技をすることになるから。大丈夫。







心が否定しても、バイブル(神様)の言葉を選んで過ごせたらいいですね。
だから、大丈夫だ!と言葉を発してみませんか?




僕らは今日も大丈夫!!


神様・・

eps1:17  どうか、私たちの主イエス・キリストの神 、すなわち栄光の父が、神を知るための知恵と啓示の御霊を、に与えてくださいますように。

eps1:18  また、心の目 がはっきり見えるようになって、神の召しによって与えられる望みがどのようなものか、聖徒の受け継ぐものがどのように栄光に富んだものか、

eps1:19  また、神の全能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、が知ることができますように。


ジーザス(イェス様)の名前で
a-men.


。。。。。。。。。。

 

【詩篇64篇】o19  指揮者のために。ダビデの賛歌


psm64:1  神よ。私の嘆くとき、その声を聞いてください。恐るべき敵 から、私のいのちを守ってください。

psm64:2  悪を行なう者どものはかりごとから、不法を行なう者らの騒ぎから、私をかくまってください。

psm64:3  彼らは、その舌を剣のように、とぎすまし、苦いことばの矢を放っています。

psm64:4  全き人 に向けて、隠れた所 から射掛け、不意に射て恐れません。

psm64:5  彼らは悪事に凝っています。語り合ってひそかにわなをかけ、「だれに、見破ることができよう。」と言っています。

psm64:6  彼らは不正をたくらみ、「たくらんだ策略がうまくいった。」と言っています。人の内側のものと心とは、深いものです。

psm64:7  しかし神は、矢を彼らに射掛けられるので、彼らは、不意に傷つきましょう。

psm64:8  彼らは、おのれの舌を、みずからのつまずきとしたのです。彼らを見る者はみな、頭を振ってあざけります。

psm64:9  こうして、すべての人は恐れ、神のみわざを告げ知らせ、そのなさったことを悟ります。

psm64:10 正しい者は主にあって喜び、主に身を避けます。心の直ぐな人はみな、誇ることができましょう。

。。。。。。。。。。


おはようございます。

今日はお休み。。友人ファミリーと共に公園に行く予定。

その前に朝食をと・・・。

何故かこんな時間になってしまった。スイマセン。



では早速共に詩篇を。

今日僕の心に留まったのはこんな言葉。

psm64:3  彼らは、その舌を剣のように、とぎすまし、苦いことばの矢を放っています。





なんか・・・ダビデさん僕らの事言ってるみたい。

どの時代も一緒なのか?

僕らは日々傷つけられる言葉の間を過ごしているのかもしれない。



傷つける言葉は矢のようだよね。



僕はかなり傷つけられた経験を持ちますが

それ以上に僕の言葉で周りの人にも傷つけてきたかもしれない。





しかし

故意に僕らの心を狙って傷つけようとする輩もいてることを知らなきゃ。

そんな輩の言葉を避け続ける事は基本的に不可能だね。


ならば、

ダビデさんの叫びを聞いてみるしかないかも。

psm64:10 正しい者は主にあって喜び、主に身を避けます。心の直ぐな人はみな、誇ることができましょう。




神様に身を避ける事。

ためしにしてみるのも悪くないよね。


試してみなきゃ・・・解らない。




ホンマに助けてくれる人はいてるんだから。。



大丈夫。



心が否定しても、バイブル(神様)の言葉を選んで過ごせたらいいですね。
だから、大丈夫だ!と言葉を発してみませんか?




僕らは今日も大丈夫!!


神様・・

eps1:17  どうか、私たちの主イエス・キリストの神 、すなわち栄光の父が、神を知るための知恵と啓示の御霊を、に与えてくださいますように。

eps1:18  また、心の目 がはっきり見えるようになって、神の召しによって与えられる望みがどのようなものか、聖徒の受け継ぐものがどのように栄光に富んだものか、

eps1:19  また、神の全能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、が知ることができますように。


ジーザス(イェス様)の名前で
a-men.


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詩64篇 「射掛ける」 יָרָה ヤーラー

〔カテゴリー統治〕

7節「しかし神は、矢を彼らに射掛けられるので、彼らは、不意に傷つきましょう。」

Keyword; 「射掛ける」 shoot,

  • 「射掛ける」と訳されたヤーラーיָרָה(yarah)は、詩25篇でも取り扱いました。しかしそこでは「教える」と訳されたヤーラーיָרָה(yarah)でした。ヤーラーは大きく分けて三つの意味があります。
  • 第一は、「教える」という領域で、それは罪人に、主を恐れる者に、行くべき道(単数)を教えるという意味(詩5:8, 12/27:11/32:8/45:4/86:11/119:33, 102)。
  • 第二は、水を注いで地を「潤す」という領域(箴言11:25、ホセア6:3)。
  • 第三は、神のさばきとしての領域で、「投げ込む」(出15:4)、「(矢を)射掛ける、射抜く」(詩11:2/64:4,4, 7)という意味です。
  • 詩64篇では3回、ヤーラーיָרָהが使われていますが、最初の二つは、悪を行う者たちが全き人を陥れるためにことばをもって射掛けるという意味で使われています。しかし残りの一つは、神が陰謀を図る者たちに対して、不意に、突然、思わぬ形で「矢を射掛けられる」とあります。それによって神は一発で彼らの陰謀を阻止されるのです。
  • イエス・キリストも律法学者とパリサイ人たちの共謀によって矢を射掛けられたことがありました。姦淫の場で捕えられたひとりの女がイエスのもとに連れて来られて、「モーセの律法ではこういう女は石打ちにするように命じている。ところで、あなたは何といわれます。」と詰問されました(ヨハネの福音書8章5~9節)。これはイエスを告発するための彼らの陰謀でした。これに対してイエスはどう対処されたでしょうか。イエスは沈黙を保っていましたが、しつこく問い続ける彼らに対してこう言って彼らに矢を射掛けられたのです。「あなたがたのうちで、罪のない者が、最初に彼女に石を投げなさい。」
  • すると彼らは年長者たちから、ひとりひとりとその場を立ち去り、最後にはだれもいなくなってしまいました。これこそが「矢を射掛け」るということです。律法学者とパリサイ人たちの告発は、イエスの語った一言で、しかも、予期せぬ形で、不意に封じられたのでした。こうしたイエスの「射掛ける」例は、ルカ20:1~8やマルコ12:13~17にも見ることができます。
  • もし私たちが、他の人々が共謀して不意に告発されたならどうでしょう。おそらく深く傷ついてしまうことでしょう。しかし、この詩64篇の作者のように、「神よ。・・恐れるべき敵から、私のいのちを守ってください。」と祈るべきです。「守る」というナーツァルは。特定の人に対して、きわめて注意深くガードすることを意味します。
  • 神は私たちを守り、かくまい、ある時は、私たちを通して敵に「矢を射掛ける」ことばを与えてくれる方です。これは敵に対してはさばきをもたらしますが、主に身を避ける者にとっては十分な恩寵です。そんな方が私たちの味方であってくださることに、心から喜び、誇りたいと思います。

http://meigata-bokushin.secret.jp/index.php?%E6%81%A9%E5%AF%B5%E7%94%A8%E8%AA%9EPs64

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【詩篇63篇】o19  ダビデの賛歌。彼がユダの荒野にいたときに


psm63:1  神よ。あなたは私の神。私はあなたを切に求めます。水のない、砂漠の衰え果てた地で、私のたましいは、あなたに渇き、私の身も、あなたを慕って気を失うばかりです。

psm63:2  私は、あなたの力と栄光を見るために、こうして聖所で、あなたを仰ぎ見ています。

psm63:3  あなたの恵みは、いのちにもまさるゆえ、私のくちびるは、あなたを賛美します。

psm63:4  それゆえ私は生きているかぎり、あなたをほめたたえ、あなたの御名により、両手を上げて祈ります。

psm63:5  私のたましいが脂肪と髄に満ち足りるかのように、私のくちびるは喜びにあふれて賛美します。

psm63:6  ああ、私は床の上であなたを思い出し、夜ふけて私はあなたを思います。

psm63:7  あなたは私の助け でした。御翼の陰で、私は喜び歌います。

psm63:8  私のたましいは、あなたにすがり、あなたの右の手は、私をささえ てくださいます。

psm63:9  しかし、私のいのちを求める者らは滅んでしまい、地の深い所に行くでしょう。

psm63:10  彼らは、剣の力に渡され、きつねのえじきとなるのです。

psm63:11  しかし王は、神にあって喜び、神にかけて誓う者は、みな誇ります 。偽りを言う者の口は封じられるからです。

。。。。。。。。。。


おはようございます。

今週も明日が休日で、なんとか今日も踏ん張って。。



では今日も共に詩篇を。

今日僕の心に留まったのはこんな言葉。

psm63:7  あなたは私の助け でした。御翼の陰で、私は喜び歌います。

psm63:8  私のたましいは、あなたにすがり、あなたの右の手は、私をささえ てくださいます。







すがれる人

支えられる人・・・

僕らはソンナ人が居ると生きる力が溢れてくる。



そんな人が近くに居たらイイネ。



何故か毎朝子供達と 「家なき子 レミ」 を朝見てるけど

そんなメッセージが一杯に溢れている。



僕らは愛に触れると力が湧いてくる。

それがどんな力か解らないようなモノかもしれない。



でも、

きっと僕らにも創造できないほど

本気ですがれる・・・支えてくれる人と出会う事が出来る。



ダビデさんにも出会った方が

僕ら一人一人にも会いたがっているんだから。





心が否定しても、バイブル(神様)の言葉を選んで過ごせたらいいですね。
だから、大丈夫だ!と言葉を発してみませんか?




僕らは今日も大丈夫!!


神様・・

eps1:17  どうか、私たちの主イエス・キリストの神 、すなわち栄光の父が、神を知るための知恵と啓示の御霊を、に与えてくださいますように。

eps1:18  また、心の目 がはっきり見えるようになって、神の召しによって与えられる望みがどのようなものか、聖徒の受け継ぐものがどのように栄光に富んだものか、

eps1:19  また、神の全能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、が知ることができますように。


ジーザス(イェス様)の名前で
a-men.


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【詩篇62篇】o19  指揮者のために。エドトンによって。ダビデの賛歌


psm62:1 私のたましいは黙って 、ただ神を待ち望む 。私の救いは神から来る。

psm62:2  神こそ、わが岩。わが救い。わがやぐら。私は決して、ゆるがされない。

psm62:3  おまえたちは、いつまでひとりの人を襲うのか。おまえたちはこぞって打ち殺そうとしている。あたかも、傾いた城壁か、ぐらつく石垣のように。

psm62:4  まことに、彼らは彼を高い地位から突き落とそうとたくらんでいる。彼らは偽りを好み、口では祝福し、心の中ではのろう。セラ

psm62:5  私のたましいは黙って、ただ神を待ち望む。私の望みは神から来るからだ。

psm62:6  神こそ、わが岩。わが救い。わがやぐら。私はゆるがされることはない。

psm62:7  私の救いと、私の栄光は、神にかかっている。私の力の岩と避け所 は、神のうちに ある。

psm62:8 民よ。どんなときにも、神に信頼せよ 。あなたがたの心を神の御前に注ぎ出せ。神は、われらの避け所 である。セラ

psm62:9  まことに、身分の低い人々は、むなしく、高い人々は、偽りだ。はかりにかけると、彼らは上に上がる。彼らを合わせても、息より軽い

psm62:10  圧制にたよるな。略奪にむなしい望みをかけるな。富がふえても、それに心を留めるな。

psm62:11  神は、一度告げられた。二度、私はそれを聞いた。力は、神のものであることを。

psm62:12  主よ。恵みも、あなたのものです。あなたは、そのしわざに応じて、人に報いられます。

。。。。。。。。。。。


おはようございます。

今朝は寒いですね~。娘は咳をしてて・・日曜の運動会が心配です。


では早速共に詩篇を。

今日僕の心に留まったのはこんな言葉。

psm62:5  私のたましいは黙って、ただ神を待ち望む。私の望みは神から来るからだ。

psm62:6  神こそ、わが岩。わが救い。わがやぐら。私はゆるがされることはない。







信頼する時

僕らは静かに待つ事が出来る。


時が来る時、その問題はなくなる事が今の時点で解っているから。




ダビデさんは解っていた。

日々神様を体験し、神様の圧倒的な力に驚いているから。




神様がどんな方で

自分自身がどういう存在かを知れば

僕らはどんな問題の最中でも静かに待ち望む事が出来る。



たとえ、感情でソレが理解できなくとも体感する事が出来る。

僕らは詩篇の作者に倣う事を選んで言葉を発する事で。。。




目に見える世界がどんなに暗くとも

僕らは詩篇の作者と共に、将来の光を味わう事が出来るから。




だって

僕らはこの世界を創られた神様にメチャ愛されてる存在なんだから。





心が否定しても、バイブル(神様)の言葉を選んで過ごせたらいいですね。
だから、大丈夫だ!と言葉を発してみませんか?




僕らは今日も大丈夫!!


神様・・

eps1:17  どうか、私たちの主イエス・キリストの神 、すなわち栄光の父が、神を知るための知恵と啓示の御霊を、に与えてくださいますように。

eps1:18  また、心の目 がはっきり見えるようになって、神の召しによって与えられる望みがどのようなものか、聖徒の受け継ぐものがどのように栄光に富んだものか、

eps1:19  また、神の全能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、が知ることができますように。


ジーザス(イェス様)の名前で
a-men.







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詩62篇「報いる」 שָׁלֵם シャーレム

〔カテゴリー統治〕

12節「・・・あなたは、そのしわざに応じて、人に報いられます。」(新改訳)

Keyword; 「報いる、誓いを果たす」 reward, fulfill,

  • 詩62篇の表題には「ダビデの賛歌」とありますが、アブシャムの反乱時の状況を想定して考えると、とても理解しやすい詩篇です。ダビデは息子アブシャロムの陰謀を知った時、ただ都から脱出するほかありませんでした。それはまさにダビデの信仰そのものが問われる出来事でした。その試みのとき、ダビデは自分に向かって、「私のたましいは黙って、ただ神を待ち望む。私の救いは神から来る。神こそ、わが岩、わが救い、わがやぐら、私は決して、ゆるがされない。」(1~2節)、「私の救いと、私の栄光は、神にかかっている。」(7節)と告白しています。また、自分を信頼している民に対して、「どんなときにも、神に信頼せよ。・・・神はわれらの避け所である。」と指導しています。
  • 権力(圧制)、略奪、富など、それらはこの世における力の象徴です。アブシャロムはそれを自分の力で手にしました。しかし作者はそれに「たよるな」「望みをかけるな」「心を留めるな」と呼びかけています (10節)。なぜなら、身分の高低は人間の究極的な評価基準ではなく、神の目には身分の低い者も高い者(※)もなく、すべて「はかない(ヘベルהֶבֶל)者」にすぎないからです。(※原文には「アダムの子たち、イーシュの子たち」とあり、「身分の低い人々、高い人々」という言葉はありません。
  • この詩篇における神の恩寵用語は、最後の節にある「あなたは、そのしわざに応じて、人に報いられます」の「報いる」シャーレムשָׁלֵם(shalem)という動詞です。ここでの「そのしわざに応じて」とあるのは、神を信頼する者に、自分の力に頼ろうとする者に、それぞれに対して神が報いられるということです。歴史における神の真実は、神を信頼したダビデは元の地位を回復し、自分の力を信頼したアブシャロムは完全に失脚しています。
  • 聖書には、「そのしわざに応じて主が報いられる」ことを繰り返し教えています。人からの称賛を求める者に対してはすでに報いを受け取っており、神からの報いはないとイエスは言われました。最終的に、キリストの再臨において、良いことに対しても、悪いことに対しても、それぞれの行いに対しての報いがあると教えられています(マタイ16:27、黙示22:12)。特に、「神を求める者には、(神が)報いてくださることを信じなければならないのです。」(ヘブル11:6)と述べられ、どんなときでも信仰の道に歩むように促しています。
  • シャーレムשָׁלֵם(shalem)は旧約118回、詩篇17回。完了する、平和を保つ、回復する、完成する、償う、(誓いを)果たすといった意味がありますが、詩篇で「報いる」(reward)と訳されているのは62:12のみです。他に、名詞形はシャロームשָׁלֹוֹם(shalom)で、平和、和解、無事、繁栄、完全を意味します。同じく名詞形セレムשֶלֶם(shelem)は「和解のいけにえ」(fellowship offering)を意味します。セロモーשְׁלֹמֹה(shelomoh)はソロモン王のことです。。

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