祝福の前にくる 失望の理由・・・ | へなちょこ ユテコ の Don't Worry, Be Happy

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僕らは地上では「旅人」
                                          ここでは 感じるまま、気ままに、思ったままを「音楽」と共に・・・。

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【詩篇69篇】o19  指揮者のために。「ゆりの花」の調べに合わせて。ダビデの調べ


psm69:1  神よ。私を救ってください 。水が、私ののどにまで、はいって来ましたから。

psm69:2  私は深い泥沼に沈み、足がかりもありません。私は大水の底に陥り奔流が私を押し流しています。

psm69:3  私は呼ばわって疲れ果て、のどが渇き、私の目は、わが神を待ちわびて、衰え果てました。

psm69:4  ゆえなく私を憎む者は私の髪の毛よりも多く、私を滅ぼそうとする者、偽り者の私の敵は強いのです。それで、私は盗まなかった物をも返さなければならないのですか。

psm69:5  神よ。あなたは私の愚かしさをご存じです。私の数々の罪過は、あなたに隠されてはいません。

psm69:6  万軍の神、主よ。あなたを待ち望む者たちが、私のために恥を見ないようにしてください。イスラエルの神 よ。あなたを慕い求める者たちが、私のために卑しめられないようにしてください。

psm69:7  私は、あなたのためにそしりを負い、侮辱が私の顔をおおっていますから。

psm69:8  私は自分の兄弟からは、のけ者にされ、私の母の子らにはよそ者となりました。

psm69:9  それは、あなたの家を思う熱心が 私を食い尽くし、あなたをそしる人々のそしりが、私に降りかかったからです。

psm69:10  私が、断食して、わが身を泣き悲しむと、それが私へのそしりとなりました。

psm69:11  私が荒布を自分の着物とすると、私は彼らの物笑いの種 となりました。

psm69:12  門にすわる者たちは私のうわさ話をしています。私は酔いどれの歌になりました。

psm69:13   しかし主よ。この私は、あなたに祈ります。神よ。みこころの時に。あなたの豊かな恵みにより、御救いのまことをもって、私に答えてください。

psm69:14  私を泥沼から救い出し、私が沈まないようにしてください。私を憎む者ども、また大水の底から、私が救い出されるようにしてください。

psm69:15  大水の流れが私を押し流さず、深い淵は私をのみこまず、穴がその口を私の上で閉じないようにしてください。

psm69:16  主よ。私に答えてください。あなたの恵みはまことに深いのです。あなたの豊かなあわれみにしたがって私に御顔を向け てください。

psm69:17  あなたのしもべに御顔を隠さないでください。私は苦しんでいます。早く私に答えてください。

psm69:18   どうか、私のたましいに近づき、贖ってください。私の敵のゆえに、私を贖ってください。

psm69:19  あなたは私へのそしりと、私の恥と私への侮辱とをご存じです。私に敵対する者はみな、あなたの御前にいます。

psm69:20  そしりが私の心を打ち砕き、私は、ひどく病んでいます。私は同情者を待ち望みましたが、ひとりもいません。慰める者を待ち望みましたが、見つけることはできませんでした。

psm69:21  彼らは私の食物の代わりに、苦味を与え、私が渇いたとき には酢を飲ませました。

psm69:22  彼らの前の食卓はわなとなれ。彼らが栄えるときには、それが落とし穴となれ。

psm69:23  彼らの目は暗くなって、見えなくなれ。彼らの腰をいつもよろけさせてください。

psm69:24  あなたの憤りを彼らの上に注いでください。あなたの燃える怒りが、彼らに追いつくようにしてください。

psm69:25  彼らの陣営を荒れ果てさせ、彼らの宿営にはだれも住む者がないようにしてください。

psm69:26  彼らはあなたが打った者を迫害し、あなたに傷つけられた者の痛みを数え上げるからです。

psm69:27  どうか、彼らの咎に咎を加え、彼らをあなたの義の中に入れないでください。

psm69:28  彼らがいのちの書 から消し去られ、正しい者と並べて、書きしるされることがありませんように。

psm69:29  しかし私は悩み、痛んでいます。神よ。御救いが私を高く上げてくださるように。

psm69:30  私は神の御名を歌をもってほめたたえ、神を感謝をもってあがめます。

psm69:31  それは雄牛、角と割れたひずめのある若い雄牛にまさって主に喜ばれるでしょう。

psm69:32  心の貧しい人たちは、見て、喜べ。神を尋ね求める者たちよ。あなたがたの心を生かせ。

psm69:33  主は、貧しい者に耳を傾け、その捕われ人らをさげすみなさらないのだから。

psm69:34  天と地は、主をほめたたえよ。海とその中に動くすべてのものも。

psm69:35  まことに神がシオンを救い、ユダの町々を建てられる。こうして彼らはそこに住み、そこを自分たちの所有とする。

psm69:36  主のしもべの子孫はその地を受け継ぎ、御名を愛する者たちはそこに住みつこう。

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おはようございます。

やっぱり、朝はサム~ございますね。

皆さん体調管理にはくれぐれも気をつけましょうね。



では早速、共に詩篇を。

今日僕の心に留まったのはこんな言葉。

psm69:1  神よ。私を救ってください 。水が、私ののどにまで、はいって来ましたから。





少し考えさせられた問題がある。

それは

神様の助けは何故遅いのか?もしくはもうダメ!と諦めた後なのか・・・?って事。




何故だと思います?





僕は昨日こんな考えが心に入ってきた。

それは

サタンは神様からの祝福を遮る・・・という事。



ならば

サタンが一番効率のいい遮り方はどのタイミングなのか?って感がえた。

すると・・・

やはり、神様がその人に与えようとするタイミングの直前なのかも・・・。




どう?





皆さんはどう考えられます?





サタンは神様が創造された僕らと神様との関係を妬んでいる。

どうして、神よりも優れた(サタンが勝手に思ってるだけ)オレよりも人を大切に大切に扱うのか?

何故、人だけを愛する存在として創造したのか?

(サタンは神様から与えられた知恵と力とにすがって神様から離れた。

与えられたものなのにも関わらず・・・。)


サタンは神様から切り離され

永遠の滅びを受ける事に決められたときから、一番神様が大切にしている人を狙った。

サタンの目的は、此処だけに絞られた。神さまの祝福を受け取らせずに殺す事。




だとしたら・・・

僕らには神様からの祝福は用意されてても

色んなサタンの策略によって、阻まれている。




だから、

僕らは神様からの祝福を受け取る手前で失望させられうなだれる事が多いんだと思わされた。




でも、今日のダビデさんの詩篇でもそうだけど

それを解決する方法が一つだけ用意されている。


ダビデさんを通してその見本を神様は僕らに与えられている。

それは、賛美だ。


賛美って歌を歌う・・ラララってなだけじゃない。

そもそも、賛美とは神様の実際を言葉として発する事。


その為には、目に見えるコトや、感じる事に縛られずに、

神様の用意された将来の事実に目を留める必要がある。


そして、未だ見ぬ神様の備えられた事実がなると信じてソレを選ぶ事が必要となる。




邪魔するのは何?

それを阻もうとするのはなんだろう?



ソレは、サタンによる将来へのイメージ。

コイツが結構効いてる。。


そいつを一掃するのが賛美でもあったりする。

サタンの与えるイメージを一掃するのは僕らの力では無理だ。


神様じゃないと。

神様の領域に入れば、サタンの力は完全に消滅する。

(サタンは其処に居座る事ができないからね。)



だから、いつもの様に自然と頭に送られてくるサタンのイメージをそのまま選ぶ必要はない。


今日僕らもダビデさんのように

神様の実際を言葉に発しようと行動を選ぶ事が出来るのだから。

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psm69:30  私は神の御名を歌をもってほめたたえ、神を感謝をもってあがめます。

psm69:31  それは雄牛、角と割れたひずめのある若い雄牛にまさって主に喜ばれるでしょう。

psm69:32  心の貧しい人たちは、見て、喜べ。神を尋ね求める者たちよ。あなたがたの心を生かせ。

psm69:33  主は、貧しい者に耳を傾け、その捕われ人らをさげすみなさらないのだから。

psm69:34  天と地は、主をほめたたえよ。海とその中に動くすべてのものも。

psm69:35  まことに神がシオンを救い、ユダの町々を建てられる。こうして彼らはそこに住み、そこを自分たちの所有とする。

psm69:36  主のしもべの子孫はその地を受け継ぎ、御名を愛する者たちはそこに住みつこう。

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僕らは常に何かを選んでいる。

いつも神様を選び続けていたいですね。






心が否定しても、バイブル(神様)の言葉を選んで過ごせたらいいですね。
だから、大丈夫だ!と言葉を発してみませんか?




僕らは今日も大丈夫!!


神様・・

eps1:17  どうか、私たちの主イエス・キリストの神 、すなわち栄光の父が、神を知るための知恵と啓示の御霊を、与えてくださいますように。

eps1:18  また、心の目 がはっきり見えるようになって、神の召しによって与えられる望みがどのようなものか、聖徒の受け継ぐものがどのように栄光に富んだものか、

eps1:19  また、神の全能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力がどのように偉大なものであるかを、が知ることができますように。



ジーザス(イェス様)の名前で
a-men.



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詩69篇(1) 「御顔を向ける」 פָּנָה パーナー

〔カテゴリー愛顧〕

16節「あなたの豊かなあわれみにしたがって、私に御顔を向けてください。」(新改訳)
16節「あなたのあわれみの豊かなるにより、わたしを顧みてください。」(口語訳)

Keyword; 「御顔を向ける、顧みる」to turn, to turn toward,
25:16/40:4/46:5/69:16/80:9/86:16/90:9/102:17/119:132

  • パーナーפָּנָה(panah)の基本的な意味は、「ある方向に向く、行く、見る」こと。「向きを変える、向き直る、振り返る」です。礼拝用語としては、御顔を「仰ぎ見る」という意味で使われます。恩寵用語としては、「御顔を私の方に向ける」という意味で使われます。
  • パーナーפָּנָה(panah)は、旧約では134回、詩篇では9回使用されていますが、そのうちの4回はほとんど似ています。似ている点とは、すべてが嘆願の祈りであり、「あわれみ」ということばが附随していることです。換言するならば、御顔を自分に向けていただけるということは、主の豊かなあわれみ以外のないものでもないということになります。
  • 「私に御顔を向けて、私をあわれんでください。」(25:16/89:16/119:132)
  • 「あなたの豊かなあわれみに従って、私に御顔を向けてください。」(69:16)
  • 人はだれでもしっかりと自分に向き合ってくれる存在を必要としています。心に一物がある場合には、顔を向き合わせることはありません。顔を向き合わせることなく、無視したり、背を見せたりすることは明白な交わりの拒否的行為です。創世記4:5には「カインはひどく怒り、顔を伏せた」とあります。逆に「心に喜びがあれば顔色を良くする」(箴言15:13)ということになります。このように、「顔」つきは私たちがどのような者であるかということに関係し、私たちの感情やムードや性質など、内面で起こっていることを反映します。「顔」はその人の内側のものが映し出されるのです。
  • イエスの弟子ペテロは決して自分がつまずかないことを大言壮語していましたが、いとも簡単にイエスを裏切りました。そのとき聖書には「主が振り向いてペテロを見つめられた。ペテロは、『きょう、鶏が鳴くまでに、あなたは、三度わたしを知らないと言う』と言われた主のおことばを思い出した。」(ルカ22:61)とあります。イエスはペテロの裏切りを予見していました。そしてペテロに対する主のまなざしは実にあわれみに満ちたものでした。このあわれみに満ちた御顔のまなざしこそ、ペテロを悔い改めに導いたと信じます。もし主の御顔が厳しく怒ったものであったなら、ペテロは立ち直れたかどうかわかりません。
  • 「主は、あわれみ深く、情け深い、怒るにおそく、恵み豊かである。主は、絶えず争ってはおられない。いつまでも、怒っておられない。・・主は、私たちがちりにすぎないことを心に留めておられる」(詩103篇8節)のです。-主のあわれみに満ちた御顔のまなざしこそ、私たちにとって救いなのです。

http://meigata-bokushin.secret.jp/index.php?%E6%81%A9%E5%AF%B5%E7%94%A8%E8%AA%9EPs69%281%29

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詩69篇(2) 「高く上げる」 שָׂגַב サーガヴ

〔カテゴリー救出〕

29節「・・神よ。御救いが私を高く上げてくださるように。」」(新改訳)
29節「・・神よ。あなたの救いがわたしを高い所に置かれますように。」(口語訳)

Keyword; 「高く上げる、保護する、強大にする」 lift high, protect, be keep,
20:1/59:1/69:29/91:14/107:41/139:6/148:13

  • 「高く上げる、高い所に置く」と訳されたサーガヴשָׂגַב(sagav)は、旧約で20回、詩篇では7回使われています。このことばが礼拝用語として用いられるときには、神を「あがめる」という意味ですが、恩寵用語として用いられるときには、神が人を「高く上げる」「保護する」「強める(強大にする)」という意味になります。
  • ちなみに、詩篇で「高く上げ」と訳されているのは59:1、69:29、91:14、107:41の四箇所です(ただしいずれも新改訳。NIV訳では107:41のlift以外は、すべてprotectが当てられています)。つまり、「高く上げる」というのは、「守る、保護する」と同義であることが分かります。
  • 本文では嘆願として使われていますが、状況としては、作者が自分は「苦しんでいます」(v.20)、「ひどく病んでいます」(同)、「奔流が私を押し流しています」(同)、「悩んでいます」(v.29)、「病んでいます」(v.29)とあるように、悩みと心の痛みの中で自分の置かれている状況を訴えています。それは、さげすみそしり、のけもの、孤独-同情する者も慰める者もだれひとりとしていないーゆえの苦しみと心の痛みです。
  • そんな状況の中で作者は神に呼びかけています。「私を高くしてくださるように」と。現代の日本の若者たちには「悩む力」が欠けていると言われます。「悩む力」とは、問題意識、危機意識を持つ力です。その力が希薄であるということは悩まないということであり、問題意識が希薄であるということです。
  • 詩篇の作者は、悩みの中で、主の保護を求める同時に「私は神の御名を歌をもってほめたたえ、神を感謝をもってあがめます。・・それは主に喜ばれる」(30節)ことだとしています。問題が解決してから、悩みがなくなってからではなく、そのただ中で神を賛美できることは、神によって高く上げられた証拠です。それは容易にできることではありません。
  • 肉体的な痛み、心の痛みは、ときには生きる意欲を失わせ、集中力さえ奪ってしまいます。痛みに心のすべてが集中してしまいやすいのです。しかし、詩篇の作者は神によって力づけられ(strenghth)、強められて、高くされています。傍目から見るならば、神によって「守られている」ように見えるはずです。これはやがて私たちの救い主として来られるイエスの姿を指向しています。そしてそのような姿を見て、「柔和なる者はこれを見て喜ぶ。ヤーウェを求める者よ、君たちの心は生きる」 (32節、関根訳)としています。信仰の創始者であり完成者であるイエスを仰ぎ見るとき、このことが私たちの内に実現するのです。

http://meigata-bokushin.secret.jp/index.php?%E6%81%A9%E5%AF%B5%E7%94%A8%E8%AA%9EPs69%282%29

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