それは主の都から、不法を行なう者をことごとく断ち切るためです。 | へなちょこ ユテコ の Don't Worry, Be Happy

へなちょこ ユテコ の Don't Worry, Be Happy

僕らは地上では「旅人」
                                          ここでは 感じるまま、気ままに、思ったままを「音楽」と共に・・・。

。。。。。。。。。。

 

【詩篇101篇】o19  ダビデの賛歌


psm101:1  私は、恵みとさばきを歌いましょう。主よ。あなたに、ほめ歌を歌いましょう。

psm101:2  私は、全き道に心を留めます。いつ、あなたは私のところに来てくださいますか。私は、正しい心で、自分の家の中を歩みます。

psm101:3  私の目の前に卑しいことを置きません。私は曲がったわざを憎みます。それは私にまといつきません。

psm101:4  曲がった心は私から離れて行きます。私は悪を知ろうともしません。

psm101:5  陰で自分の隣人を そしる者 を、私は滅ぼします。高ぶる目と誇る心の者に、私は耐えられません。

psm101:6  私の目は、国の中の真実な人たちに注がれます。彼らが私とともに住むために。全き道を歩む者は、私に仕えます。

psm101:7  欺く者は、私の家の中には住みえず、偽りを語る者は、私の目の前に堅く立つことができません。

psm101:8  朝ごとに、私は国の中の悪者をことごとく滅ぼします。それは主の都から、不法を行なう者をことごとく断ち切るためです。


 

。。。。。。。。。。


おはようございます。

5月最終の日曜には蛍狩りをほぼ決定しましたユテコです。

今回は和歌山の蛍の里?だったかな?結構不確かですが、ご興味のある方はメールを。。



では、早速ダビデさんの詩篇を。

今日、僕の心に留まった言葉はコチラ。

psm101:8  朝ごとに、私は国の中の悪者をことごとく滅ぼします。それは主の都から、不法を行なう者をことごとく断ち切るためです。




ま~ダビデさんは素晴らしい!!

僕らは、そうダビデさんを身近でない存在にしがちではないだろうか?

確かに此処で記されているダビデさんの思いは、今の僕らにはないかもしれない。



でも、この『 不法を行う者 』 をことごどく断ち切るという言葉をこう変えてみてはどうだろう?


『 サタン 』。




このブログを読まれている方は、忍耐強いと思わされる。

何故なら、通常教会ではあまり語られない サタン という名を連発するからね。

僕がサタンの存在を明確にし始めたのはこんな箇所から。


 

eps6:12  私たちの格闘は血肉に対するものではなく、主権、力、この暗やみの世界の支配者たち、また、天にいるもろもろの悪霊に対するものです。



そして、

1cor9:26  ・・・・・ 空を打つような拳闘もしてはいません。



僕らの闘いは血肉のものではないと語られている。

空を打つような闘いもダメだよって云われている。





僕らはどちらの云う事にも、耳を傾ける事が出来ないようになっているのかもよ。


何故なら

僕らは直ぐに自分自身を責め、なんとかしなきゃと頑張る!!んだから。




その行動・思いは、正しいのだろうか?

もしかしたら、サタンに騙されているのかもしれない。



僕らはサタンの支配下にあり

僕らの肉体には、サタンの遺伝子が組み込まれたように引きずられるんだから。



でも、僕らの戦いは血肉ではない。





サタンは闘いを、自分自身にむけないよう

その責任はお前の肉体にある!心にある!お前の身体が原因!

そんな囁きによって僕らの心を誘導する。



空を打つような拳闘もしてはいません。




僕らは空を打つようにしむけられている。

制限された肉体には、見えることがないもんね。





僕らはダビデさんの様に戦うことが出来る。

心の中に囁くサタンへ僕らは目を向ける事が出来る。

自分に与えられた肉体や心に向けて責める事は止めてみませんか?




僕らの戦いは僕らの心に囁いてくる奴なのかも。

でも、戦いは肉体を持ったサタンの支配下の僕らだけでは無理。

だから、神様の領域に入って戦う備えをしないと・・・。

この話はまた今度。



では、今日も素敵な一日に

隠された素敵を探しに今日もでかけましょう。


では。