私の神よ。私のたましいは御前に絶望しています。 | へなちょこ ユテコ の Don't Worry, Be Happy

へなちょこ ユテコ の Don't Worry, Be Happy

僕らは地上では「旅人」
                                          ここでは 感じるまま、気ままに、思ったままを「音楽」と共に・・・。

いや~。御免なさい。


もしかして、いつも読んでくださってる方、ホンマにすいません。

メンテナンスがあったのに気づかず、夜中の2時を越えて驚いてしまいました。

すいませんでした。


こんな時間になりましたが、早速(今日は会社から・・)

。。。。。。。。。。

 

【詩篇42篇】o19  指揮者のために。コラの子たちのマスキール


psm42:1  鹿が谷川の流れを慕いあえぐように、神よ。私のたましいはあなたを慕いあえぎます。

psm42:2  私のたましいは、神を、生ける神を求めて渇いて います。いつ、私は行って、神の御前に出ましょうか。

psm42:3   私の涙は、昼も夜も、私の食べ物でした。人が一日中「おまえの神は どこにいるのか。」と私に言う間。

psm42:4   私はあの事などを思い起こし、御前に私の心を注ぎ出しています。私があの群れといっしょに行き巡り、喜びと感謝の声をあげて、祭りを祝う群集とともに神の家へとゆっくり歩いて行ったことなどを。

psm42:5 わがたましいよ 。なぜ、おまえは絶望しているのか。御前で思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。御顔の救いを。

psm42:6  私の神よ。私のたましいは御前に絶望しています。それゆえ、ヨルダンとヘルモンの地から、またミツァルの山から私はあなたを思い起こします。

psm42:7  あなたの大滝のとどろきに、淵が淵を呼び起こし、あなたの波、あなたの大波は、みな私の上を越えて 行きました。

psm42:8  昼には、主が恵みを施し、夜には、その歌が私とともにあります。私のいのち、神への、祈りが。

psm42:9  私は、わが巌の神に申し上げます。「なぜ、あなたは私をお忘れになったのですか。なぜ私は敵のしいたげに、嘆いて歩くのですか。」

psm42:10  私に敵対する者どもは、私の骨々が打ち砕かれるほど、私をそしり、一日中、「おまえの神はどこにいるか。」と私に言っています。

psm42:11 わがたましいよ 。なぜ、おまえは絶望しているのか。なぜ、御前で思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。私の救い、私の神を。


。。。。。。。。。。


今日の箇所は凄く大切なところかも。。。



一先ず、僕の心にとどまった言葉から。

私の神よ。私のたましいは御前に絶望しています。



ダビデさんも絶望していた。

ガビーン。

俺なんて、こんなヘッポコ、絶望の絶望やで~。。。





でもね、

ここからが面白いところ。

psm42:5 わがたましいよ 。なぜ、おまえは絶望しているのか。御前で思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。御顔の救いを。




ダビデさんは誰と話してるのでしょうか? 神様と・・・おまえって・・誰?


そうなんです。

おまえって言うのは、おんなじダビデさんの事だよね。



頭おかしーなったん?ダビデさん。

違うんだよね~。





バイブルでは人の成り立ちは3つによって構成されていると云われている。

それは、

『 霊 』 『 魂 』 『 肉体 』 だ。



『 肉体 』は、当然僕らの身体の事。

そして、

『 魂 』は、それに宿る心って感じかな。


でもね、バイブルには其の後に特別なものが記されている。

それが『 霊 』だ。





少し補足がないと理解が難しいので少々。


神様は霊的な存在。それは、何にも捕らわれないって事。

当然、あらゆる形に捕らわれたら、捕らえたものの方が上位に立つって事は理解できるかな?

捕らえられたものは其の物に属してるって事。


何にも捕らわれることのない方は、全てを創り出す方だって事。

神様は何にも捕らわれることのない全ての全てって事を覚えておいてください。




そして、

僕らはどうなのかって事。

(ここから僕の解釈になるから、間違ってたら御免なさい。)

僕らは、実は霊的な存在というのが正しい考え方。


霊という部分が本体で、

与えられた肉体そして魂(心)を管理するように神様に任されている。



むむむ・・・。

簡単に云うと、ナイトライダーみたいな感じ?ガンダムみたいな感じ?


要は、肉体っていう感情のあるロボットなり車なりに乗り込んでる感じ。

乗り込んだ僕ら自身を『 霊 』として

感情のあるロボットなり車なりを『 肉体 』とする。その心を『 魂 』とする。


例えが不味いんだけど、そんな感じなんだ。





僕が言いたいのは、ココ。

わがたましいよ 。なぜ、おまえは絶望しているのか。御前で思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。御顔の救いを。



たましいは、絶望しても、

僕自身は絶望を受け入れる必要がないって事。




それは、僕自身は

『 肉体 』 に属す 『 魂 』 が、僕本体ではないって事。


『 霊 』 こそが、僕自身だってこと。





僕らは、霊という存在を知らないし、

それ自体ヘンチョコな迷信みたいに教えられているからね。



でも、バイブルではこう解釈している。





って、立場でもう一度ダビデさんの言葉みてみようか・・。

わがたましいよ 。なぜ、おまえは絶望しているのか。御前で思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。御顔の救いを。



霊は、神様が全てを良くしてくれる事を知り、それを信じている。

だから、肉体に属する魂に

「アホ~。そんなサタンの囁きに耳を傾けてどないすんねん~!!」

「しっかりせ~!神様はおまえの身体も魂も絶対守るから、お前が今それを理解できなくてもそれ信じとけー。」



なんか、役割わかりました??



ダビデさんがヘンチョコになってるんじゃなくて

僕らが特別な存在だと知ることが出来れば、この理解は出来ることになる。



面白いでしょ。


これが解ったら、基本的に絶望しても大丈夫だって事が解ってくる。

ふふ不思議すぎる。。




神様は不思議な方で

そして、その方に創られた僕らは特別な存在だ。





また、こんなダビデさんの叫びいっぱい出てくるから

そんな時にまた補足するからね。




では、今日は日が暮れてからのバーババイブルでしたが、

皆さんご容赦くださいね。




では、明朝。

またお会いしましょう。