脈略もなく耳が拾った言葉や、ふと浮かびそのまま通り過ぎようとしたモノクロームに、ふいに足を止めて捕らわれることがあります。
無意識に集めたキーワードの点と点が繋がり、線となったときのガッテンが、小気味よく日常には落ちていて、ささやかな嬉しさに、ちょっとばかり今を肯定的に捉えられたり、歩調がスタッカートになったり。
とどのつまり、相変わらずな日々なのですが。(笑)
先日、高校の同級生の結婚式に行ってきました。
私の知っている新婦は高校時代のままで止まっていたので、見知らぬ人々に囲まれ、スポットライトの中心で祝福されている彼女を見ると、全くの別人のようにも思えたりして。
空白の時間を否めません。
同じダンス部で青春を共にしていた頃、彼女は寡黙で自己主張も少なく、ダンスという選択をした意外性の方が大きかったように思います。
しかし、次第に彼女という人がわかったときに、あんなに心の噴き出しがZIP圧縮された子はいなくて。
それは今思うと彼女のあのキレ味あるダンスからも見てとれたのだなぁと、回想にふけっていたら、彼女がこちらに近づいて来て、今日は来てくれてありがとうと涙目で伝えてくれました。
あ、私の知ってる顔と、知らない顔が混ざり合って、歳を重ねたんだな。
突然今の彼女になったわけではないのだと。
なぜか咄嗟にそんなことを思いました。
私がうだうだと空回りをしていた一方で、旧友もまた山あり谷あり。
今日と言う日は、間違いなく彼女にとって特別な日なわけで。
物語ならばハッピーエンド。
めでたし、めでたし。
そして並行して数え切れないアナザーストーリー。
誰かにとって、特別な日。
誰かにとって、あともう一日生きたいと願った日。
何の変哲もない一日。
でも新学期に新調したノートがいつの間にか使い込まれるように、いつまでも新品のままではいられないでしょう。
山も谷も消えない。
これからもずっと。
until my last breath.
最後のひと息になったとき、すべてはトントンになる。
だから、選択を繰り返し繰り返し、今より一秒先に進んでいくしかない。
人生にとって正解といえる選択はあるのか?
人生にとって失敗といえる選択が何なのか。
でも、私はこの言葉を選んだ。
でも、私は今を選択した。
今という言葉に、少しだけ前向きになれたような。
私も私なりの速度で、特別な日と特別ではない日を繰り返せばよいのだと、改めて深呼吸し前を向きました。