はだしのゲンに閲覧制限がかかるとか。
日夜報道番組などで取り上げられ物議を醸しています。
個人的に私は反対です。
なぜ今になってにわかにそのような対象として取り扱わられることになったのか、その経緯がまず釈然としません。
残虐な描写?
そんなものは他にもゴロゴロ転がっています。むしろもっと根拠なく残忍な作品は、バーチャル世界での創作の方が酷いとすら思えますが。
私の母が幼い頃、厳粛な祖父の拘りある教育方針のもと、本棚に置くことを許された唯一の漫画があって、それは白土三平さん作のカムイ伝だったそうです。
カムイ伝(wikipediaより)
江戸時代の様々な階級の人間の視点から重層的に紡ぎ上げられた物語。「カムイ」とは主人公である忍者、およびサブストーリーとして語られる狼の名前である。主にカムイ(非人)、正助(農民)、竜之進(武士)という三者三様の若者を中心に物語は展開されてゆくが、人間のカムイは物語の進展にともない傍観者的になり、農民の正助が物語の中心になっていく。江戸時代初頭の架空の藩を舞台に展開され、主人公もまた架空の人物である。百姓道具の発案を作中の架空の人物にさせていることや、作品の発表された時代背景により「穢多」「非人」身分を全て「非人」に統一しているなど、フィクション的要素も多い。旧来の漫画にはみられない様々な群像が入り乱れる骨太のストーリーが高く評価され、時代小説に比しても遜色ない漫画路線の礎を築いたとされる。
確かにフィクション的な要素も強いけれど、作者の勤勉な歴史理解への姿勢無くしては実現でき得ないくらいに細部まで描かれた作品で、中には人間として扱われない穢多・非人の貧民層で残虐な理不尽を課され、発狂してしまう描写も多々あります。
母も私が小学生の頃、本棚に全巻揃えてカムイ伝を置いてくれましたが、最初は文章が多くて、手にとってもなかなか頭に物語が入って来なかったので、本棚の隅っこにねむらせていました。
高学年になって初めておじいちゃんのエピソードを母から耳にし、興味をもって再びページを開いたときに、身体中を雷に打たれたような衝撃が私を襲い、朝が来ることも気付かず没頭することになったのでした。
私はその作品から、様々な大人達がひた隠しにしていた配慮ある言葉、否、モゴモゴと歯切れの悪い行間の裏側に潜む真意を知ることになりました。
もしこの作品が件のはだしのゲンのように突如に閲覧制限がかかったとしたら、非常に残念です。
子どもがよくも悪くも残酷であるのは、知らないからという部分が大きいのではないかと思うのです。
知るか知らないかは大人の選択に委ねればよい、それはごもっともであると同時に、私は私の母の選択に感謝しているからこそ、事実を知ることに怯むべきではないと思います。
子どもは親を選ぶことができないのだから。