トガニ 幼き瞳の告発
韓国・光州市にある聾学校で実際に起きた複数の教師による生徒への性暴力事件がモチーフとなった作品です。当時、加害者の教職員らの一部が執行猶予付きの判決を受け、一部は同校に復職していることに憤りを感じた韓国人気作家のコン・ジヨン氏が小説化し、それを目にした人気俳優コン・ユ氏が映画化を熱望したのだそうです。
この小説化、映画化によって理不尽にも埋没しかけていた事件は、韓国中で瞬く間に話題になりました。映画を見たイ・ミョンバク大統領が、障害者への関心の低さが事件の背景にあるとして「社会の意識改革」を訴え、韓国政府は現場となった学校を廃校とし、全国の障害者学校を総点検するなどの対策に乗り出し、法の改正(映画にちなんで改正案はトガニ法と名付けられた。)にまで及んだそうです。
まるで今年のオリンピックのジャッジのようなお話です。スポーツと比較しては不謹慎かもしれませんが、スポーツでさえ理不尽な判定には憤りを覚えるのに、現実には覆らない事件の方が大半です。それにオリンピックのジャッジであればもっとシンプルです。スローモーションで確認できるのですから。本事件の最悪性は、この映画のタイトル「トガニ(るつぼ)」にあるように、当時のジャッジする側(警察、検事)や地域全体が加害者らとの裏取引によって公正な判断をくださなかった点にあります。守るべき立場にある人間が個人の利権により倫理に反し、悪をも善しとする動きもまかり通る。弱者はそんな鼻で笑ってしまいたくなるようなことにも翻弄されなくてはいけないのです。
これを「映画」という枠で判断するには意見が別れるかもしれません。今まで怒りが原動力となる映画は沢山あったでしょうが、ここまで全体が終始一貫してただならぬ覚悟と気迫に満ちている作品はなかなかありません。映画は単なる手段に過ぎなかった、と言わんばかりでした。
私はこの作品が「告発」という一つの目的を果たすためだけに制作され、エネルギーすべても注がれていたように思えました。そのためだけに、無駄を削がれ、必要以上の脚色もせずに構成されています。
幼い少年少女の瞳はまっすぐスクリーンを通してこちらが焦げる程に直視してきます。ただ悪しき一点を指差して。その真剣さは観る側に有無を言わせない鋭さで捉えて離しません。
続々と暴かれる悲惨な事件の数々はショッキングで思わず目を反らしたくなります。原作者のジヨン氏も「書いている間は爽やかな気持ちではなく、体調も優れなかった」と打ちのめされたそうで、「世間では性暴力、わいせつな行為と簡単な表現をしますが、その言葉の中にどれほどの重み、業、傷があるか。最大限に上手く読者に伝えたくて、表現に気を使いました」と執筆中の苦労があったそうですが、それでも小説化はごく一部の例だそうで、「現実はもっと酷かった」という事実を記事で読んで愕然としました。
私が映画に求めるのはエンターテイメントであったり、日常からの逃避行であったり、未来に対して肯定的な何かなので、当初は牽制していました。誰が好き好んで少年少女の性的暴行事件の実態を観たいと思うでしょうか。
観なくてはいけないと思ったのは、この事件(ケース)がただの奇跡なんかではなくて、他にも埋没しかけている世界中の悲鳴が、一つでも多く救われ、尊重されればという思いでした。
でも正直、二度と観たくはありません。
