あなたたちは、真理に従うことによって自分の心を清め、同信の兄弟たちに対して見せかけでない真実の愛をいだくようになったのだから、お互いに心をこめて深く愛し合いなさい。

 

あなたたちが新しく生まれかわったのは、神のつねに変わらぬ生きた言葉による。つまり、あなたたちの新しい生みの親は、人間ではなく永遠なる神なのである。

 

「人は、みな草のごとく、その栄華もまたすべての草。草は枯れ、花は落ちる。しかし、主の言葉は永遠に保つ。」(イザヤ40:6~8)

 

この言葉こそ、あなたたちに宣べ伝えられた福音の言葉なのである。

 

(ペテロ第一1:22~25)柳生直行訳

 

みことばを読むときは、よく考え、理解し、みことばをこころにとどめるようにしてください。

 

真理に従うことで、あなたは自分のこころを清めることができるとペテロは言いました。

 

そして、お互いに心をこめて深く愛し合いなさいと。

 

真実の愛は神が持たれる愛ですね。

 

この愛を抱けるということは、御霊(キリストの霊)をもっているということです。

 

ペテロは新しく生まれ変わったと言っていますから、新生した人は、神のつねに変わらぬ生きた言葉によって、新生したということです。

 

新生したなら、生みの親は、人間ではなく永遠なる神だとペテロは言っています。

 

そういうことなのかと思えばよいのです。

 

イザヤの聖句から、神の言葉は永遠に変わることがないと分かります。つまり神の言葉を食するならその人は、永遠に生きることになるのです。命を与えるものは神の霊だからです。

 

 

53 イエスは彼らに言われた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。人の子の肉を食べ、またその血を飲まなければ、あなたがたのうちに、いのちはありません。

54 わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠のいのちを持っています。わたしは終わりの日にその人をよみがえらせます。

55 わたしの肉はまことの食物、わたしの血はまことの飲み物だからです。

 

(ヨハネ6:53~55)新改訳

 

63 いのちを与えるのは御霊です。肉は何の益ももたらしません。わたしがあなたがたに話したことばは、霊であり、またいのちです。

 

(ヨハネ6:63) 新改訳

 

 

 

また、イエスを信じる人は、たとえ死んでもよみがえり、また生きていてイエスを信じる人は決して死なないのです。

 

 

25 イエスは言われた。「わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、死んでも生きるのです。

26 また、生きていてわたしを信じる者は、決して死ぬことがありません。このことを信じますか。」

 

(ヨハネ11:25~27) 新改訳

 

 

このことは携挙のときに実現します。

 

 

13 眠った人々のことについては、兄弟たち、あなたがたに知らないでいてもらいたくありません。あなたがたが他の望みのない人々のように悲しみに沈むことのないためです。

14 私たちはイエスが死んで復活されたことを信じています。それならば、神はまたそのように、イエスにあって眠った人々をイエスといっしょに連れて来られるはずです。

15 私たちは主のみことばのとおりに言いますが、主が再び来られるときまで生き残っている私たちが、死んでいる人々に優先するようなことは決してありません。

16 主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、

17 次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。

18 こういうわけですから、このことばをもって互いに慰め合いなさい。

 

(テサロニケ第一4:13~18) 新改訳

 

 

 

これが福音です。