毎年今頃になると雪山に行きたくて気持ちが落ち着かない。

 

比較的天候も安定して、積雪も最も多い時期で、雪と戯れるには

いい季節だ。

家族とともにスキー、スノボーでゲレンデを飛び回っていたころは、

雪山への気持ちをゲレンデの雪でごまかしていたのかもしれない。

 

数年前の同じような時期に、単独で谷川岳西黒尾根から山頂を目指したことがあった。

夏道の登山口と同じところから一歩入るとラッセルの後もなく、数日前から人の入った

形跡もない。

ワカンをつけていながら膝上ぐらいまである雪をラッセルしつつ登るのが、

なまった体に堪えるのだが、気持ちがいい。

天候に恵まれず、吹雪ではあったが、林の木々が風を弱めてくれていたので

気にせずに上を目指して登った。

やはり、無雪期とは違い、時間は大幅にかかり、天候は悪くなる一方。

自分がラッセルしてきた跡が見る見るうちに消えて行く。

4時間ほど登ったが、今回は無理と判断し、下山。

視界も悪くなり、ラッセル後も消えてしまった。

頭に入っている地形から降るべき方向を判断して、

沢筋に入らないように注意しながら、またまたラッセルしながらの下山。

目標には遠く及ばなかった登山ではあったが、

雪の中での格闘はそれだけでも心を癒すのには十分だった。

 

山に入って、ひたすら登っていると、日常の事から解放されて行く。

特に雪山は人に会うことも極めて少なく、山を独り占めに出来る快感もある。

 

ピッケルを振るい、アイゼンの爪を食い込ませながら息を切らせて登っているときは

ズーットこうして山を歩いていたいと思う。

なににもとらわれず、毎日を山の中で暮らせるようになりたい。

身勝手な思いだ。

 

 

 

夏山の山小屋の賑わいは、山に行ったことのない人には想像が出来ないだろう。

大部屋での一人当たりのスペースはおよそ幅50センチぐらい。

寝返りを打つのも大変で、夜中にトイレに行って戻ってくると、

自分の寝るスペースがなくなってるなんてこともある。

 

そんな混雑が嫌で、山に入る時期を若干ずらし、

梅雨開けギリギリや、紅葉の時期の少し前に行くようにしている。

その分天候に恵まれないこともあるが、雨の中でも山を歩いているだけで

満足できる。

景色が全く見れなくても満足できることが不思議だ。

 

奥秩父で土砂降りの雨の中を一日中歩かされたり、

雪山で雪洞を掘って、一晩過ごさせられたりした若いころの経験からか

山に対する気持ちが、普通に山に登る人と少し違っているのかもしれない。

 

今年は山に行けるだろうか?