小さな会社でもとりあえず経営者として日々仕事をしていると
知り合ったり、出会ったりする相手と何らかの利害関係での
つき合いになり、友人と呼べるようにはなかなかならない。
サラリーマン時代には同僚として極めて親しくしていても
その会社を離れると、付き合いが無くなり結局会社と言う
器の中だけでのつき合いであったことに気づかされる。
利害関係のない、友人と呼べる者はビジネスとかけ離れた
趣味の世界等でない限り難しいのかと思える。
高校、大学時代の友人はそんな利害関係もなく、
いつ会っても、合わなかった時間を飛び越して
素の状態で顔を合わせることが出来るいい仲間だ。
とかく経営者は孤独になりがちで、どんなに社員と
親しくなろうと歩み寄っても、社員の方からすれば
決して友達ではない。どこまで行っても社長の肩書を
無視することが無く、友人としてのつき合いは出来ない。
サークルなりコミュニティなりの何らかの経済的利益を
目的としないグループでは、
共通の目的意識が高まり、友人と言うより仲間と呼んだ方が
相応しい者達の繋がりが出来、絆が強くなっていく。
今の社会情勢では、絆を得られず孤立している者が多くみられ
経済的に恵まれていても、友達の全くいない者もいる。
あるブランドの元社長の奥さん。ご主人と死別し現在
超高級マンションに一人暮らしの方からの仕事の依頼で、
半年近くほぼ毎日かかわったことがあった。
犬と7匹の猫とテレビが話し相手で、
半年の間、一人も訪ねてこなかった。
さらに年賀状はブランドショップからの営業の物だけで、
個人からの物は一通もなかった。
資産は何十億もあり、はたから見れば優雅な生活で
本人も高額なブランド品や信じられないような高額の貴金属を買う事
だけに満足していている。
資産があるからこそ、接する人の態度が全くうわべの物であることに
気が付いていない。誰もホントの事を面と向かって言わないから
周りからどう思われてるのか全く分かってない。
使いきれない資産の上にいるからこそ、それこそ裸の王様状態だ。
もっとも、周りからどう思われようと、本人がよしとしているのであれば
それでもいいのかもしれない。
どう思ってわれようとも使いきれない資産があるのだから。
ヘルパーで老人介護をしている人が週何回かそこに来るようになり
身の回りの世話をするようになった時、
「そんな年寄り早く死ねばいいのに」
とそのヘルパーに言った。言われたヘルパーは泣いていた。
そんな事が有ってそこの仕事からは手を引いた。
可愛そうな人だと思う。
誰からも心底必要にされず、誰もホントの事を言ってくれない。
死んだときに悲しむ者は一人もいなく、兄弟ですら残される資産を
楽しみにしてる。
本人は気づいていないが、それが幸せなんだろうか?
心の底から心配してくれる友がいて、
共に力を合わせて何かをなせる友いて、
必要としてくれる者がいてこそ
生きている実感と幸せを感じられるのではないだろうか。
仲間の大切さを日々実感している。
いかに自分が恵まれてるか、仲間と呼べる者の存在に
いつも感謝してます。