パソコンを始めてコピーペーストを知った時は感動した。
慣れないキーボードから打ち込むのは非常にめんどくさい。
マウスでなぞってコピー、必要なところに張り付け。
こんな便利な機能はない。
コピペ大好き。マウス大好き。
パソコンを始めたころ、ソフトメーカーにマウスは使えないんですか?
と電話で質問したことが有った。
その答えは、
「表計算ソフトですよ。どうやってマウスを使うんですか、そんな機能ある訳ないでしょ。」
と言うことでした。
そう答えた社員は今どうしてる事やら。
どんなソフトもマウスで動かせようになってる今から考えれば、
その時マウスが使える表計算ソフトで市場を独占できたかもしれないのに。
その後そのソフト会社は無くなったみたい。
文章書くにも画像の加工にもとにかくコピペ出来ることで、無駄な作業が大幅に省ける。
画像の加工の時に同じものを描くのはまず無理だからコピペが必ず必要になる。
時間短縮、忙しくて時間を節約したいときには欠かせない。
人の論文コピペして発表して叩かれまくった人もいたけど、
その使い方は間違ってるでしょ。
こうやってブログを書いててもコピペのお世話になってる部分は多い。
メールを書くときにも重宝する。
何人にも似たような内容のメールを出さなくてはならないと時には
コピペの威力は絶大。うっかり間違った数字を入れてしまう事もないし、
一人一人に違った内容を送ってしまう事もない。
一度書けばどこにでも、何度でも使えて便利この上ない。
愛してるよと、ラブレターを長々書いて、手当たり次第にメールを送る際にも
重宝してる人が沢山いそう。
受け取る側は、自分一人に言ってくれてると思えば心が動くこともあるだろう。
手紙で印象的なのは、シラノドベルジュラックの血染めの手紙。
日が落ちて手紙の文字が見えないはずなのに、とうとうと読み上げる場面。
初めて見る手紙の内容を暗くて読めないはずなのに読んでいく。
書いたときのそのままの気持ちが、心の中にコピーされていて、
人生の中で何度も繰り返し反芻されていたのだろう。
伝えることにコピペで済むことと、言葉を変えて伝えた方が良いこと
があり、ラブレターがコピペだと知ったらまず相手は振り向いてはくれまい。
コピペで何人に送ってるか分からないメールで愛を打ち明けられても、
人格を疑われるだけで、嬉しいと思うより迷惑だと思われる。
便利なコピペも使いどころを間違えると手抜きが見えてしまう。
努力しているにもかかわらず、手抜きでその場を繕っているように
とられてしまいかねない。
便利な機能であるからこそ使いどころには気を使う必要がある。
愛の言葉をコピペして語るなら、場所を選ぶ必要がある。
愛を語った、この場にいた者が、
次にコピペの愛を語る場にもいるかもしれない。
何度も同じコピペの愛を語られるのを目の当たりにすると、
本人の努力は判っても、
語っている言葉の薄っぺらさと、
手抜きのいい加減差ばかりが目に付いてしまう。
コピペでいい伝え方と、場所場所に応じたコピペで対応しない方がよい伝え方があるのでは?
コピペのラブレターでもいいからもらえないかなぁ・・・
あなただけにおはよう! おやすみなさい。 愛してるよ。
コピペだとわからなければ大丈夫だよ。