高校時代の事だが、読む本はすべて山に関する本ばかりだった。
国語の授業で読書感想文をと言われれば、山の本についての事ばかりで
先生から古典文学を読むように言われたが全く読まなかった。
中学の頃から山に登り始めていたので高校でも山岳部に入り
頭の中は山の事ばかり。
年間60日ぐらいは山に入っていた。
その頃繰り返し読んでいた本に山岳遭難記が有る。
全6冊で色んな遭難の状況などが詳しく載っている本だ。
どんな状況で遭難していくのか、
目をつぶっても歩けるくらい詳しい山で遭難していく。
その状況が詳しく記録されていて、ずいぶん参考になった。
山岳部時代に3回ほど、もう少しで遭難する場面があった。
秩父で、登山コースでないところを地図を頼りに下山する訓練中、
踏み後もない小さな尾根を尾根筋を伝って下った。
鬱蒼とした樹林がなんだか少し明るくなったような気がして、
先頭でヤブこきをしていた後輩に、地図確認の指示をした。
後輩が地図を確認している間に前に出てみると、尾根がスッパリ
切れ落ちていて藪の先にはなにもなく、あと数歩前に出ていたら
100メートル以上宙を飛んで落ちていただろう。
小さな尾根が枝分かれしているなかで、進むべき尾根から外れた尾根を
降っていたのだ。
何となく周りの雰囲気に違和感を感じたおかげで事故にならず、
予定したルートに戻り下山した。
雪上訓練中にいつの間にか平らなところを歩いてた。
雪の色に違和感を覚えてやや左に進んだにもかかわらず
続いてる者は直進した。
やばいと思いすぐにザックをつかんだのと同時に雪庇の切れ目に落ち、
引きずり上げたとき、雪庇が崩れた。
いつの間にか雪庇のすぐ脇を歩いていたのだ。
雪庇を踏み抜いて谷底に落ちる遭難は結構多い。
ラッセルしながら歩いているとつい平らなところを進みたくなる。
傾斜のある所より歩きやすく楽だからだ。
3度目は、谷川岳肩の広場でのこと、
広場と言っても平らなところではないのに、ここはリングワンデリングの名所。
吹雪で視界を失われてここにある小屋にたどり着けなかったり、
沢筋に迷い込んで遭難するケースの多発地点。
前日雪洞を作りそこをベースにした。
翌早朝快晴の中軽装で出かけた帰路の事。
途中からガスが出て視界が悪くなり始め、
頂上を過ぎて肩の広場に差し掛かるころには
両手を広げたその指先が見えないくらいの風雪。
視界ほぼ1メートル。
当然ベースにした雪洞のある場所は判らない。
とにかく小屋に避難しようと、小屋を探すが見つからない。
自分たちが遭難記にある状況そのままに陥った。
全員で集まり、動かない事に決め、天候の回復を待つことにした。
午後3時半。気温が急速に下がり始め、ガスのせいもあり薄暗くなり
たいした装備もないまま夜を迎える準備を始めた。
雪洞を掘るにもスコップもないピッケルで雪を掘るのだが、一向に進まない。
夢中で掘っているときに何となく明るくなったように感じて、
風よけにしていた岩から顔を出すと、目の前に小屋がある。
ほんの20メートルぐらいの所だ。
小屋さえ見つかれば天候回復を待つにも何の心配もいらない。
その場の状況判断で遭難から避けられる。
その後何度も山に入っているが、一歩間違えれば遭難と言った場面には
出くわしたことがない。
経験が少ない時は経験者の判断を信じ、経験が豊富になってくれば
自分の経験から安全な行動をすればいい。
Youtubeでたまたま遭難の記録動画を見た。
山岳ガイドがついていながら7人中5名が死亡する遭難の動画だ。
典型的な遭難ケースだが、他人事と思えないことがあった。
それは、メンバーの年齢だ。67歳45歳と言った年齢で雪山に入ること自体は
とても素晴らしいことだが、体力的な部分に問題があったように思えた。
遭難した方々の経験については判らないが、自分を考えると、体力的衰えは
致し方なく、3時間で登れるはずの雪山で途中敗退を何度も経験している。
山への情熱だけでは、どうしようもないことで、
それを踏まえたガイドが必要だったのではないだろうか?
50歳からの青春は登山には通用しないのかもしれない。
年齢を考慮して山を楽しむ事を勧めます。

youtubより そして5人は帰らなかった
遭難記録で是非読んでもらいたいのは
風雪のビバーク
彼の行動をどうとらえるか?
読んだ人の意見をお聞かせいただければ幸いです。