「あなたがいてもいなくても、私はうまく息ができない。」
恋愛、家族、友情といった既存の枠組みだけでは語りきれない、人と人とのつながりや「かけがえのない存在」への思いを描いた6篇の短編集である。
どの作品も冒頭で「ん?」と読者の興味を引き、不思議な違和感や謎を抱えながら物語が進む。しかし読み終える頃には、その違和感が静かに腑に落ち、心にじんわりとした余韻を残していく。一穂ミチさんらしい繊細な心理描写と巧みな文章表現が存分に味わえる作品集だった。
特に印象に残ったのは「エンパイアライン」と「たぶんそんな感じ」。「エンパイアライン」は少し狂気をはらみながらもどこか温かく、人の脆さや誠実さが胸に迫る物語。「たぶんそんな感じ」は不思議な設定の奥にある優しさと愛情が心に沁みた。読者間でも人気が高い「月を経る」や「すげえ泣くじゃん」も、それぞれ異なる味わいを持ちながら深い余韻を残してくれる。
一般的な恋愛観や家族観から少し離れた関係性が描かれているが、それゆえに固定観念を揺さぶられ、人が誰かを恋しく思う気持ちや、その存在の尊さがより鮮やかに浮かび上がる。
タイトルの「たぶん、恋しい」も絶妙だ。はっきりと言葉にできない感情、説明のつかない寂しさや愛しさ。それでも確かに胸の中に存在する思いを、著者は丁寧にすくい上げている。
自分にとっての「かけがえのない存在」に思いを馳せたくなる。曖昧な感情にそっと寄り添い、人と人とのつながりの尊さを改めて感じさせてくれる、温かく余韻深い短編集だった。
読後感
言葉にしきれない愛しさや寂しさを見事に描き出した作品集。人は誰かを「たぶん、恋しい」と思いながら生きているのだと感じさせられる。
■目次
エンパイアライン
わたしたちは平穏
月を経る
あなた
すげえ泣くじゃん
たぶんそんな感じ
■著者等紹介
一穂ミチさん
大阪府生まれ。2007年『雪よ林檎の香のごとく』でデビュー。2022年『スモールワールズ』で吉川英治文学新人賞、2024年『光のとこにいてね』で島清恋愛文学賞、同年『ツミデミック』で直木賞を受賞。2022年には大阪文化を担う人材に贈られる咲くやこの花賞(文芸その他部門)も受賞している。
