精神科の現場を「怖い世界」としてではなく、そこで生きる人々の弱さと強さが交錯する場所として描いた一冊。
著者自身の揺らぎが、患者との距離の取り方や治療の核心に深い説得力を与えている。精神科医療のリアルを知りたい人にとって、静かだが重みのある読書体験になると思う。
精神疾患の世界は、知らなければ知らないままでも日常生活を送れてしまう。しかし、必要以上の恐怖や偏見を抱いたまま距離を置くと、実際の姿を見誤ってしまうことがある。
本書は、精神科とはどんな場所で、どんな人が精神疾患で苦しみ、現場ではどのように向き合っているのかを、精神科救急の最前線に立つ現役医師が率直に描いた記録である。
統合失調症、認知症、アルコール依存症、双極性障害、うつ病など、重篤な患者とのやりとりが中心に据えられ、精神科の「きれいごとではない」現実が淡々と、しかし誠実に綴られている。著者自身の過去や日常も織り込まれており、読み手は精神科医という職業の内側にある揺らぎや葛藤にも触れることができる。
精神科の診療は、生きづらさを抱えた人が目の前に現れ、その苦しみを受け止める世界だ。受け止めすぎれば自分が折れてしまうし、突き放せば治療にならない。その絶妙な距離感を保ちながら、夜間も救急も途切れず続く現場の大変さが強く伝わってきた。
著者自身がアルコール依存やマッチングアプリへの依存を経験したからこそ、「安心できる」「信頼できる」という治療の核心に説得力が宿っているように感じた。
〈202ページ 癒されるという体験〉
どの依存症でも、最も重要な治療は「人とのつながり」を取り戻すことだという。自己評価が低く、自信を失い、人を信じられず孤独を深めていく。
その人に必要なのは、「安心できる場所」「信頼できる人間関係」を一緒に育み、人から癒される体験を重ねることなのだと語られている。
目次
まえがき 悪い知らせ
第1章 閉鎖病棟は戦場だ(住所は病院/4半世紀を見つめるレジェンド/只今、神と交信中:「悪霊がついております」ほか)
第2章 のがれのがれて精神科(医者がうつになりまして/同期の笑顔が消えた日/「逃げる」コマンド:精神科医になったワケ ほか)
第3章 診られる側も、診る側も(オソマ:深夜の食事は命取り/熱心な家族:「あなたには精神科医の資格がない」ほか)
第4章 正常ってなんですか?(妄想エンターテイメント/精神科医は統合失調症がお好き/発達障害は育て方のせい?:その子らしさってなんだ ほか)
あとがき 人の心がわかるようになりますか?
著者紹介
駒木 爽さん
1980年代生まれ。大学卒業後は外科医を志すも挫折し、精神科医へ転身。30代で離婚をきっかけに自身もアルコール依存を経験。現在は精神科救急病院に勤務し、救急の最前線であらゆる精神疾患と向き合う現役精神科医。
【No2050】精神科医おどおど日記 閉鎖病棟24時、本日当直、あらゆる精神疾患寝ずに診ます 駒木 爽 三五館シンシャ フォレスト出版(2026/06)
