「はじめに」から
富山だけでなく、多くの地方都市に共通する課題が描かれていると感じた。特に「女性」を統計の数字ではなく、生身の人間として描き出そうとする姿勢に強く共感した。
5P「女性」をただの数値から、血の通った生身の人間へ、解像度を上げることだった。
この言葉に、著者たちの本気が宿っている。数字や政策の議論だけではなく、当事者の声を聞くことの大切さを改めて思う。
山内マリコさんの「帰りたいけど帰れない」を受けて
富山を舞台に小説を書き続ける山内さんの姿勢には、表には出さない「帰りたい気持ち」が潜んでいるように感じた。小説の中で富山を描くことは、現実には戻れない/戻らない選択をしながらも、心の中で故郷と繋がり続けたいという表現なのではないか。
65P「もしかしてわたし、帰りたいかも。帰りたいけど、帰れないのかも。」
この一文に、地方出身者が抱える複雑な思いが凝縮されている。
ともみさんの言葉を受けて
自分自身の経験からも、男女関係なく一度外に出ることで地元を冷静に見られると思う。だからこそ「流出を止める」より「戻ってきたいと思わせる施策」が重要だと強く共感した。
135P「流出を止めるより“戻ってきたい”と思わせる施策を練る方がいいと思う。」
この視点は、地方の未来を考える上で欠かせない。
藤井聡子さんの「語る」を受けて
女性たちが自ら語ること、それが選択肢を広げる力になる。誰かに語られる存在ではなく、自分の言葉で語る主体になることが、地方に生きる人々の灯火になるのだと思う。
213P「語ることで生まれる対話は、彼女たちの足元を照らす灯火となるはずだ。」
この「灯火」という表現に、未来への希望を感じた。
上野千鶴子さんの「選択肢」論を受けて
選択肢があること自体が自由であり力になる。たとえ選ばなくても「知っている」ということが強みになるという視点は、地方に生きる人々にとって大きな励ましだ。
241P「選択肢があることが自由なのよ。」
この言葉を胸に刻みたい。
まとめ
この本を通じて、「地方女子」というテーマは単なる人口動態の問題ではなく、人生の選択・語り・自由の問題であると実感した。
地方に生きる人々が、自らの言葉で語り、選択肢を持ち続けること。それこそが未来を切り拓く力になるだろう。
<目次>
はじめに
第一章 出ていった私たち
地方女子の生きる道 上野千鶴子
帰りたいけど帰れない 山内マリコ
第二章 女性たちの語り
聞き取りにあたって ほか
第三章 対談 上野千鶴子×山内マリコ
地方女子たちの選択
あとがき
上野千鶴子さん
1948年富山県生まれ。京都大学大学院社会学博士課程修了。東京大学大学院教授。女性学、ジェンダー研究のパイオニア。1980年代以降、常に時代の先端を疾走し、現代社会のさまざまな問題を問い続けてきたフェミニスト。近年は、老い、福祉、ケアに専門領域を広げている。1994年『近代家族の成立と終焉』(岩波書店)でサントリー学芸賞を受賞
山内マリコさん
1980年富山県生まれ。2008年に「女による女のためのR‐18文学賞」で読者賞を受賞。12年『ここは退屈迎えに来て』で作家デビュー
