北海道の空の景色は、どんなのだろうか?
くっきりとした青ではなく、白でも黒でもないグレーだと思う。
ぼくは、桜木紫乃さんの落ち着いた書きぶりも、独特の情感あふれる世界感も、紙面上に流れるグレー的な空気感も好きだ。
「兎に角」
二葉は、今日のふたりのように当人同士が節目と決めたところ写す、とっておきの一枚の手伝いをしたいという。
「写真をさ、プリントしたら残るじゃない。データもいいけど、やっぱり不意に目に入ってきたり、思わぬところで開いたり。額に入ってもいいし、本棚にそっと差し込まれるサイズで、時々見てしまうっていうのでもいいと思うのね」
「グレーでいいんじゃない」
楽しめばいいじゃない。突き詰めんなよ。グレーでいいじゃない―
「「わたしね、物心ついてから、ずっと白と黒の鍵盤しか見てこなかったの。何でも、この組み合わせで、美しく奏でられると信じてた。そんな私が、唯一息子のことだけは、グレーでいいと思うようになりました。人の一生を白と黒で分けるのは難しい。あの子がピアノを捨てなかったことが、すべてです。私は自分とあのこの生きた時間に満足します。順番は逆になりましたけど、そう遠くないところでまた会えると思うの。皆さん、どうか、あの子のことを忘れていてやってくださいな」
ひとしきり礼を言って、最後にピアノにひとつキスをしてママはマツに手をひかれながら店を出ていった。
<目次>
兎に角
スターダスト
ひも
グレーでいいじゃない
らっきょうとクロッカス
情熱
桜木紫乃さん
1965年北海道生まれ。2002年「雪虫」で第82回オール讀物新人賞受賞。07年同作を収めた『氷平線』で単行本デビュー。13年『ラブレス』で第19回島清恋愛文学賞、同年『ホテルローヤル』で第149回直木賞、20年『家族じまい』で第15回中央公論文芸賞を受賞。ほかに『ブルース』『裸の華』『緋の河』『ヒロイン』『谷から来た女』『青い絵本』『人生劇場』など著書多数。
