落語や講談、歌舞伎などは、古い時代の物語を演じているのかもしれない。けれども今でもちゃんと残っていて、その流れに普遍性がありこころに通ずるものがある。
江戸時代も現代もやるべきことはやっている。
粋はまさに生である。人間の本質は変わらない。
蔦屋重三郎の生きざまには「張り」があった。
蔦重がこの世に生きていたとしたならば、平凡な毎日は全く歯牙にもかけないだろう。
周りに迎合することなく言うべきことや言いたいことを世の中で伝え発信してきた。
彼がとった行動からは学ぶべきことが多い。蔦屋重三郎に学ぶ現代の処世術。
現代においても個々人がその役割の一端を担う機会があるのではないかと思われる。
21P 時代の風雲児
蔦屋重三郎が世に出したのは、黄表紙に洒落本、滑稽噺本、正本(歌舞伎や浄瑠璃の詞章の本)、美人画、役者絵、相撲絵……いずれも「粋」「通」「洒落」「笑い」「張り」といった江戸の大衆文化、サブカルだ。
江戸っ子カルチャーの最盛期に最先端を走った男。それが蔦屋重三郎であった。
123P 張りを通した重三郎の人生
蔦屋重三郎を語るうえで「粋」「張り」「男気」は必須項目だが、人生を通して蔦重を作っていたのは「張り」ではないか。
信念を貫くという「張り」があったから、「男気」や「伊達」を発揮せねばならず、その結果として「粋」が出る。重三郎の結果は、出版物でありプロデュースしたクリエイターたちで、そのクリエイターが産み出した作品だ。彼の人生はこれらを通して騙られ、多くの作品に「耕書堂」「蔦屋重三郎」の名が作者とともに記されている。
「粋だ」、「通だ」だけでは、腹は膨れない。
262P
江戸落語における、粋な会話も、男女のもだもだも、笑いの法則も、みんなこの時代のクリエイターたちが記し、演じ、描いたものだ。これらの出所はいつしか忘れさられても、理想や面白さの概念だけが人々の心に未だ記憶の欠片を残している。
そんな「いいねェ」と感じる思いは時と共に醸成され、伝統芸能だけでなく、ドラマや漫画、小説といった大衆文化・サブカルチャーとして、今も脈々と伝えられてきた。恰好良さも萌のポイントも、笑いのツボも、間もオチも、どうだィ、江戸時代のまんまじゃないか。
<目次>
はじめに
1章 江戸っ子とは
2章 粋の作法
3章 野暮の作法
4章 意地と張りの作法
5章 洒落の作法
6章 伊達の作法
7章 穿ちの作法
8章 笑いの作法
おわりに
櫻庭由紀子さん
執筆、創作を行う文筆家・戯作者。伝統芸能、歴史(江戸・幕末明治)、日本文化の記事執筆の他、ドキュメンタリーライター、インタビューライターとして活動
【No1770】蔦屋重三郎と粋な男たち!時代を生き抜く成功作法 櫻庭由紀子 内外出版社(2024/12)
