表紙に描かれた雷のような奇抜で色とりどりの美しい犬の絵に惹かれる。
番犬のローデシアン・リッジバックの「虎」。
一歩間違えば本能をむき出して攻撃して人を大怪我を負わせてしまうような危険性のある怖い猛獣だった。まどかといるときには可愛らしくおとなしく従順だった。
アフリカと推測される治安の悪い異国。鉄格子を嵌めた家の中だけが安心してゆったり過ごせる異空間。まどかは父の赴任先の海外で幼いころいっしょに「虎」と暮らしていた。
彼女は大人になっても「虎」のことを引きずっていて忘れることができない。
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犬の躰の、みっしりとした感触が手に残っていた。こんがり焼けたパンのような明るい茶色の毛皮。ひさびさに触れた犬の体温と匂いに懐かしさを覚えた。全身で伝えてくる愛となんの曇りもない信頼のまなざし。犬が人に向ける愛情は、他の生き物では代えがたい。その切なさが息を苦しくさせる。
まどかが帰国にあたり「虎」を日本に一緒に連れて行けずに別れる結果となったのを後悔しているのがよくわかる。
いまだに夢の中に出てくる、心の傷はなかなか払拭できない、満たされない気持ちがいっぱい伝わってきた。
113P
ただ、一度だけ、「姉ちゃん、生き物を大事にするのはどうしてかわかる?」と訊いてきたことがあった。私はなにも答えなかった。
「答えが返ってこないからだよ。幸せかと尋ねても人間以外の生き物は答えない。だから、日々最善を尽くす。幸せにできているだろうかと常に自分に問うしかない。それができないと永遠に悔いが残るんだ」
そう和は言った。罪滅ぼしをしないのかと問われている気分になった。
その一方で、まどかは彼氏から子供が出来たら結婚しようと言われつつ陰でこっそりピルを飲んでいた。幼少期の犬の出産でよくない記憶が残っていればそうトラウマになるのだろうか。
おわりに、穏やかに優しく理解してくれる彼氏と別れず婚約ができたのはよかった。
千早 茜さん
1979年生まれ。2008年『魚神』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。同作で09年に泉鏡花文学賞を受賞。13年『あとかた』で島清恋愛文学賞、21年『透明な夜の香り』で渡辺淳一文学賞、23年『しろがねの葉』で直木賞を受賞
