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二、三寸露出した。私は右手で剣を抜いた。
私は誰も見てはいないことを、もう一度確めた。
その時変なことが起こった。剣を持った右の手首を、左の手が握ったのである。
主人公の田村一等兵が将校の屍体の上膊部を食らおうとする箇所が印象的に残った。
「誰かに見られている」感覚に注目することとなった。
ここでおかしいことやいけない行為をしないようにと「神」の存在があろうかと。
日本人にとっては、お天道様に見られているというような感覚だろう。
敵にも死までにも追い詰められた極限下、精神的に異常をきたすことが簡単に想起される。
法とか道理とか倫理とかを思える余裕もない。
飢えのつらさ、ひどさは分からない。はたして自分には尊厳を守ることができるのかどうか。
なにか目に見えないものに守られるとか、精神的に支えられるとか。心の奥底にある良心が現れてくるのかどうか。飢餓でもぎりぎりのところで踏み留まれるのか、人間のままなのか動物や獣になるのかどうか。はっきりしたことは言えない。
まさに「狂気の沙汰」だ。精神が異常になり常軌を逸しているような状態。
生き物としての生存に係る内在的論理が描かれ熟考させられる優秀作品だった。
<目次>
出発、道、野火、座せる者等、紫 ほか
解説 吉田健一
大岡昇平さん
1909‐1988。東京生れ。京都帝大仏文科卒。帝国酸素、川崎重工業などに勤務。1944(昭和19)年、召集されてフィリピンのミンドロ島に赴くが、翌年米軍の俘虜となり、レイテ島収容所に送られる。49年、戦場の経験を書いた『俘虜記』で第1回横光利一賞を受け、これが文学的出発となる。小説家としての活動は多岐にわたり、代表作に『野火』(読売文学賞)『レイテ戦記』(毎日芸術大賞)などがある。71年、芸術院会員に選ばれたが辞退。
