華麗なる一族だ。
岸信介さんの娘として、安倍晋太郎さんの奥様として、安倍晋三さんのお母様として赤裸々に各々の歴史を語っています。
少しだけ垣間見ることができました。
政治家の子、妻、母の立ち位置から見えてくるぼくにはまったく稀有な世界でした。
あの日、あのとき、あの場所で、間近にいないと見たり知ったり聞くことができない出来事や論理、筋道、結果などの真実がわかってきます。
安倍洋子さんは、常に背筋がピンと張っているような、昭和生まれの立派な女性でした。
大政治家だった子、妻、母としての矜持がここにあり。
しっかりと根付くようにしてここにありました。
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もちろん主人(安倍晋太郎)も、政治家を志したからには、いつかはトップとなるべく意欲は持っていたはずです。政策集団を継承し、多くの方々からの強いご支援と期待をいただき、それに応えられるよう全力を尽くしておりましたし、病床にあってもその気力でがんばっておりましたから、目的を目前にして果たし得なかったことは、返す返すも残念としか言いようがございません。
主人としては、まだまだやりたいことを残しての一生できたでしょうが、最後まで歩んできた政治生活の中で、その場その場で自分の信念をもって頑張り抜いてきた人生に悔いはなかったのではないかと、わたくしは思うことにしております。
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政治家は自分の信念を持つことが大切であり、国のためと思えば、当初はどんな反対があろうとも、のちにはわかってもらえるという、確固たる思念に従ってこうどうしなくてはならないということを、強く感じました。父(岸信介)は、いろいろな話の端端にも、本当に日本のことを心配している。まず国家ということを第一に考える、それがつねに感じられるような人でした。
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わたくしは、みずからの信念を貫き、その出処進退を明らかにした父の生き方、誰にもはじるところのない生涯を全うした父を、誇りに思っております。世間でよく言われる「昭和の妖怪」は、強靭な精神を発揮する一面、人なつこく純真で、喜怒哀楽の情感豊かな、人間臭い父親であったのでございます。
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つねづね主人は、「政治家である以上、だれしも国家を背負う指導者になりたいと思うのは当然だが、それには能力と運が五分五分だと思う」と申しておりました。
<目次>
第1部 晋三は「宿命の子」です(聞き手・岩田明子(NHK解説委員))(息子・晋三 政策は祖父似、政局は父似、夫・晋太郎 少し芯の弱いところもありました、父・岸信介 深夜に一人トランプをめくって)
第2部 わたしの安倍晋太郎~岸信介の娘として(別れ―悔いのない人生と思いたい、父・岸信介の出処進退―娘の「目」、夫・安倍晋太郎の信念―妻の「内助」、政治の家系を継ぐ立場―母の「心」)
データ岸信介
データ安倍晋太郎
佐藤・岸・安倍家の系図
岸信介・安倍晋太郎・安倍晋三年表
昭和3年東京生まれ。元総理岸信介の長女。昭和20年白百合高等女学校卒業。昭和26年に安倍晋太郎(元外相)と結婚。昭和33年の安倍晋太郎の衆議院議員初当選以来、選挙や外遊などに内助の功をつくす。長男・寛信(元三菱商事パッケージング社長)、次男・晋三(元総理)、岸家に養子に出した三男・岸信夫(元防衛大臣)の3人の息子をもうける。
