表紙の上村松園の「わか葉」(名都美術館蔵)が印象的です。
これは、実際生で見たことがあります。
時間を忘れてずっと鑑賞することができるくらいに、日本画を代表する素晴らしい作品だと思います。
京都に通い続ける酒井順子さん。
京都に縁のある女性たちの土地を訪ねそのエピソードを語っています。
新しい視点でおいしいところを切り取った京都を楽しむためのガイドなのかと。
歴史に名を刻んだ女人たちの生き方を巡る誘い集です。
京都に都人としての流れのようなものが、いまだにずっと続いているのは面白い発見です。
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次第にわかってきたのは、長いあいだ都として存在し続けたことによって積み重なってきた感覚が、現代の京都人の中にも生きている、ということです。都が東京に移ってからは、近代化やらで、都会人のあり方は随分と変化しました。しかし京都の都会人の中には今も、平安依頼続く都会人らしさのしずくが、滴り続けているのです。
性の豊かさが芸の豊かさにつながるという箇所が言葉の響きも良く印象に残りました。
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この歌の相手は藤原仲平とされていますが。自分を振った元彼からのアプローチに対し、悲しみを滲ませつつもきっぱりと拒絶するこの見事な手法は、やはり様々な男女の機微を知っているが故でしょう。平安時代、それは性の豊かさが芸の豊かさに通じていた時代なのです。
平安時代は、相手を「見る」という言葉が肉体関係を持つと同じ意味だったそうです。
男性が女性のところに夜に訪れての婚前交渉や結婚後の不倫などの男女の関係性も緩かったようです。
例えば、長くて重い髪や重ねて重ねる十二単などの装束、御簾越しに見る風景、扇で顔を隠す仕草、牛車の後部から着物の裾を出す行為など、日本人は、千年前から見えないものに対する想像力をかきたてることが必要で大切なことだったのでしょう。
現代はどうでしょうか。
憧れたいもの。
「秘すれば花」なのかなと。
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行きたいけれど、行くことができない、会いたいけれど、会うことができない。そんな状況の中で、身体は家の中にいるまま、自分の魂だけがさまよい出てしまいそうなその感じを、私は外出自粛の世において、理解しました。古語辞典を読んで知っていた「憧る」の意味を初めて体感した、と言いましょうか。
(中略)
そこへいくと現代の女性は、叩かれる前から開いている状態なのでした。顔や髪を隠さないのはもちろんのこと、夏が来ようものなら、腕でも脚でも,見せられる部位は全て見せる。
私も若い頃はそのような格好をしていたのですが、しかし今になってみるとわかります。日本の男性は、もっと「憧れたい」のではないか、と。なかなか見ることができない部分を残しておかないと、女性に対して「憧れる」ことができないという、千年前から続く性癖を、彼らは今も持ち続けている気がしてなりません。
むき出しの肢体は、目にした時は「おお!」と思わせますが、その先がありません。既に開いているので、「これを開けたら、向こうには何が……」という探究心が刺激されないことでしょう。対して平安時代の女性たちは、着物の裾だけとか、声だけとか、見過ごしの透影だけとか、自身の気配をチラ見せすることによって男性達を引き寄せるテクニックを、熟知していたのです。
