日本古来の民俗信仰である「神道」、
政治学・帝王学として受容された「儒教」
当時の最先端の学問とされた「仏教」の3つの思想をうまく調和させたものとして、聖徳太子が定めた十七条憲法を読み解くことが大切だ。
仁義礼智信の精神の十七条憲法は、「和を以て貴しとなす」の第一条が有名で重要な箇所です。
周りとの調和を保つことです。
これを乱すことが悪いこととされてきました。
和を乱さないことが、我々日本人の日々の精神的支柱となってきたからです。
第一条 和を以て貴しとなし、さからう無きを宗とせよ。
人はこころの通い合う和の精神を大切にし、不毛な争いが起こらないように“共生き”の精神で支え合うことを第一にせよ。
(上位に立つ人も下の人も)誰もがお互いに和やかなこころで親しみをもって話し合えば、きっと分かり合えるようになるし、何事も解決できないものはない。
第二条の「篤く三宝を敬へ」ほか条文ごとにわかりやすく解説しています。
十七条憲法は、1400年が経過した今でも社会組織の中に生きる我々に教訓を示してくれているものだと思います。
2P 序文 人生三分の計
仮に“第一の人生”で神童と呼ばれようとも、また“第二の人生”で栄華を極めたとしても、“第三の人生”が満足できなければ決して幸福な人生だったとはいえないでしょう。逆に、第一の人生でつまずいたとしても、また第二の人生が左遷や病気療養の人生であったとしても、第三の人生がよいものであれば、きっとその人の人生は満足のいくものであるに違いない。
その第三の人生をいかに積極的に生きるかは、第二の人生をいかに誠実に生きるかにかかっています。栄華を極めることでもなく、左遷や罹病に落胆することでもなく、その折々に自分に与えられた役割・責任を誠実に果たしていくことが、第三の人生において前向きに取り組むヒントを生み出してくれます。
大事なことは、三分された人生それぞれの意義をどれだけ認識して誠実に生きるかです。人生を大局的な見地から見据えてみる、これが「人生三分の計」です。
跋文“一隅を照らす”これすなわち国宝なり
金銀財宝が宝なのではなく、“一隅”つまり今置かれている持ち場持ち場で一所懸命努力し、その場あるいはその社会を明るく照らしてゆく人物こそが宝なのだ。
<目次>
序文 人生三分の計
序論 「憲法十七条」と「冠位十二階」(神道と儒教・仏教、聖徳太子の人生と時代背景、「憲法十七条」と「冠位十二階」との相関性)
本論 「憲法十七条」を読む(和を以て貴しと為す―“和”とは“共生き”のこころ、篤く三宝を敬え―「仏・法・僧」とは「師・志・友」、詔を承りては必ず謹め―“長たる者”の念(おもい)、礼を以て本と為よ―自己を節し、相手を敬する、明らかに訴訟を辨めよ―「慎独」と「知足」と「配置の妙」 ほか)
跋文 “一隅を照らす”これすなわち国宝なり
付録
引用文献
主要参考文献
号は淡泉。1950年2月奈良県大和郡山市に生まれる。1974年京都産業大学経済学部卒業。クラボウ(倉敷紡績株式会社)、藤沢薬品工業株式会社(現、アステラス製薬株式会社)に勤務。2003年3月早期退職。同年4月より六年間京都大学文学部中国哲学史研究室に在籍、東洋思想を学ぶ。
